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封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章
24/33

幕間

 ふうっと煙を吐き出して、由良は思案にくれていた。


「まったくいったい、どうしたんだろうねぇ……あの娘は」


 たくさんの、優秀な弟子の中のただの一人に過ぎない彼女を、そこまで気にかける必要がないのはわかっている。獣狩り師の訓練生が、獣狩り師になれるのが十人に一人だとすれば。なりたての獣狩り師が三年後に生きているのもまたそのうちの十人に一人程度だ。

 日彩は可愛い弟子ではあるが、残念ながらそこまで優秀な弟子でもない。

 三年後に彼女が生きていると思うかと問われれば、由良は迷うことなく否と答えるだろう。

 獣を相手にするのはそれほどに過酷なことなのだ。

 冷たい話だがそれが現実。

 そして。

 たくさんの弟子を抱える由良にしてみれば、日彩はそこまで時間を割ける相手ではない――いや、割いてはいけない相手なのだ。拾わなければならない優秀な雛はほかにいる。

 けれど。


「……あの馬鹿男に連絡でもとってみるかねぇ」


 ここん、と吸い終わったあとの灰を盆に落として、由良は深々とため息をついた。

 獣を相手にすることの危険性をわかっていないはずもないのに、戦闘中に意識を飛ばし。あげく次の日には創始者の朱の姫の話を聞きにくる。

 それは。いささか行動が奇妙すぎる気がした。


 それに、昨日の帰り際、感じた不吉な風の気配。あの時は、面倒だからと放置したものの、すこしばかり時期が一致し過ぎている気がして、心が騒ぐ。

 やはり調べてみるのがいいかもしれない。

 何もないならそれでいいのだから。


 それにしても、と手持ち無沙汰に煙管を弄びながら、由良はわずかに瞳を伏せた。

 なぜいまさら、朱の姫なのか。

 黒の一族におわれ、一人生き延び。ただ一人負わされた責任に翻弄されて、黒の男と一緒にならざるを得なかった悲劇の姫。

 とはいえ、古種族まで巻き込んだとはいえ、あの事件は収束を迎えたはずだ。

 蒼の一族は途絶え、朱と黒は獣狩の一族として一つになり。

 白は古種族を相手とする唯一の一族となり。

 もう、随分と長い時間が流れているというのに。


「誰ぞそこにおいでかい」


 窓から吹き込む風がふうわりと室内に渦巻いている。

 つぶやくように声をかけると、ちいさく応える男の声が響いた。


次竜太(じろうた)か。悪いがあの阿呆を探しだしてきておくれでないかえ」

「阿呆、でございますか」

「あの放浪男だ。各地をほっつき歩いているだけあって、噂は一番あの男が存じていよう? 最近黒の馬鹿どもが動いていないか聞いてきておくれ。花守(はなもり)の地を鳴滝の二の舞にはできないからね」

「……すべては御心のままに」


 了承の言葉とともに消えかける気配を、由良はもうひとつ思い立って呼び止めた。


「お待ち。もう一つ頼まれておくれでないかえ」

「は」

三竜太(さぶろうた)に、近いうちに鳴滝へ出ると伝えておいておくれ。頼んだよ」

「……かしこまりまして」


 都をぐるりと取り巻くようにそびえる花守の山々。

 昨日日彩を連れていったのもそんな山の一つだが、帰りに吹いてきた不吉な風は、北西の方から流れてやってきた。花守の北西に位置するのは、滝が激しく叩きつけることで有名な、鳴滝の山脈だ。


 朱と、蒼の一族が絶えた、因縁の土地。


 今度こそ消えていった気配の後をたどるように意識を澄まし、由良は深く息を吐きだした。

 すべてがただの偶然にすぎないとすれば、どれだけいいだろうと。

 そんなことを思った。

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