序:夢
こんな月の夜には。
よく例の悪夢が訪れる。
不吉な紅い三日月と。
生温く湿った風。
私は白銀に輝く太刀を震える手で握りしめ。
彼に向かって体ごとぶつかっていく。
彼の身体に、刃が沈んでいく。
ゆっくりと、確実に。
その感触はまざまざと手に伝わり。
私は震える。
命が潰える、その感覚。
命がこぼれて、足元をぬかるませる。
彼は、私を責めるでもなく。
咎めるでもなく。
月の光を映した瞳で、ただ私を見つめていた。
本当なら軽く避けられるであろう私の拙い攻撃を。
ほんのわずかに、双眸をすがめただけでうけとめる。
「ばかだな」
すべてを許容したような調子で、唇だけがその言葉を刻む。
けれど声の代わりにこぼれるのは。
彼の命。赤い色。
彼が何を考えていたのか。
彼は何を思っていたのか。
月の光を映した瞳は、鏡のように私を映すばかりで。
答えはどこにも見つからない。
これは夢。
ただの夢。
けれど、こんな月の晩には、幾度も幾度も繰り返される、ゆめ。
なぜ、私は彼を殺すの?
なぜ、彼は私の刃を受け入れるの?
夢が紡がれるたびに、心に積もる疑問。
これはゆめ。
でも本当に、ただの夢?
夢を夢だと認識しながら。
真っ赤な血の色をした三日月の下。
彼の月の色をした瞳が、すべらかなまぶたの下に隠されるとき。
私はいつも泣いている。
止まらない、涙。
月の色をした瞳が、私の心を絡めとる。
でも。
夢のなかの私は。いつも。
彼の命を奪い去る。
震えながらも、刃をその手に駆け寄って。
彼の胸に刃を埋めて、その命を奪い取る。
いくども。
幾度も。
今日も、不吉な月が空にかかる。
私は今日も、夢のなかで彼の命を奪うのだろう。




