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封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章
20/33

男と、対峙すること。

 手が、伸ばされる。

 男の手が、私の肩を容赦なくつかむ。

 月色の瞳は警戒の色に溢れ、冷ややかな敵意でもって、私にピタリと据えられた。


「おまえは、何者だ?」


 空気に溶ける、静かな声音。

 歪む視界と、こみ上げる吐き気。こめかみのあたりで脈打つひどい頭痛。


 あたりはひどく静かで、市場の喧騒もなく、ただ風の音だけが響いている。


 周りの人たちが、私たちのまとう一種異様な雰囲気に、注目しているのだ。

 男もどうやらそのことに気づいたらしい。

 ちっと低く舌打ちをすると、私の肩を離して、代わりに手首を掴んだ。


「場所を変えるぞ。来い」


 否やの返事を言う間さえない。

 私の手首を強く引いて、男は歩き出した。

 こちらを気にしている人たちも、さすがについてくるほどではないようだ。


 私がよろけるほどの歩みの速さで、幾度かつまづきかけても男は歩みをゆるめたりはしない。

 表通りとは違って、湿気た薄暗い裏の路地を、早足のまま通り抜けていく。


 青く抜けた空が見えるけれど、今はそれよりも頭が痛い。歩く振動までも頭に響いて凶器のようだ。




 「さて、どういうことか説明してもらおうか」




 男がようやっと足を止めたのは。

 どこをどう歩いたのか、都の端――もう少し行けば、都をでてしまうという境の地だった。


 境を護る呪が施された祠の影で、私はようやっと男とまともに向き合った。


 夢の中と同じ、整った男の顔。

 月色の瞳と、夜色の髪――


 どうみても、何度見ても。

 男は夢のなかで私が幾度も殺した男と同じ姿だ。



「なにがよ」



 詰問調の問いかけに、私もつい男を睨みつけてしまう。

 頭痛は少しばかりましになっていたし、吐き気とめまいもなんとか収まっている。

 けれどやはり立っているのはまだしんどくて、とりあえず祠の近くにあった手近な岩を見つけて腰を下ろした。思わず息がもれたところをみると、自分で思っていたよりもつかれていたのかもしれない。


「少なくともおれはおまえと初対面のはずだと思うんだがな」


 大丈夫ですか、と丁寧な口調で声をかけてきれくれた当初の優しく親切げな様子はカケラも残っていない。

 断りもなく座り込んだ私を呆れたように見下ろして、尊大な口調で男はそう言った。



「私も初対面だと思うわよ」


 具合の悪い私を連れ回しておいて、座り込んだことを咎められるいわれはないはずだ。

 気分の悪さもあいまって、私もそっけなくそう言葉を返す。


 本当は夢のなかで、みたことがあるけれど。


 けど、そんなことを現実では初対面の、この男に言ったところで何になるというのか。

 妙なものを見るような顔つきでみられることは目に見えている。



「ならば、なぜおれの名前を知っている」



 いらいらとしたように、男は問を重ねた。

 たかが名前ごとき、そこまで神経質になるようなことだろうか?

 男は見るに、なかなかの美形だ。

 ここまで美形なら、自分の知らない相手が名前を知っていることぐらい日常茶飯事だと思うのだけれど。


 というか。

 そのまえに。


「なんの話よ? 私はあなたの名前なんて知らないわよ」



 もしかして、私は。

 だれかが呼んだらしい彼の名前を、私が呼んだと勘違いしてここまで連れてこられたのだろうか?

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