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封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章
18/33

めぐりあうということ。

 挿絵の少女は、生粋の朱の一族の最後の姫。

 私達が日々を過ごす、『朱色(あけいろ)』――この獣狩の組織を作り上げた悲劇の姫。


 由良師範のところをあとにしながら、私はぼんやり考えた。


 私の夢に出てくる彼女が、朱の姫ならば。

 彼女が殺す男はだれなのだろう。

 なぜ彼女はいつも泣いているのか。

 なぜ彼女はいつも、泣きながら男を殺すのか。


 由良師範に教えてもらった情報では、肝心なところがわからない。

 

 ため息をひとつついて、中天より少し西に傾いた陽をみつめる。

 今日が休みの私と違って、夕那は仕事だから、夕那と落ちあえるのはもう少しあとになるだろう。

 都の周辺の獣狩に出ているはずだから、帰ってくるのは夕方以降だ。


 気になることはいろいろあるけれど、いかんせん私は調べ物が苦手だ。

 調べたつもりでも、いつも穴だらけで。

 大事なところはみんな見落としてしまうから、夕那にするだけ無駄だと毎回言われる。

 だから書物を当たるのは夕那が帰ってきてからにしようと思う。



 自分に一生懸命言い訳をして、私は空ききったお腹を撫でた。

 ぐぐう、と胃が控えめに空腹を主張する。

 師範の話を授業よりもまじめに聞いていたせいで、そういえばお昼を食べるのを忘れていた。


 獣狩組織の朱色の門を出て、きょろきょろと空腹をなだめられそうなところに目を走らせる。

 甘味、果物、麺類、焼き飯、握り飯――


 食べ物を扱う屋台はいつでもたくさん出ていて、いろんな美味しそうな匂いが漂っている。

 匂いを嗅げば、より一層お腹のすき具合が身にしみる。

 腹の虫の主張も心なしか強くなった気もして。

 とりあえず鳥のももを串に刺して豪快に焼いている屋台に目をつけた。

 たっぷりのタレ、香ばしい匂い。

 昨日好物の鳥を食べそこねたことだし、ちょうどいい。

 肉にかぶりつく瞬間を思えば、お腹はさらになったし、口の中にはつばが溢れてくる。


 足早に、屋台に近づいて。

 肉の番ををしている強面の中年男に声をかけようと口を開きかけ。



 私はかたまった。



 私の視界に映ったのは、ふたつばかり、隣の屋台。

 甘味を扱うその屋台の店先で、団子を買っている男の姿がみえる。

 肩の上あたりで無造作に切られた闇色の髪が、市場を吹く風に、溶けて揺れた。

 月色の瞳が、屋台の主人に向けられて、繊細そうな指がいくつかの硬貨を支払っている。


 胸が、いやなふうにどくりとなった。


 受け取った団子を一口うまそうに頬張って、男はゆっくりと私がいる方へと向き直った。

 まだ私には気づいていない、その様子。

 瞳を少し細めて、嬉しげに口元に笑みを浮かべ、本当においしそうに団子を食べている。


「ねえちゃん、買わないのか?」


 鳥を売っている中年の男が私に声をかけてきたけれど、正直私はまるで聞いてはいなかった。


 だって。

 だって、あの男は。

 かれは……


 いまだってその感触まで思い出せる。

 私が。

 わたしが。

 彼を太刀で貫いた。

 彼の胸に、太刀が沈んでいくあの感触が。


 よみがえる。


 口の中はからからで、思考は完全に停止してしまった。

 私が殺したはずの、あのおとこ。


 なのになぜかれは。

 夢のなかと寸分たがわぬ姿で、今ここにあるのか――?

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