わたしの記憶が混在すること。
どきどきする。
嫌な汗が背を伝う。
きっと、私の顔面は蒼白になっているに違いない。
私が。わたしが、夢のなかで殺した男。
何度も。何度も――
彼女が。泣きながら殺した男。
何度も。何度も――
なぜ、この男が。
月色の双眸をした、彼が。
ここにいるのか。
生きて……
市場のざわめきはひどく遠くに聞こえる。
こんなにも、周りが騒がしいのに、澄み渡る静寂。まるで。
時間さえ、身じろぐのを忘れたのではないかと思うほど。わたしは。
立ち尽くす。
どうすればいいのか、そんなこともわからずに。
頭の中は真っ白で、すべてがひどくゆっくりと流れていった。
空気さえも体中にまとわりつくように、すべてが重い。苦しいほどに。
「どうか、しましたか」
夜の静寂をまとった声で、私に気づいた男が問うてくる。
他人行儀な冷ややかな声。
団子を食べる手を止めて、怪訝そうに眉をひそめながら。
確かに鳥屋の前で串を求めもせずに立ち尽くし、団子を食べる自分を見つめ続ける女は奇異であろう。
立場が逆なら、私は気持ち悪がって逃げてしまうかもしれない。
「顔色が悪いですよ。気分が優れぬのなら、座ったらどうですか」
けれど、男は親切だった。
不審げにしながらも、そんなふうに気を使ってくれる。
やさしい、ひとだ。
――助けてやろうか?
本来なら敵同士なのに。
業火に包まれた館をみつめて立ち尽くすわたしに手を貸してくれた人。
――顔色が悪いぞ
いくらか面倒くさそうにしながらも、そう気遣って……
頭がいたい。
何も食べていないのに、吐き気すらする。
今はまだ明るい昼間なのに、わたしの目には。
あの日のような、夜に見える。
夜なのに、燃え盛る炎に照らされて、赤く空が染まったあの夜に。
星も見えない。
月も見えない。
希望も何もかもが潰えた、あの日の夜に――
「おい……?」
視界がゆがむ。
喉の奥が吐き気を覚えてぐうっと鳴った。
「わ、たしじゃない……」
胸が苦しい。
「何を言って……大丈夫ですか?」
胸のあたりをつかむようにして、身を2つに折った私に男は驚いたように足早に近づいてきた。
私じゃない。
あの夜を、体験したのは。あの夜に男に逢ったのは、わたし――
めまいがして、まともに立っていることすら出来ない。
よろけた私を、差し出された力強い腕がすかさず支えた。
月色の瞳の男の腕だ。
私は、この腕を知っている。
わたしが殺したあの男。
封じの太刀で貫いて、殺してしまった優しいかれ――
「と…」
怪訝な表情を浮かべた男をじっとみつめた。
その腕を、強く握って。
私は、なにをしようとしているのか。
口の中はからからで、ぐらぐら歪む視界がただただ気持ち悪かった。
なにも、知らないはずなのに、私は。
でも。
わたし、は。知っている。あなたの、名前。
あなたが、どういう人かということも。
「音、織」
なぜ、いきているの。
やさしい、あなた。
男の瞳が、一瞬見開かれて。
瞬いた。
その瞳に映る姿は、わたしではないけれど。
わたしが、あなたの命を奪ったあの日にはもうもどれないけれど。
ただ、これだけは言える。
いきていて、よかった――




