夢解きはつづく。
お腹がすいた。
今日の寮の晩御飯はなんだろう。
香ばしい肉を焼く香りがかすかに漂ってくる。
この匂いは、おそらく鳥系だ。甘辛いたれを絡めて焼く人気料理の一つに違いないと思う。
晩御飯を食べ損ねないために、男が普通の人間でない確信があるという夕那の馬鹿げている台詞に水をささないでおいたというのに。
夕那の追求の手は緩まず。
夢を洗いざらい話した私はまだ、ここですききったお腹を抱える状況に陥っている。
「とにかく」
これ以上黙っていても、ご飯にはどうせ間に合わない。
これみよがしにふてくされた顔を作って、私はため息混じりに言葉を切り出した。
甘辛いタレを絡めた鳥の肉をお米のご飯にのっけて食べるのが大好きだというのに。
こんなにお腹がすいているのに、食べにいけない。
食べ物の恨みはおそろしいのだ。
「その男は人間だよ」
ぼそりと、つぶやくように言えば。
夕那はすこしばかり驚いたような顔になった。
「あんた、まだそんな事言ってんの?」
ひと通りの質問を済ませたのか、黙りこんで紙になにかさらさらと書付けていた夕那は顔をあげると、いささか呆れた顔つきで、器用に片眉だけをあげた。
窓から差し込んでくる光が、どんどん陰りを帯びていく。
わずかの光が、余計に室内の暗さを際だたせるようだ。
夕那は机の上に手を伸ばすと、燭台に器用に火を灯した。
「まぁ、聞きなさいよ。あんたが夢のなかで着ていた服とか、髪型とかから結構いろんなことがわかったわよ」
凝った肩をほぐすように首を回して、夕那は今度はそんなことを言い出した。
「ええ?」
「たぶん、あんたのそれはね、過去夢ってやつよ」
「はぁ?」
「理解悪いわねー、実際にあったことだっていってんのよ」
実際あった?
実際あったって。夕那。
軽く言っちゃってくれてるけどさ?
それ、結構大変なことじゃないの?
思わず口元がひきつり、まともな反応ができない私に。
夕那は自分がいろいろと自分の考えを書き付けていた紙を眺めながら、筆のおしりのほうで軽く頭をかいている。
たしかに、あの夢はとても現実的で。
夢とは思えない緻密さで。
空気の匂いや、風の生ぬるさだってしっかり覚えてるし。
男を貫いた感触だってしっかり手に残っているけれど。
あれが、現実?
冗談じゃない。
「顔の両脇に一筋ずつ残し、頭の上に高く結い上げた髪。錦糸を織り込んだ朱色の衣。袖は肩まで。裾はひざ上で、履物の代わりに太ももの上まで厚手の布。耳には龍を模した耳飾り、二の腕には呪の文様……それから首に透明な珠を連ねた首飾り、だっけ」
けれど、夕那はそんな私には全く構わず、先ほど私からききだした、夢のなかの私の服装の確認をしている。
「あたしさー。そのカッコ。どっかで見たことがあるとおもったんだよねー」
くすくすと笑いながら、夕那は筆と紙をおいて立ち上がると。
おもむろに壁際にたかく積み上がっている草子の山を崩し始めた。
「……夕那?」
というか、ここは一応私の部屋で。
そこに積み上げている草子の山は私の勉強の草子なんだけど……
お構いなくくずしていくのはなんで?
いや、それよりも、私の部屋なんだから、夕那の探し物がみつかるとは思えないんだけど。
「あったあった」
三つ目だか四つ目だかの山を崩し終えた夕那は、ひどく満足そうな表情でふるびたぼろぼろの草子を私に向かって差し出した。
おもわずいぶかしげな表情した私は別におかしくないと思う。
だって。
もう何年も開けた覚えがないその草子は。
獣狩り師を志すものが一番最初に渡される、入門のためのしおりのようなもの。
獣狩り師がなんのために存在し、なんのために獣を狩るのかということが、子供にもわかるような挿絵付きで丁寧に描かれているものだ。
「一番最初の頁よ」
私に向かって、その草子を差し出して、夕那はにっこりと微笑んだ。




