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封じの姫と地の獣  作者: rit.
一章:裏
13/33

仕事はきらい。

 わたしは、仕事が好きではない。


 いったい彼らが、どんな罪を犯したというのか。

 彼らもまた、ほかの動物たちのように、ただ生きているだけなのに。

 ただ、それだけなのに。

 人間を襲うことが、稀にあると。

 そんなつまらない理由で、彼らは狩られる。


 人間が、彼らの領分を侵さなければ。

 彼らもまた、人間なぞ襲いはしないのに。


 ほかの動物たちよりも、少し。

 人間よりも強いという、ただそれだけの理由で。

 彼らは追われる。


 彼らを。

 追い、狩る。

 それが、わたしの一族に課せられた仕事だけれど。


 わたしは、罪もない命を狩りたくはない。

 だからわたしは、仕事が好きではない。




 今日もまた、わたしはまだ幼い瞳をした、獣の仔の命を容赦なく刈り取る。

 あまりにあっけないその終焉。

 おもわず、ため息がこぼれた。


 こんなに幼い獣の仔がいったい何をしたというのか。

 一匹ではまだ出歩くことすらできず、ただ母親の乳を吸っていただけだというのに。

 人間というのはいつだって、自分たち以外の種族にはやさしくないのだ。


朱紅(あけいろ)


 哀れで悲しい獣たちは、その骸さえ残しはしない。

 命が尽きれば、さらさらと崩れ。女神の夢へと還っていく。

 封じの太刀についた血糊さえ――その生命の残骸さえも、砂となってふく風に溶けてしまうのだ。


「どうされました、兄上」


 最後の砂のひと粒が、刃からこぼれて消えて行くのを見送ってから。

 わたしはゆっくりと兄上の方へと視線を向けた。


 朱の一族の正式な衣を身にまとった兄上は、いつだって美しい。

 袖のない、錦糸を織り込んだ豪奢な朱色の衣。

 むき出しの腕と足を保護するために巻かれた、厚地の布に。

 龍の形の耳飾り、呪を封じた透明な珠を連ねた首飾り。 

 普通の剣でも獣を狩ることができるようにと呪をこめた、朱の一族秘伝の腕の紋様。


 華美な衣は兄上によく似合っているけれど。

 衣をまとうと、瞳が陰る。

 夜のような美しい瞳が、いつも物思いに沈んでしまう。


「兄上様?」


 兄上もまた、私の封じの太刀についた、獣の命の残滓に思いを馳せているように見えた。

 もう一度呼びかければ、その瞳から哀惜を消して、その冷え冷えとした双眸をこちらにむけてくる。


「あまり、悼まぬことだ」


 そうして、一言だけそんなことを告げる。


 冷たい、感情のこもらぬ声音。

 けれどわたしは知っている。

 兄上もまた、わたしと同じく、華美な衣を疎んじ、仕事を好まぬものだということを。


 本当に、お優しい兄上。


 こんなにも獣狩の一族の長に似合わぬ人を、わたしは知らない。

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