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封じの姫と地の獣  作者: rit.
二章
17/33

朱の一族について、調べること。

今回は説明主です。

面倒であれば読み飛ばしても大丈夫…かもです。

「獣狩り師の入門書の挿絵?」


 ふうっと艶っぽい仕草で煙を吐き出して、由良師範は柳眉をひそめた。

 昨夜、夕那と部屋中の草子をひっくり返してみたものの、入門書の挿絵の少女についての情報はカケラほどもみつからなかったのだ。けれど、夢のなかの私と、あまりに似たその姿――

 これを偶然と片付けるには、少しできすぎている気がするのだ。


「それがどうかしたのかえ?」

「その……」


 煙管を弄ぶ由良師範の指先を見つめながら、私は口ごもった。

 幻想的な美しい容姿をしている師範は、実のところ、かなりの男勝りで現実主義者だ。

 夢にでてきた娘の話をしたところで、胡乱な眼差しをされてしまうのは目に見えている。

 けれど、ほかにうまい言い訳も思いつかず、私は軽く唇を噛むしかなかった。


「まぁなんでもいいけどねぇ」


 昼下がり。食後の、一服。

 由良師範はこの時間を何よりも大事にしていて、邪魔をされることを好まない。

 今回も師範は、詮索よりも、邪魔者を追っ払うことを優先したようだった。

 ちらりと私が示した挿絵に視線をよこすと、またゆっくりと煙を吐き出す。


「そいつは、あれだよ。朱の一族の、封じの姫さ」

「朱の一族?」

「おまえ、ちゃんと授業はお聞きだったんだろうねぇ?」


 授業。

 実技の授業はいつでもまじめにうけていたけれど。

 座学は……たまに、英気を養うために自主的休養に入っていたりしたこともなかったとはいえない。


 黙り込んだまま、ちろりと由良師範に視線を向けると。

 師範は呆れたようにため息をひとつついた。


「狩りに直結しないからといって、授業を疎かにするのは感心しないよ。背景を知ってこそ、狩りの技に深みと威力が増すんだからね」


 いいかい、と由良師範は煙管を赤い唇にくわえたまま、手を伸ばして卓の上の筆と紙を引き寄せた。


闇無(くらな)の神が人間をお創りになるより前に地上を支配していた種族を古種族(こしゅぞく)という。これは知っておいでだね?」


 いにしえの民、古種族。

 永い生命と、天と地の間の気をよく読み、呪に通じるとされる一族のことだ。


 こくりと頷くと、師範はよろしいと言わんばかりに顎を引いた。


「古種族は、ときに人間を喰う。虐げられる人間を救うために立ち上がったのが、白連(ハクレン)という男だ。かの男は人間に古種族と戦う力を与えたと言われる」


 ここもちゃんと覚えている。白連は、ここよりずっと東の地に、祈塾(キジュク)と言われる学びの場の基盤となる組織を築いたのだ。今から八百年近く前のことだという。

 その祈塾は。今は白連塾と言う名で、今も続いているとか。

 そこで育てられた狩り師は影狩師(かげがりし)と呼ばれていて、獣狩り師とは違い、古種族そのものを狩ることを生業としているらしい。

 どうでも良い知識だけど。


 師範は続けた。


「長い時間を経るうちに、組織というのは分裂するものだからねぇ。白連の作った組織も、長い時間を経るうちに4つの組織に分かたれたのさ。古種族を狩る白の一族と黒の一族。獣を狩る朱の一族と蒼の一族」


 こんこんと盆の縁に吸い終わった煙管の灰を落としながら、師範は幾分めんどくさそうに筆で持って、紙に白、黒、朱、蒼の文字を書き付ける。


「組織がわかれれば、対立もする。孤高の白一族は放っておくとして、とりあえず黒と朱と蒼の一族は争ったのさ。最終的に、朱と蒼は滅ぶんだが、そうすると獣狩りに秀でた一族がいなくなろう? それは困るっていうんで、黒がとりあえず無理やり朱を復興させた。たったひとり残っていた朱の姫さんに、黒の男をあてがったんだ。まぁ、そんな経緯があって、我らが組織は朱の一族の基盤を受け継ぐってことになってるのさ。だから入門書には、その悲劇の姫さんの絵姿を用いてるって話なんだよ」


 おわかりかい。と師範は説明を終えた。

 わかったような、どちらかと言えばムダ知識が多かったような気がしないでもないけれど。

 とりあえず、挿絵の少女は朱の一族の姫ということらしい。

 

 長い長い説明をしてもらわなくても良かった気がしないでもないが。

 

 憩いの時間を邪魔したことに、ありがとうございましたーと頭を下げて。

 私は由良師範のところから退散することにした。

 夢に出てくる少女が、創始者の朱の一族の姫かもしれない、ということがわかっただけでも大収穫だ。たぶん、夕那がもうすぐ詳しく調べてくれるに違いない。

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