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封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章:裏
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変化

 はじめは遠いと思えた道のりも、通い慣れればさして遠くもなくなる。

 兄上に頼まれた書物やら、都の菓子やらを持って使いにたつうちに、気が付けば些細な日々の変化に目を向けるようになり、それに気づくようになれば、道のりが楽しくなった。道のりが楽しくなれば、道程も短く感じるようになるものだ。

 短く感じなくてもいい時でさえも。


「何を見ているんだ?」

「音織。迎えに来てくれたの?」


 初めて会ったあの時から、季節は二度ほどもめぐって、わたしは彼とだいぶ親しくなっていた。

 手をのべてくる彼にいつもの調子で兄上からの預かり物を渡し、わたしはにこりと微笑んでみせる。

 彼が人間ではないということも、幾度か会ううちに気にならなくなっていた。獣のような月色の瞳をもつ彼は、一族の人と会う時のように腹を探りあったりせずに済む、よほど気楽で楽しい相手だった。

 心のすべてを見せられるのは、たぶん。

 兄上と、彼だけ。


「風におまえの匂いが溶けていたんで、様子を見に来たんだ」

「そう。――ね、雪が溶けてから早いね。もう蕾がほころんでる」


 川の水は雪解けの水でまだ凍るように冷たいはずだが、一番に地面に顔を出してきた小さな草は、もう淡い色合いの花びらを開こうとしていた。春が、近い。


「ああ、そうだな。桜が咲けば、また有朱も交えて花見でもするか」


 なにげない、言葉。

 いつものやり取り。

 本当ならば、楽しいはずの……


「……どうした、朱紅」


 わたしの表情に敏い彼が、眉を寄せて覗きこんでくる。

 どうして、彼はいつもこんなに敏いのだろう。

 わたしがほんの少し、落ち込んでるとき。怒っているとき。いつでもすぐに気づいてくれる。


「わたし……」


 でもそれが、今は恨めしい。

 出来れば気づかないで欲しかった。

 そうすれば、こうやって口ごもることもなかったのに。


「お花見、したかったな」


 こぼれるのは、ためいき。

 この前の桜の季節、あの日の楽しさが胸をよぎって、それがまた切ない。


「どうしたんだ」


 不審げな彼の瞳をみつめて、わたしは軽く唇を噛む。

 黙っていても、どうしようもないのだとわかっていても、話してしまえば夢もまた終わってしまうと思えば、言葉はなかなか言葉にならない。

 どうしても。

 唇がうごかない。声が、でない。


 黙っていると、彼の手が、恐る恐る肩に触れてきた。



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