誤解が解けないまま話が進むこと。
夢でなかったとして、と。
私は、男を見つめながら考えた。
夢でなかったとして、男は恨んではいないのだろうか?
自分を殺した、「わたし」を。
夢のなかで、避けられた太刀を避けもせずに受けた、あれが事実だとして。
助けた「私」に裏切られ、すこしも憎くは思わなかったのだろうか?
それに、男は『死んでしまった人間』といった。
そりゃ師範から聞いた話だと、私が夢に見る「彼女」は、少なくとも数百年単位で昔の人のはずだ。だから冷静に考えれ見れば、生きているはずはないんだけど、男の口調から思うに、どうやら天寿を全うしてお亡くなりになったのではなさそうだ。
「どうした、あけいろ……」
男が心配そうにこちらをみてくる。
「……私はアケイロなんて名前じゃない」
でも、私が男に心配してもらう要素なんてこれっぽっちもない。
仮に夢が現実にあったことだとしても、私は男のことなんて知らないし、なにより、夢のなかの「わたし」は私じゃない。
「そうか、今は違う名前があるのか」
ああ、なんだろう。うまく言えないけれど、いらいらする。
私は男を殺してないけど、男を殺した夢をみる。しかも、おそらく善意で助けてくれていた相手だったと思う。泣きながらだろうがなんだろうが、私は男を殺していて、それなのにいざ現実であってみれば、男に気遣われる始末だ。
理性的に考えれば、私が夢の中の「わたし」だと断定する要素はなにひとつないのだけれど、殺した記憶だけがある私としてみれば、居心地が悪い事この上ない。
いっそのこと、なじってくれたほうがいくらか気分はましな気がする。
「……なんという名なんだ?」
男は、ゆっくりとそう聞いてきた。
ぐるぐるした思考回路のまま、私はちらりと男に目を向ける。
月の色の瞳と視線がぶつかれば、なぜか男はすこし怯んだような表情になった。
「日彩」
ころころと態度が変わって変なやつ。
男がさして何もしていないというのに、八つ当たり気味にそんなことを思いつつ、私はなげやりに名乗った。
「ひいろ……日彩」
「そうよ」
確かめるようにつぶやく男に頷いてみせると、男は先程とは打って変わった様子でうれしげに双眸を細めて微笑んだ。
「今は日彩と言うんだな。おれは音織というんだ」
自己紹介をしたのがそんなに嬉しいのだろうか?
へんなやつ。
本当にもう、いらいらする。
「そんなことより。言っておきたいんだけど、私はアケイロじゃないわよ」
言いたかったのは、もちろん。私はあんたの探し人じゃないのよという宣言だ。
「日彩なんだろ? わかってるよ」
当然わかっているとばかりに頷いた男を殴り倒したくなったのは決して私のせいではないと信じたい。




