全てはここから始まった
主人公最弱は周りからの評価です。
戦いようによっては善戦できます。
世界は一つの「サイバー革命」を迎えた。
人の手により世界が――電脳世界、つまりデジタル技術で人が思うがままに造った空間――造られ、人は神の領域に一つ近づいたのかもしれない。
それはともかく。その現実時間に比べて24倍の、つまり現実での一時間が一日に相当する0と1の世界は世界中の人々に歓迎された。その世界であればどれだけ長い会議であっても実際には一時間未満であり、ほとんどがデジタル機器での作業で賄われた仕事も時間がとられないためプライベートに多くの時間を割けるとなれば、それは当然の結果だったのかもしれない。
そして人々は当然「娯楽」にも「時間の短縮」を求め、より多くの時間を稼ごうと考えた。多くの仕事向けの電脳世界がある中で、また多くの娯楽型電脳世界が造られ、世界中の人々は「短時間」で「より多くの娯楽」を楽しんだ。
したがってアクションアドベンチャー実体験電脳世界「アンノウンワールド・ディベロッパー」が日本で登場した時、数多くのゲーマーは狂喜した。この世界はアクションが重視されておりレベル制は廃されている。全てのチャンスとリスクは平等に。どのモンスター相手でも油断できない保たれる緊迫感、絶対勝てる勝負など存在しないプレイヤーの強さ。その真新しさがまた人々を夢中にさせた。
夢にまで見た、自らの身体でファンタジーの世界を冒険できる空間が造られたのだ。誰もがその世界の扉が開くのを、電脳世界へと連れて行ってくれる「ドリームダイバー」という最新技術を詰め込まれた寝台に横たわりながら待ち、扉が開いた瞬間飛び込んだ。
新しい世界に立った人たちは、その未知の世界に興奮し、この世界の創造者に感謝した。ある事実が明らかになるまでは。
始まりは一旦現実に戻ろうとしたプレイヤーがメニューを開いた時だ。帰還のためのボタン、ログアウトの文字が違う文字になっていたのだ。アンサーコールを掛けても応答がなく帰れない人たちは当然怒り、戸惑い、不安になった。
始まりの街「グローリア」でその騒ぎが最高潮に達した時、澄み渡る鈴の音――管理側からの放送の合図――が響き、上空に立体投影スクリーンを通じて一人の男が現れた。眼鏡を掛けた知的な男は笹島 直人と名乗り続けて語った。
「あなた方が自らの意志でこの世界を脱出することはできません。我々は電脳世界の存在を危険視する《リアル・ラヴァーズ》という集まりです。世界的にも著名な精神科医が提示した問題、長期間に渡り電脳世界に閉じこもった人は精神に悪影響を受けない安全を実証されてはいないため検証の必要があるのではという、極めて重大かつ速やかに証明すべき疑問の解明のためにこの世界を造りました」
誰もが言い返せないままに笹島の一人語りは続く。
「我々は君たちが何かしら問題を起こすだろうという、半ば確信に近い予測を立てています」
「ま、待てよ! お前たちの目的はこの際置いておいてだな……そもそも電脳世界の構築には政府の許可が必要になるはずだ! こんな脱出不可能の仕様を持つ世界の構築が許されるはずがないだろう!」
希望を捨てきれない男の、理にかなった反論に対して笹島は一切の淀みなく答える。
「電脳世界の悪影響を心配する同志が、政治家の中にいないと誰が言いましたか? これは今、国会で発表された国を挙げての《人体実験》です。この世界に入るにあたって皆さんはこの電脳世界の利用契約書に同意しました。つまりはそういうことです」
全てのプレイヤーが絶句した。人体実験など今の時代に、しかも国が認めたうえで行われることなのかと。しかもそれを自分たちが任意で参加したのだと言う。
「電脳世界の発達はあまりにも急すぎたのです。実年齢よりも発達した精神年齢、親よりも老成した子どもたち、挙句の果てには政治を語る五歳児まで確認されたほどです。早くから多くの知識を得ることによって煩雑化した人の精神は一体どのような考えを世の中に示していくのかもわからない。不安は腐るほどある。誰もが求めていたのはその不安の解消です。電脳世界を肯定する者であっても反対する者であっても」
そこで笹島は両手を広げて今までよりも声の調子を高く、言った。
「そんな中、重要な実験に参加してくれてありがとう! 諸君! あぁ、安心してください。世に出て人気を博した創作物のように、現実世界ではない場所での死が、実際の死亡になることはありません。ただし、ペナルティはあります……これは、ゲームですからね」
「ゲームだと!? ふざけるな!」
「出してよ! こんな世界で閉じ込められるなんて聞いてないわ!」
怒号が、空に向かって放たれる。それを一身に受ける男は肩をすくめて、
「おやおや、昔から利用規約を隅々まで読まない人は多くいましたが、同意した以上これは法的に保護された実験です。そして私達は一切ふざけていません」
パチン、と笹島が指を鳴らした瞬間すべてのプレイヤーの声が出なくなった。
「これは私達とあなた方のゲームです。あなた方が精神に異常をきたしたのであれば私達の勝ちであり、電脳世界は消滅の道を辿ることでしょう。そして何事もなくこのゲームをクリアしたのであれば、あなた方は現実へと帰り、電脳世界も保たれる。そのときは私達は解散し、今回の騒ぎを受けてあなた達の同意を得ていなかったという主張を受け入れ自首しましょう」
声を奪われたこの世界に囚われた人たちはただ憤怒を込めた視線で笹島を貫いた。
「さあ、始めましょう! 現実を賭けたロールプレイを!! あなた方が演じるのは冒険者! 私達が演じるのはこの世界の創造主! 賭けたのは電脳世界とあなた方の未来! そして私達の行く末です! 一生この世界で終わるのか、現実へと帰り正確な時を刻むのか。それは、あなた方次第」
その言葉を最後に笹島の姿は消え、この世界に囚われた者たちのゲームクリアへの日々が始まった。
この世界に少し遅れて入ってきた高校二年生の牧原 和真は蒼い顔でただただ、スクリーンの消えた空を呆然と見上げていた。
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これがこの電脳世界において一年前の出来事だ。この世界に掲げられたグランドクエスト、つまりゲームクリアの条件は「世界地図の完成」。現在探索された世界は地図の中央部、全体のおよそ5分の1。
レベルではなくアクション重視の世界は想像以上にモンスターとの戦闘を苦戦させた。能動的な行動によって溜まる経験値が体をうまく動かせることを示す数字だが、いくら高くても肉体が劇的に強化されるということではないので、実力が上位だと目される者でも街のすぐ傍で死亡するなんてこともざらにある。時間を掛ければ大きなアドバンテージを得られる従来のネットゲームとは違い、誰もが平等に生きる可能性と死ぬ可能性を背負った。
またプレイヤー達の本質や性格などを反映したステータスが厄介だった。平等を謳っておきながら、現実世界で優秀であればここでも優秀であり、逆もまた然り。デスペナルティを積み重ねる者が続出したのだ。
そして最悪だったのはデスペナルティ。笹島が現実を賭けたゲームとはよく言ったものだろう。コンティニューは現実の通貨の単位で10万円を払うことにより買わねばならなかったのだ。預金が、電子マネーが底をつくプレイヤー達をカモに「高利貸し」のようなプレイヤーまで現れる始末。現実の通貨の取引で記録が残るため、現実世界に帰ってもその借金は残るのだ。
クエストは遅々として進まず、ステータスというこの世界特有の個性に縛られ、デスペナルティの実態がこの世界を暗澹とさせる中。
1年前、蒼い顔で空を見上げていた少年、牧原 和真――この世界ではカズ――は自分もステータスにより、それを知る人には「最弱」と罵られながらも、必死にこの世界で生きていた。