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アンノウンワールド・ディベロッパー  作者: losedog
1章 行き倒れの魔法使い
2/4

魔法使い拾いました

 カズはその日もいつも通り一人でフィールドを歩いていた。正確にはお供に一匹はいたが、この世界に囚われてからの1年、プレイヤー達がまず行動に移したのは派閥の形成であったことを考えると彼は1年間を特殊な環境で過ごしたことになる。

 レベル制ではないこの「アンノウンワールド・ディベロッパー」はソロで活動することに一切のメリットがない。経験値はモンスターを倒すことで手に入るのではなく、あくまで「能動的な活動の積み重ね」だからだ。要は剣の素振りでも溜まる。またモンスターの落とすアイテムも自動的に振り分けられるのではなく、地面に落ちたものを各自が拾うという方式なのだ。そしていつまで経っても「雑魚モンスター」というカテゴライズが出来ない「レベル制の廃止」という弊害が、個人で活動することに無謀を通り越して、馬鹿にまで貶めた。

 デスペナルティが死ではなかったものの、資金力がそう大きくないであろう高校生であるカズが一人で活動しているのは、誰も彼と行動を伴にしてくれないからだ。

 だからこそ彼は驚いた。自分以外にもソロでフィールドに居る人間がいることに。


「……祢々(ねね)。あれはなんだと思う?」

「え? プレイヤーじゃないの」


 カズの肩に乗る動物が答える。パッと見は黒い猫だが、翼があり全身が毛に覆われているのに尻尾だけはトカゲの尻尾に似たものを生やしていた。

 彼らの視線の10メートルほど先に、黒のとんがり帽子に黒のローブの小柄な人影がうつ伏せに倒れていた。


「……じゃあ、あそこで何をやっているんだと思う?」

「……寝てる? いえ、ちょっと待って……行き倒れてる」


 祢々の答えを聞いてカズは納得するより、頭を抱えた。

 フィールドの真ん中で横たわるとは、デスペナルティさんバッチ来いと挑発でもしているのだろうか?

 とりあえず近寄って安否を確かめることにする。カズは行き倒れ、かはまだわからないが危険な場所でうつ伏せている人を見て見ぬふりをするほど薄情でもなかった。


「……で、なんで倒れたプレイヤーに近づくだけなのに《抜き足》、《差し足》、《忍び足》のアビリティで近づくの、あんたは……」

「ばか! もしかしたら近づいた瞬間にこう……がばっとだな……」


 呆れる祢々と小声のカズが横たわる人影にたどり着く。カズはこれでもかというくらいに警戒心を露わに、まずつま先で突いた。


「あんた……」


 反応が無いとわかると次は手で軽く体を叩く。そしてそれでも反応が無いとわかると、


「大丈夫ですか~? ……どうやら行き倒れのようだな、祢々」

「もう少し迅速に確認できないの?」


 祢々の言うことももっともであるが、この警戒心ばかりは自分の性分なので仕方がないと肩をすくめてやり過ごす。

 そして両手でその人物を仰向けにひっくり返した。


「へぇ……」


 祢々が感嘆の溜息を吐く。一方カズはその顔一杯に「面倒なことになりそうだ……」と書いてあった。

 倒れていた人物はカズと同年代だろうと思える、少女だった。

 その肌は雪のように白い……を通り越して顔色が悪い蒼。

 形の整った顔を彩る、細い眉はしかめられており、さぞ顔に見合った美しい瞳を隠している瞼は何かに耐えるようにきつく閉じられていた。いまなおその美形を表すのは瞼に縁どられた柔らかく長い睫のみ。


「……どうやら無事、生きているようだ。よかった、よかった」

「カズ、カズ! あんたこんな美少女を前にして正しい反応は出来ないの!?」

「ほう……言ってみろ」

「大丈夫ですか? 御嬢さん。ボクが来たからにはもう大丈夫です」


 無駄に決め顔でのたまう祢々をスルーしてカズは普通に呼びかけた。


「どうしました? 何かバッドステータスでも受けましたか? 仲間は?」


 この「アンノウンワールド・ディベロッパー」の世界でステータスというと、個人の持つこの世界ならではの「個性」を指すのだが、もちろん従来のゲームであったように「毒」や「麻痺」といったバッドステータスも存在する。

 カズの問いかけに対し、魔法職だろう少女は億劫そうにその瞼を開き、光を受けて琥珀色に煌めく瞳を彼に注いだ。

 今まで見たこともないようなきれいな瞳を受けてひそかに息を呑んだカズに、続いて投げかけられたのは少女の耳に心地よい声。


「いや、バッドステータスは受けてないわ。ただ……」

「ただ?」

「街から長距離を移動したので、体力が尽きてしまって……」


 この世界、食欲や睡眠欲、疲労感はしっかりと存在するので疲れたという少女の弁に嘘はないだろう。しかしカズは心の中で少女の言葉を繰り返した。


(……長距離?)


 カズが後ろを振り返れば、一年経ってもなお全てのプレイヤーの拠点である、始まりの街「グローリア」の姿が目に映る。

 ……たった五百メートルほど先に、である。


「……」

「……」

「……言いたいことはわかるんだけど……私、虚弱体質でして」


 そこでカズは納得した。ここが今どういった状態――たとえデジタルに人の意識を閉じ込める牢獄――になっていようとあくまでゲームであることには変わりない。現実におけるプレイヤーの体質も時たま大げさに再現することがある。

 とはいえ、これはあんまりだとカズは思ったが。


「まともに探索を行うことがなかなか出来ない私と一緒に行動してくれる人もいないので、今日は意を決してソロでフィールドへと来てみたところ……」


 街から五百メートル地点で力尽きたというわけらしい。無謀と言えば無謀だが、だからと言って街に閉じ籠るわけにもいかないのが、この世界の厄介なところである。周期的に起こるあるイベントのせいで全てのプレイヤーは自分の身を守るに足る実力を身に付けなければならなかったのだから。

 ともかく、今はこの状態を解決しなければならない。


「じゃあ、体力が回復すれば街に戻ってくださいね? 一応近くにはいますけど」


 関わると何かに巻き込まれるという予感に正直に従ったカズは、少女が徘徊するモンスターに狩られないように、近くを探索して直接の関わりを避けようとした。

 だが少女もやっと見つけた救いの手を逃すほど愚鈍ではなかった。行き倒れたその体のどこに、それほどの体力が残っていたのかと聞きたくなるくらいの俊敏さで背を向けて立ち去ろうとしたカズに覆いかぶさった。


「わぁ~街まで連れてってくれるんですかぁ。ありがとうございます」

「カズ! カズ! 私ここまであからさまな棒読みって初めて聞いたわ!」

「……」


 己の警戒心もまだまだ未熟、とうなだれたカズは少女を再び放り出す度胸も無いので仕方なく「グローリア」まで背負うことにした。

 かくしてこの世界で「最弱」と罵られる少年と「虚弱」の魔法使いは出会いを果たした。


 ■□■□■□■□


 始まりの街「グローリア」。その外周は大きな防壁で囲まれていて、東西南北にそれぞれの出入り口がある。

 北にNPCの経営する宿や食堂、プレイヤーの店も含めた商業区。

 東はプレイヤーが組んだそれぞれの派閥の拠点とも言える建物が並ぶ居住区。

 西は武器屋や防具屋などの、技術持つ人たちのメッカである工業区。

 南にデスペナルティにより落ちぶれたプレイヤーとそれをカモにする悪徳プレイヤーがはこびる貧民区。

 その四つの区画に分けられた街へと、個人では建物を買うことなんて到底不可能なので常に宿のお世話になっているカズは少女を背負い北門から入った。

 周囲の目を集めることに内心では卒倒しそうなほどにうろたえていたカズだが、それを表情に出すことは何とか防げたようで、背の少女へと語りかけた。


「ボクの宿にそのまま連れて行くわけにもいかないから、どこかで食事でもとって体を休めようか?」

「えっ!? あんた宿に連れ込んでこの娘に何するつもりだったのよ、カズ!」

「だから、連れて行くわけにもいかないって言っているだろう!」


 祢々との会話の内容を把握する気力もなかったのか、それともただ英気を養う本能に支配されていたのか、虚弱の魔法使いは一言、


「ゴハン」



 カズは目の前の光景を頭痛とともに眺めていた。


(虚弱のくせにフードファイターなんだな……)


 次から次へと積み重ねられる皿、皿、皿。

 頬を膨らせる様はリスのような食べっぷりである。この食事の代金も自分が払うと言ってしまった手前、後悔しかないカズである。少しでもと抵抗を試みて「ライス 小」しか食べなかったのだが焼け石に水のようだ。


「あ~おいしかった! ホントに助けてもらった挙句にご馳走までしてもらって、感謝感激雨霰!」

「そう……ボクは財布の中身が閑古鳥だけど」

「あ、私はラクリマ。これも何かの縁だと思って、宜しく!」


 こんな縁は切ってしまいたいと思ったが口にする愚は冒さなかった。


「え~と、カズって言います。もう大丈夫ですか?」


 すっかり血色の良くなった顔に笑顔の花を咲かせて、ラクリマは元気よく宣言した。


「もう、すっかり大丈夫! カズ君のおかげで私の体調もひとまずはバッチリだね!」


 それは良かったとばかりに、カズは代金を机に置いて立ち上がる。きょとんとした顔のラクリマに愛想笑いで返しながら、


「じゃあ、ボクはこれで。ラクリマさんはもう少しゆっくりしてってください」


 さっさと立ち去ることにした。が。


「……あっ、ちょっと突然お腹が……このままだと身動きできなくて心無い男性に弄ばれるかも……」


 九割仮病とわかる虚弱さをアピールする。カズはいい性格してると思いながらも、ほとんど仮病だと確信しつつ、そんな彼女をあしらう度胸もない自分の意志薄弱さにうんざりした。

 やはり認めたくないが、何かの縁なのだろう。そう諦めて再び席に着く。


「いや~ごめんね、カズ君。このステータスのおかげで経験値を溜めるのにも苦労しているんだよ」


 正式なステータス名はわからないが、長時間の行動を妨げる虚弱体質を再現したステータスは、経験値が重要なファクターであるこの世界では確かに厄介だろう。経験値を溜めるために、個人的に特訓をしようとしても動けなくなるのだから。


「だからラクリマさんは魔法職なんですか?」


 とりあえず座ってしまった以上、言葉のキャッチボールくらいはしなくてはならないだろうと、カズも言葉を返す。


「さんはいらないよ~。まぁそうだね。魔法職しか生き残る道が無かったっていうのが正しいかな?」


 経験値を溜めるには「能動的な行動」が必要である。そしてこの世界で魔法職と言われるプレイヤーは、文字通り魔法を「憶える」ことを必須とされる。つまりラクリマが経験値を溜めることが出来、プレイヤーとしての実力も身に付けるとすれば、必要な知識を「学習」するという頭脳的な能動的行動を主にする魔法職が打ってつけだったのだ。


「まぁ元々暗記とかは得意だったし、ステータスにも《ライブラリ》があったから、知識を蓄積することには苦労しなかったしね」

「《ライブラリ》は記憶容量が増えるんでしたっけ? 言葉で聞くとパッとしないんですけど、記憶容量が増えるってどんな感じなんです?」

「頭の中に巨大な辞典がいくつもあってその索引を引けば、思い出したいことは一瞬で思い出せる感じ?」

「やっぱり良くわからないです。虚弱体質もステータスの効果なんですか?」

「正確には虚弱がもたらされる効果じゃないんだけどね~」


 そう言いながらラクリマはメニュー画面を呼び出した。何をするつもりなのかと首を傾げたカズは、彼女の次の行動に心底驚いた。


「これこれ」


 個人情報という、現実でもこの世界でも気安く見せるべきではない物をこちらに開示したのだ。



N A M E :ラクリマ

E X P :256,899

STATUS:《ピュアハート》《ライブラリ》

SKILL :《魔術》―【呪文】【刻印】【ショートカット】【コンダクター】【魔導書召喚】

       《肉体強化》―【特殊攻撃耐性】【特殊攻撃上昇】



 名前、経験値、ステータス、スキルという順にラクリマの情報がカズに示される。スキルは個人技能の体系を表しているのでそれに続くアビリティが使用できる能力と言ったところだ。

 ラクリマはステータスにある《ピュアハート》を指差して説明してくれる。


「このステータスはね、自分に関わる確率系の事象は全部実現されちゃうんだよね。仲間からの支援であれ、敵からの攻撃であれ」


「そして現実の体質が反映される確率まで、ってこと?」


 首を縦に振るラクリマ。

 これだからこのゲームは厄介なんだとカズは内心で毒づいた。ステータスひとつで不利にも有利にもなる、それは今までも当然であったがその効果が独特すぎてうまく立ち回ることが非常に困難になるのだ。事実ラクリマは碌に探索に出ることができない。


「だから出来るだけ体力の消耗を抑えるために箒が欲しくてね」


 魔法職の人たちは装備品の箒を所持した時点で経験値が10万を超えていれば《魔術》のスキルに【飛翔術】のアビリティが出現する。それがあれば確かに探索についても劇的な改善が図れるだろう。


「でも箒ってかなりレアですよね? 作るにしても材料の入手が難しいでしょ?」

「そうそう。だからあるクエストを達成しようと思って……」


 話を聞くところによれば、フィールドを徘徊しているあるモンスターの討伐クエストの報酬に箒があったらしい。酒場の店主の紹介で受けられるイベントだそうでモンスターの名前は「噛み砕くもの」というらしい。


「へぇ。大変そうですね」


 カズはここまで話を聞いてしまったことにまずいと思いながらも、ただの話し相手としての立場を必死に保つ努力をしていた。なぜならこういう流れの場合、


「ところでさ」

(来るか!?)


 持ち前の警戒心で身構え、機先を制す。


「ラクリマさんが箒を手に入れられるように応援しますよ」


 カズはこれでラクリマが少し残念そうにしながらも社交辞令のお礼を言って、その後はもう少し雑談して解散、と目論んでいたのだが。


「ホント!? 知り合って間もないのに、カズ君は良い人だねぇ」

(あ、あれ? なんかおかしな流れに……)

「じゃあ一緒にクエストするんだからカズ君も問題のありそうなステータスとか見せてよ? 色々と準備しなきゃね!」


 カズは自分の顎がカクンと落ちるのを知覚した。ラクリマはカズの言った「応援」を「手伝ってくれる」と都合のいいように捉えたようだった。ホントにいい性格してる、カズはもう諦めた。


「はい……頑張りましょうね。もう好きにしてください」


 今度はカズがラクリマにメニュー画面を開示する。



N A M E :カズ

E X P :282,105

STATUS:《チキンハート》

SKILL  :《剣術》―【一刀流】【スローイングダガー】

       《槍術》―【投げ槍】

       《弓術》―【狙撃】【不意の致命射】

       《歩法》―【抜き足】【差し足】【忍び足】【フェアリーステップ】

       《肉体強化》―【遠視】【聴覚強化】【気配隠匿】



「……なんか遠距離に特化してるね」

「そこはまぁ……とりあえずボクの場合はこれ」


 カズはステータスにある《チキンハート》を指差した。


「このステータスがかなり酷くてね……これを聞けばラクリマさんも多分ボクと一緒にクエストを受けなくなると思うんだけど」

「え?」

「この《チキンハート》はね戦闘時、敵に認識されると身体能力が微減。半径5メートル以内の気配を察知しやすいという効果がある。また戦闘中、敵の視線を受けると二秒ほど身動きできないという、およそマイナス要素しかないんだ」


 カズは自嘲しながら告げる。カズはこのステータスが理由で「最弱」と罵られることになった。それでもデスペナルティを回避する実力を身に付けるためには、戦闘能力がどうしても必要になる。だから彼のスキル及びアビリティの構成は遠距離特化であり、逃走に重きを置いたものになっている。

 そんな彼の頑張りもより一層罵られる原因となってしまったのだが。


「へぇ~カズ君も頑張ってるんだねぇ。じゃあそれも含めて作戦立てないとね! まずはフィールドに行って相手がどんな奴か情報を集めよっか!」

(あれ?)

「カズ君さ、そうやって自分を悪く言ってるけれどこのスキルとか見てると頑張ってるのがわかるからね。どうせならその頑張りをもっと有効に使おうじゃないか!」


 あっはっはと笑いカズの型を叩くラクリマ。


「私もねステータスで苦しんでるからさ、同じような人を蔑むことはしたくないんだ。それにどう取り繕っても自分の個性だから、しっかり付き合わなきゃね」


 カズはどう反応していいのかわからなく、ただ目を見開いていたが、


「じゃあ早速フィールドに行こうか!」

「カズ! カズ! あんた呆けてないで、初めて頼られてるんだからここで男を見せなさいよ!」


 ラクリマと祢々がさっさと店を後にしてしまうので慌てて席を立った。

 出会って間もない「最弱」と「虚弱」の初めての共同戦線である。誰が聞いても不安しか感じない組み合わせで、カズ自身、自分のことながら不安だったが前方の二人はこれ以上ないほどに張り切っていた。


(あの陽気さはどこから来るんだろう……)


 警戒しても避けられないものは避けられない。ラクリマに巻き込まれたカズが今日学んだ教訓だった。


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