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アンノウンワールド・ディベロッパー  作者: losedog
1章 行き倒れの魔法使い
3/4

敵の姿確認しました

 カズはラクリマが討伐を目標にしているというモンスターをその眼で確認している。

 大きさは自分たちが隠れている岩と同じくらい。

 ただし、百メートルほどの距離を開けてだが。


「……ラクリマさん?」

「さんはいらないよ?」

「……ラクリマは、馬鹿なの?」

「カズ、カズ! もう少しオブラートに包むってことをしなさいよ!」


 祢々がそんなことを喚くがカズはそれどころではない。


(なんだ、あれは!?)


 それが忌憚なきカズの心中である。正直始まりの街付近にいていいモンスターオブジェクトではない。獰猛な顔に鋭い牙は勿論、王者の風格漂わす金の鬣。地面を踏みしめる四脚はここからでも盛り上がった筋肉が確認できる。

 そもそもまだ見つかっていないにもかかわらずカズは《チキンハート》の影響で既に体が重いという事実。それほどの威圧感。ラクリマには敵に認識されたら能力微減だと言ったが、それは敵と己の実力差に大きく左右されるという非常に重要な情報を隠してのことなので本来はもっとひどいステータスだ。


(こんなモンスターが始まりの街付近で彷徨うことがおかしいだろ!)


 どう考えても故意だと思うカズは正しい。そもそもが電脳世界を淘汰することが目的である《リアル・ラヴァーズ》が開発に関与して悪意を孕ませた世界だ。

 プレイヤー達にグランドクエストのクリアを達成させる機などさらさらない。


「あれねぇ、あの〝英雄王〟が敗走したモンスターなんだって」

「それを聞いてラクリマはこれ以上ないほどにバカだと、今ボクは確信したよ」


 英雄王とは名の知れたプレイヤーで戦闘技術も最高クラスの男だ。そんな人物が倒しきれずに逆に逃げることを選んだモンスターに挑むことがおかしい。

 ここに来る前に話をしてくれた酒場の店主に内心で罵詈雑言を贈るカズだったが、店主の強面とモンスターもかくやという肉体を思い出し更に能力が微減。

 ここまで臆病を体現する《チキンハート》が冗談抜きで憎らしいカズである。


「じゃあ私が魔法で先制するからカズ君は前衛をお願いね?」

「ボクに死ねと!?」

「けほっ、けほっ……私、体が弱くて……」

「知ってるよ! でもボクのステータスも知ってるでしょ!? あまりの恐怖に震えが止まらないんだよ!?」

「カズ! カズ! あなた小刻みに残像が出来てるわよ! 私人間がこれだけ機敏だって思わなかったわ!」


 隠れているだけで、戦闘どころか敵に認識すらされていないのに体力の無さにプルプル震える魔法使いと、恐怖でガクブルな臆病者。

 とりあえず、戦闘はムリそうだった。


 ■□■□■□■□


 その日の夜。

 カズが宿を取っている建物は一階が軽食屋の造りになっている。そこで二人は食事を取りながら話していた。今後の作戦を、である。


「――よし、諦めよう」

「カズ! カズ! 決断が早くない!?」

「見ろよ。ボクの腕未だに振るえてるんだぜ? 相手の秘めたパラメーターがそれだけ高いんだよ。未だ始まり街であるここ、グローリアを拠点としているプレイヤーにあれクラスのモンスターは荷が重すぎるよ」

「…………箒……」


 ラクリマがものすごい哀しげな眼で眺めてくるのにカズは怯むが、それでも相手の実力が実力だった。何とか諦めてもらいたい。


「大体、どうしてアレを見てまだ討伐できると思ってるわけ?」

「だってぇ……私さ、現実世界じゃ体が弱くて過保護に扱われたんだけど、そのためにやりたいことは何もできなかったんだよぅ……。だから電脳世界初となるアクションアドベンチャー実体験型の電脳世界であるここではやりたいことを全部やりたいの」


 何も電脳の牢獄の化した今でなくともいいじゃないかと、カズが口にしようとした瞬間、


「それは!」


 ラクリマが語気も荒く続ける。


「今の、こんな状態になったアンノウンワールド・ディベロッパーでも変わらない。だって私のママはいつも……あ、ママだけは私の意志を尊重してくれたんだけど」


 そこで上目づかいでカズを見る。なまじ顔が整ってるだけにその威力は凄まじかった。


「困難な時ほど、その状態を楽しめるようになりなさいって言うの。人によっては不謹慎だって言う人もいるかもしれない。それでも、人が一番力を発揮するとき、発揮したあと」


 カズはラクリマに見惚れて固まっている。反応は、まだ、ない。


「人は、笑顔になっているんだって」


 にこりと微笑むラクリマ。とどめ、だった。

 電脳世界のオーバーな感情表現がカズの顔を文字通り爆発させた。ボン! という音に店内の視線が集まり対面のラクリマが眼を見開く。カズの肩に乗っていた祢々が喚く。


「わぁっ! アンタいつから顔が危険物になったの、カズ!?」

(く、くそう……! 美形ってのはもしかして何事にも変えがたいチートなのでは?)


 だが確かにラクリマの挑戦する姿勢は正しい、いやこの世界に足りないものだとカズは思う。グランドクエストのクリアが遅々として進まず、大きな街がグローリアしか見つかっていないというあまりに異常な現状にはこのゲームのシステムの他に、プレイヤー達の保身が過ぎるという一面もあると言われている。

 急所に攻撃を受ければ、どんな例外もなく一撃死。不意打ちで大ダメージなら幸運とまで言われた徹底したアクション重視。それは長距離・長時間のフィールド探索になればなるほど生存確率を大きく減らしていくのだ。

 つまり次の拠点を見付けられない限り、グローリアに自分の脚で帰るか死に戻りするしかないのだ。無論、小さな集落はいくつか見つかっている。それでも体を休め、装備を整え探索に出られるほどの街が見つからない。この世界はプレイヤー達にとって本当に「アンノウン」なのだ。

 だからこそ「世界地図完成」のグランドクエスト。

 そしてもう一つ。

 プレイヤー達が個人で持つプライベート・マップ。これこそ各自が見ることのできる地図なのだが……このプライベート・マップのデータを街にある神殿で更新しないとその内容を全員で共有できないのだ。

 つまるところ全員が完成された世界地図を見なければグランドクエスト達成とはならない。しかし、この世界でマップ情報はステータスに次ぐ、もしくはそれ以上の生命線だ。コンティニューが10万円かかるこの世界で「己のみの逃げ場所、安全地帯」というモノが必要になる。それほどこの世界は殺伐とした空気が充満したことがあった。事実、カズすらプライベート・マップに幾つかの集落などが記載されている。

 だがそう言った状況を無視した行動、一つのブレイクスルーが今この世界に必要になっているのも確かなのだ。


「…………わかった、わかったよ。だからそんな目で見ないで」

「?」


 瞳に涙の膜を張ってカズを見つめていたラクリマは自分の表情に気が付いていないのだろう。両手で降参の意を示すカズを不思議そうに見つめたままである。


「でもだからと言って、あの噛み砕くものと直接戦闘することはできない。自慢じゃないけど5秒以内に死ぬ自信が、ボクにはあるっ!」

「カズ! カズ! ホントに自慢じゃないわよ!」

「ただし……」


 祢々を華麗にスルーし、ラクリマの涙が零れ落ちそうになる直前にカズが言葉を告ぐ。


「なにも、フィールドに出ることでしか討伐できないということはないんだ」

「どーゆうこと?」


 このアンノウンワールド・ディベロッパーはアクションを重視された世界であり、モンスターとの戦闘は一撃でどれだけ相手のライフを削れるかという点に重視を置かれているのが主流だ。ラクリマもその基本を知っているからこそ、カズの言っているフィールドに出ないでダメージを与えるということを仄めかす発言が理解できなかった。


「まぁ……明日からしばらくは準備の期間だね」


 カズは曖昧に言葉を濁らして詳細を語ろうとはしなかった。


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