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封じの姫と地の獣  作者: rit.
一章:裏
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兄上の用事

 そういえば、兄上はわたしを連れてどこまで行かれるつもりだろうか。

 こんな夜中に、他の一族の目を盗んで。

 獣狩と言い訳を出来るように、狩装束までまとって、いったいどこへ?


 空にはひどく薄い月がかかって、地上を冴え冴えと照らしている。

 時折ふく風は、ひんやりとして肌にやさしい。


 再び歩き始めた兄上の背を追って、わたしもまた小高い丘をかけのぼる。

 雑木林を抜け、小川を越えて、いったいどれほど歩いたろう。


 本来ならば、肌寒いほどの季節なのに、今はわずかに汗ばむほどで。


鳴滝(なるたき)……」


 兄上がようやく足を止めたので、わたしも止まって額に滲んだ汗を拭う。

 その言葉に耳を澄ませば、遠く、叩きつけるような水音が聞こえた。


「鳴滝?」


 頭の中で、反射的に地図を描いた。

 屋敷からおおよそ北東の方角へと進めば、鳴滝という見上げるほどに大きな滝があるという。

 今聞こえる水音は、その滝の音なのだろうか?

 

 わたしはまだ見たことがないけれど、このあたり一帯をうるおす水源で。

 ついでに言葉を足すのなら、鳴滝は獣たちの縄張りだとも言われている。


 決して近づいてはならぬと言われ続けてきた、獣たちの聖域――

 あまりの獣の多さに、獣狩り師でさえ近づかぬ場所だ。


 そんな場所へ。兄上はいったい何をしにきたのだろう?




「どうした、有朱(ありあけ)




 声が響いたのは、わたしが口を開きかけるのとほぼ同時だった。

 深い、夜のような声だった。

 びくりとわたしは肩を震わせたけれど、兄上は予期していたように。

 驚きもせずにゆっくりと振り返っただけ。


 兄上の視線を追えば、わたしたちが歩いてきた方向に一人の男が立っていた。


 月色の、獣めいたその瞳。

 視線がぶつかって、ぞくりとした。

 ゆるく吹く風に、溶ける髪は闇の色彩――

 衣を無造作に肩にかけて、ほんの少し、瞳を眇める。

 完璧な弧を描くくちびるは、ひどく酷薄な表情を浮かべていた。

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