変化
はじめは遠いと思えた道のりも、通い慣れればさして遠くもなくなる。
兄上に頼まれた書物やら、都の菓子やらを持って使いにたつうちに、気が付けば些細な日々の変化に目を向けるようになり、それに気づくようになれば、道のりが楽しくなった。道のりが楽しくなれば、道程も短く感じるようになるものだ。
短く感じなくてもいい時でさえも。
「何を見ているんだ?」
「音織。迎えに来てくれたの?」
初めて会ったあの時から、季節は二度ほどもめぐって、わたしは彼とだいぶ親しくなっていた。
手をのべてくる彼にいつもの調子で兄上からの預かり物を渡し、わたしはにこりと微笑んでみせる。
彼が人間ではないということも、幾度か会ううちに気にならなくなっていた。獣のような月色の瞳をもつ彼は、一族の人と会う時のように腹を探りあったりせずに済む、よほど気楽で楽しい相手だった。
心のすべてを見せられるのは、たぶん。
兄上と、彼だけ。
「風におまえの匂いが溶けていたんで、様子を見に来たんだ」
「そう。――ね、雪が溶けてから早いね。もう蕾がほころんでる」
川の水は雪解けの水でまだ凍るように冷たいはずだが、一番に地面に顔を出してきた小さな草は、もう淡い色合いの花びらを開こうとしていた。春が、近い。
「ああ、そうだな。桜が咲けば、また有朱も交えて花見でもするか」
なにげない、言葉。
いつものやり取り。
本当ならば、楽しいはずの……
「……どうした、朱紅」
わたしの表情に敏い彼が、眉を寄せて覗きこんでくる。
どうして、彼はいつもこんなに敏いのだろう。
わたしがほんの少し、落ち込んでるとき。怒っているとき。いつでもすぐに気づいてくれる。
「わたし……」
でもそれが、今は恨めしい。
出来れば気づかないで欲しかった。
そうすれば、こうやって口ごもることもなかったのに。
「お花見、したかったな」
こぼれるのは、ためいき。
この前の桜の季節、あの日の楽しさが胸をよぎって、それがまた切ない。
「どうしたんだ」
不審げな彼の瞳をみつめて、わたしは軽く唇を噛む。
黙っていても、どうしようもないのだとわかっていても、話してしまえば夢もまた終わってしまうと思えば、言葉はなかなか言葉にならない。
どうしても。
唇がうごかない。声が、でない。
黙っていると、彼の手が、恐る恐る肩に触れてきた。




