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飯田 隆雄@日曜日 15:15

 今日、俺は、今年に入って六度目のクビを経験した。もちろん、アルバイトだ。俺はまだ高校生だし、真面目に仕事をする気もない。だから、客と喧嘩もする。

「……二度と顔を見せるなってのは、さすがにキツ過ぎんじゃねえの?」

 店長代理だかなんだか良く判らねえ肩書きばっかり偉そうなフリーターのデブに、捨て台詞を吐かれた。ちょっとは俺の意見も聞けば良いのに。

 あいつらは高校のダチで、悪友で、言わば、天敵だ。真面目にバイトに勤しむ姿なんか見た日にゃ、からかいたくもなるってもんだ。まあ、からかわれてぶち切れた俺が言うのもなんだけど。

 ――飯田君は真面目でちゅね。

 そんなもん、宣戦布告とみなす以外に方法がないだろう。そりゃあ、殴るさ。バイト先の制服のまま、憎き鈴木を目一杯殴るさ。何が悪い?

 いや、悪いわな。制服のまま殴るのは。他の客、どん引きだったし。

 追い出されるのも無理はない。でもな。俺が今までバイトした、まあ、高々三日分だけど、バイト代は貰うからな。顔を見せるなって言われたから行きやしない。けど。振り込まれてなかったら、それこそただじゃ置かねえ。

 あいつも、いや、あいつこそ殴る。今日、鈴木を殴ったより、更に力強く殴りつけてやる。クソデブ野郎。ファーストフードばっかり食ってるからあんな体型になるんだよ、キモデブが。

「あーあ。腹立つ」

 これでクリスマスの計画はおじゃんだ。彼女に指輪をプレゼントするって言っちまってるし。どうする、俺。金ねえよ。

 かくなる上は、あれか。お年玉の前借ってヤツしかねえか。親に頭を下げるのは癪だが、仕方ない。土下座でもして、金を借りよう。我儘で可愛い彼女のためだ、致し方あるまい。

 周囲に知り合いがいないことを確認し、ひと気のない公園に足を踏み入れた。やってらんねえ。こういうときは、煙草を吹かすのが一番だ。

 未成年者の喫煙は法律で禁止されています、だ? 知ったことか。ばれなきゃ良いんだよ、こういうのは。

 慣れた手つきで火を点ける。俺の肺、真っ黒なんだろうな。喫煙暦は、かれこれ、何年だ? 身長が伸びないとかいう噂はそれなりに本当らしかったが、別に今のところ、そんなに体調は悪くもない。

「……はあ」

 溜息と共に煙を吐き出す。吐き出す息よりもはっきりと、白い煙が宙を彷徨う。今は冬。誰だって吐く息は白い。煙かどうか。そんなことは遠目には判らない。

 携帯電話を取り出し、彼女にメールする。バイトをクビになったこと、一応伝えた方が良い。怒るかもしれないが、そんなの関係ねえ。

 ――夏、俺、バイト辞めた。プレゼントはどうにかすっから心配するな。

 我ながらどうかと思うほどのシンプルさ。絵文字なんて男の使うもんじゃねえ。前にそう言ったら、夏は『可愛げあって良いじゃん』か何とか言っていたな。知るか。

 送信ボタンを押し、煙草を揉み消した。そろそろ帰ろう。苛立って仕方がない。売られていない喧嘩をまとめて買い込みたい気分だ。怪我するのだけは勘弁だけど。

 歩き始めようとすると、携帯電話が震えた。着信か、メールか。いずれにせよ、確認した方が良いだろう。

 これが鈴木の野郎だったら、俺の理性とやらが、保たれる自信はないが。

 画面を見ると”夏子“と出ている。荒くれ可愛い俺の彼女だ。しかもメールではなく電話らしい。俺は急いで、通話ボタンに指を伸ばした。

「……夏?」

「タカ、バイト辞めたの?」

 あからさまに不機嫌な口調。何でだよ。俺がバイトしていようがしていまいが、夏には関係ないだろうがよ。

「ああ、辞めてやった」

 クビになったとは言わない。ささやかなプライド。何にせよ、あんなところじゃ長くは持たなかったと思う。クソデブがにこにこ愛想笑いをしているところなんざ、気持ち悪くて見ていられない。

「またクビ?」

 何故判る? 夏は透視能力やら霊感やらを持っているのか?

「……どうして判った?」

 務めて冷静に返した。だからこそおかしな口調になっていたなんて、俺は微塵も気付いちゃいないが。

「判るっての。タカ、いっつもクビじゃん」

 確かに。俺はバイトを辞めるときはクビか、せいぜい良くても喧嘩別れだ。いつも、今回こそは長続きさせよう、とは思っているのに、ちっとも上手くいきやしない。

「……で? 今、どこ?」

「川崎」

 夏の高圧的な態度に、俺は圧倒されてしまった。いつだって夏は偉そうで生意気で。けどそこも可愛かったりするから、結局よく判らない。たまに、俺はドMなんじゃないかって気がすることすらある。絶対違うが。断じて違うが。

「川崎?」

 公園の外の通りは人もまばらで、俺がこうやって煙草を片手に電話をしていたところで、誰も気に留めないだろう。この電話は、多分、俺の勘では長くなる。間違いない。長年の勘。無駄に夏と長く付き合っているわけじゃないのだ。

「……じゃあさ、私、今からそっち行くわ」

 はい? 咥えようとしていた煙草を、思わず地面に落としちまった。夏は今、何て言いやがった?

「いや。俺、今から帰るし」

 大体、今からデートだなんて言われても、俺には先立つ金がない。小遣いはほとんど使い切っているし、バイト代が振り込まれるのはまだ先だ。

 そういや。何にせよバイト代が振り込まれるのは来月の話だったのか。俺ってば計画性ねえな。完璧クリスマスに間に合わねえじゃん。

 いやいや。そういうことじゃなくて。夏だ。夏が今からここに来るとか言っていた。それだけは何とか阻止せねば。

「良いじゃん、タカ。そういうときは憂さ晴らしした方が良いって」

 絶対違う。お前が遊びたいだけだろ。

「もう俺疲れたから帰るっての」

 これで聞くとは思えない。でも俺は、夏に逆らう術を知らない。

 夏はなおも食い下がるかと思ったが、意外なまでにあっさりと、俺の意見を飲み込んだ。

「じゃあ、まあ、いっか。……あ、でも。地元の駅まで迎えに行くから。それなら良いっしょ?」

 もちろん。こういうところが可愛いというか何というか。幾らご近所だからって、駅まで迎えに来てくれる彼女なんてそうそういないだろうよ。さすが、俺の夏。

 実際、疲れているのは嘘じゃない。夏に会いたくないわけでもない。ただ、何ていうか、面倒。そう。面倒臭いし、金もない。

「ああ、じゃあ、今から駅向かうから。夏も支度して待ってろよ?」

「うん。駅で待ち合わせて、遊ぼうね」

 えっと、今、何とおっしゃいました? 夏、俺は遊ぼうなんて一言も言ってねえよ。俺の気のせいか? 聞き間違いか?

「いやいや。遊ぼうなんて言ってねえし」

「ええ? 良いじゃん。ゲーセンでも行こうって」

 行かねえって。

「いやだから俺疲れてるし」

「タカの疲れなんて高が知れてるっての」

 駄洒落か、それ。

「とにかく。俺は帰る」

「だから待ってるって」

 待っててくれるのは嬉しい。しかし。遊ぼうにも金がない。俺に言わすな。察してくれ。頼む。

「……とにかく。今から帰るから」

 言い捨て、俺は電話を切った。夏が何かを言っていたが、聞こえなかった振りをしよう。後のことを考えると、かなり恐ろしいけど。夏は絶対に怒っている。

 そういや。前もこんな風に夏を怒らせちまって、で、最終的にクリスマスプレゼントに指輪を買えってことになったんだっけ。だとすると、今回もまた何かせがまれるのか?

 俺はとんでもないことをやらかしちまったのかもしれない。落とした煙草を拾いながら、俺はふと、そんなことを思った。

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