表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章
19/33

わたしの記憶が混在すること。

 どきどきする。

 嫌な汗が背を伝う。

 きっと、私の顔面は蒼白になっているに違いない。


 私が。わたしが、夢のなかで殺した男。

 何度も。何度も――


 彼女が。泣きながら殺した男。

 何度も。何度も――


 なぜ、この男が。

 月色の双眸をした、彼が。

 ここにいるのか。

 生きて……


 市場のざわめきはひどく遠くに聞こえる。

 こんなにも、周りが騒がしいのに、澄み渡る静寂。まるで。

 時間さえ、身じろぐのを忘れたのではないかと思うほど。わたしは。


 立ち尽くす。

 どうすればいいのか、そんなこともわからずに。

 頭の中は真っ白で、すべてがひどくゆっくりと流れていった。

 空気さえも体中にまとわりつくように、すべてが重い。苦しいほどに。


「どうか、しましたか」


 夜の静寂をまとった声で、私に気づいた男が問うてくる。

 他人行儀な冷ややかな声。

 団子を食べる手を止めて、怪訝そうに眉をひそめながら。


 確かに鳥屋の前で串を求めもせずに立ち尽くし、団子を食べる自分を見つめ続ける女は奇異であろう。

 立場が逆なら、私は気持ち悪がって逃げてしまうかもしれない。


「顔色が悪いですよ。気分が優れぬのなら、座ったらどうですか」


 けれど、男は親切だった。

 不審げにしながらも、そんなふうに気を使ってくれる。

 やさしい、ひとだ。




 ――助けてやろうか?

 本来なら敵同士なのに。

 業火に包まれた館をみつめて立ち尽くすわたしに手を貸してくれた人。

 ――顔色が悪いぞ

 いくらか面倒くさそうにしながらも、そう気遣って……



 頭がいたい。

 何も食べていないのに、吐き気すらする。

 今はまだ明るい昼間なのに、わたしの目には。

 あの日のような、夜に見える。

 夜なのに、燃え盛る炎に照らされて、赤く空が染まったあの夜に。

 星も見えない。

 月も見えない。

 希望も何もかもが潰えた、あの日の夜に――


「おい……?」


 視界がゆがむ。

 喉の奥が吐き気を覚えてぐうっと鳴った。


「わ、たしじゃない……」


 胸が苦しい。


「何を言って……大丈夫ですか?」


 胸のあたりをつかむようにして、身を2つに折った私に男は驚いたように足早に近づいてきた。

 

 私じゃない。

 あの夜を、体験したのは。あの夜に男に逢ったのは、わたし――


 めまいがして、まともに立っていることすら出来ない。

 よろけた私を、差し出された力強い腕がすかさず支えた。

 月色の瞳の男の腕だ。


 私は、この腕を知っている。

 わたしが殺したあの男。

 封じの太刀で貫いて、殺してしまった優しいかれ――


「と…」


 怪訝な表情を浮かべた男をじっとみつめた。

 その腕を、強く握って。


 私は、なにをしようとしているのか。

 口の中はからからで、ぐらぐら歪む視界がただただ気持ち悪かった。

 なにも、知らないはずなのに、私は。

 

 でも。

 わたし、は。知っている。あなたの、名前。

 あなたが、どういう人かということも。


「音、織」


 

 なぜ、いきているの。

 やさしい、あなた。


 

 男の瞳が、一瞬見開かれて。

 瞬いた。

 

 

 その瞳に映る姿は、わたしではないけれど。

 わたしが、あなたの命を奪ったあの日にはもうもどれないけれど。

 ただ、これだけは言える。




 いきていて、よかった――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ