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加藤 夏子@水曜日 14:45

 何だか良く判らないけれど、今日は部屋に引きこもっている。いや、引きこもらされている。

 原因は、タカだ。今日は妙に優しいというか、一緒にいようと言ってくれているというか。

 嫌ではない。一緒にいるのが私にとって一番楽しいことではある。けれど、何というか、違和感がある。かなり。

 多分気を使ってくれているんだとは思う。なるみのことがあって。私は、やっぱり色々と考えてしまうので。タカといれば、少しは救われるような気もするので。

「……ねえ、タカ」

 何か隠しているでしょ?

 ふたりでそれほど夢中になれないゲームをやりながら、私はちょっとずつ探りを入れてみる。

「何? あ、俺の番?」

 けれど私の真意はタカに伝わらない。伝わっているのかもしれないけれど、無視されていた。今朝から私ははぐらかされ続けていた。

 ゲーム機のコントローラを受け取り、操作をする。時折くだらない話をしたり、冗談を言って笑いあったり。傍からみれば、楽しげで幸せな恋人同士に見えるだろう。

 実際、私はとても幸せだ。今日だって、一人で家にいるのは辛いから、咲と一緒に過ごそうと思っていた。けれど、電話をしても繋がらないし、メールをしても返事が来ない。

 昨日は大沢先輩とデートだと言っていたから、そのまま一緒にいるのかもしれない。咲の破廉恥さんめ。今度、からかってやろう。

 ああ、でも。普通の恋人同士だったら、やっぱり、そういう関係って普通なのかもしれない。こうやって一緒の部屋にいて何もない方が、おかしいのかもしれない。

 ゲーム画面に夢中になっている、タカの顔をじっと見た。良く言えば童顔、悪く言えばガキ臭い顔立ち。薄茶の髪が見事に似合っていない。無駄に睫毛が長い。所々にニキビのある頬。意外と形の良い唇。唇。

「ほれ。次、夏の番」

 タカの唇が開く。

「……夏? 何、ガンくれてんだよ」

 私ははっとして、コントローラを奪い取った。私、今、何を考えていた? 自分でも恥ずかしくなる。

「タ……タカってやっぱり童顔だな、と思って」

 唇を見ていた、なんて言えない。自分でも判らない。欲情していた? 判らない。

 ただひとつ判るのは、タカは絶対に手を出しては来ないということ。

「うるせえよ。俺のコンプレックス舐めんな」

「良いじゃん。背え低くて童顔なら、そんなに違和感もないっしょ?」

「だから俺は、身長も高くなりてえし、顔だって童顔卒業したいっての」

「無理無理」

 今のままで充分。私にとっては世界一だ。言えないけれど。言わないけれど。

 奪い取ったコントローラを操作し、ゲームの続きをする。けれどやっぱり夢中にはなれなくて、別のことを考えながらになってしまう。

 タカは、私のことをどう思っているんだろう。幼馴染でずっと一緒にいて、気付いたら付き合っていて。流されるがまま、恋人という肩書きを手に入れてしまった私を。

 私にとって、その肩書きはとても嬉しいもので。けれど。タカにとってはどうなんだろう。恋人というよりも、友人の延長線上に、私が存在しているような気がする。

 友人なら、私に手を出さない理由にもなる。タカは優しいから、恋じゃなくてもそばに居続けてくれているのかもしれない。

 私は、何でこんなに不安なんだろう。

 自分の番が終了し、コントローラをタカに手渡す。渡す際に、肌が触れた。タカの、身長の割に大きな手。優しい温もりを感じる。

 もし、今、ここで。私が目を瞑ったら。タカはどうするだろう。決して良い雰囲気ではない。けれど、据え膳食わぬは男の恥。食わぬなら、恋じゃないかも、ホトトギス。

 タカを失うのは怖い。タカに嫌われるのは怖い。けれど。確かな何かが欲しい。

 私の真剣な眼差しが、タカを射抜く。お互い、何も言葉を発しない。緊張感が張り詰めていく。

 今しかない。私は、目を瞑ろうとした。

「……窓、開けるな」

 しかしタカの一言で、私の決心は跡形もなく消え去ってしまった。意図してか、無意識かは判らない。ただ、はぐらかされたという事実だけが、私の心に重く圧し掛かる。

 窓際で、タカが煙草に火を点けた。煙が部屋に入らないよう、顔は外を向いている。私の座っている場所からは、タカの表情は見えない。何を考えているかは判らない。

「……良い天気だな」

 タカが呟く言葉の真意は、私には判らない。

「タカ……!」

 だからこそ、私の不安は広がっていく。

「何?」

 携帯灰皿で煙草の火を揉み消しながら、タカがいつもと変わらぬ表情で私を見る。平然としたその態度が、私の消え去った決意に火を灯す。

 失いたくはない。けれど。このまま立ち止まっていたくもない。

「……タカはさ、私のこと……」

 口の中が乾く。言葉が上手く話せない。私がこのまま黙っていれば、今の関係は続くだろう。これ以上もなく、これ以下もなく。小学生の恋人ごっこのような関係を、続けることができるはずだ。

「……私の、こと……」

 その先が上手く言葉に表わせない。ただ一言『好きなの?』と言えば良いだけなのに、言葉が上手く発せない。

 きっと私が何を言おうとしているのか、タカは既に気付いている。気付いていて、それでも、そのことについては何も口にしない。

 困ったような表情をして、タカが優しい言葉をかける。

「……夏はさ、心配しないで良いからな」

 心配って何のこと?

「俺がさ、どうにかしてやるから」

 どうにかするって何のこと?

「よっし。じゃあ、次は俺の番だっけか」

 やっぱり何かを隠している。タカは、私の真意とは裏腹に、別の何かを察知したようだった。

 私に隠している何か。それが何なのかは判らない。昨日言っていた“行方不明のタシロコノミ”の話かもしれない。

 ピースを探していて行方不明になった、タカの高校の後輩。ピースの手掛りを見付けて自殺した、なるみ。

 共通点はピース。けれど、関係があるとも思えない。タカが隠し立てする意味が判らない。隠すなら、昨日、私に言わなければ良かったのに。

「ねえ、タカ。何を隠してるの?」

 素直に聞かないと前に進めない。私のことをどう思っているのかは、またその後に聞けば良い。聞かない方が楽なのは知っている。けれど。これ以上、逃げ続けるわけにはいかない。タカの優しさに甘え続けるわけにはいかない。

 少なくとも、私はタカが好きだ。タカが私のことをどう思っていようとも、私が好きだと思う気持ちに変わりはない。それだけは、胸を張って言える。

「……隠してなんかいねえよ」

 嘘つきなタカ。動揺していることが手に取るように判るのに、それでも通じていると思い込んでいる。優しい嘘つき。

「隠してるでしょ? 判るんだから」

 判らないのは、タカの真意だけ。

「……隠して、ねえよ」

 声のトーンが下がる。何もないと言い張って、私に何かを隠し通すつもりで。

 ゲーム機のコントローラを手に取り、ごまかすように夢中な振りをする。私が何を話しかけても、きっと無視をするだろう。

 だったら。私は強硬手段に出るしかない。

 タカの目の前に立ち、ゲーム機の電源ボタンを押す。強制終了。これで、会話の邪魔をするものはなくなった。

 唖然とした表情でタカが私を見上げる。

「……夏、何してんだよ」

「隠してるでしょ?」

 私は、引かない。

「せっかく調子良かったのに」

 嘘ばっかり。私とダブルスコアの差がついていたのに。

「教えてよ」

 タカの真意。隠していること。私をどう思っているのか。私に何を隠しているのか。

「……教えねえよ」

 そう言ってタカは目を逸らし、窓の方を見遣った。窓の外に広がる青空。冬の快晴は、異様なまでに空が高い。

「鳩の羽のことなら知ってる。でも、タカが隠そうとしてるのってそのことじゃないんでしょ?」

 もっと大事な、重大なこと。

「そのことだよ」

 嘘。

「そんなに私って頼りない?」

 そんなに私って魅力ない?

 何故こんなに不安なのかは判らない。タカがそばにいるだけで、私は幸せなはずなのに。

「……夏に心配かけたくねえんだよ」

 タカの言葉が、刃のように突き刺さる。

「夏は、知らない方が良い」

 知らない方が良い。タカが隠していることも、タカが私をどう思っているのかも。私は、知らない方が良いということだろうか。

「隠される方が心配になるよ」

 私を見くびらないで欲しい。私は、タカが思っているほど弱くはないから。

 多分。どんなことを言われても耐えられる。たとえ、タカが私のことを好きではないと言ったとしても、私はどうにか耐えてみせる。

 だから。言って欲しい。隠さないで欲しい。

「……俺は」

 窓の外に視線を向けたまま、タカが口を開いた。

「俺は! 夏には笑顔でいて欲しいんだよ」

 だから、言いたくない。タカははっきりとそう言った。隠していることが何かは判らないけれど、それは、私を悲しませることなのだろう。

「……タカ……」

 それでも構わない。隠されるより、共有したい。

 どんなにひどい言葉でも、私は耐えてみせるから。タカが抱えている何かを、私にも分け与えて欲しい。エゴかもしれない。タカが私に笑顔でいて欲しいと言うように、私もタカには笑顔でいて欲しいから。

 嫌われているわけではない。その安心感が、私を突き動かす。

「言って。私、隠される方が嫌だから」

 これは本音。私の口からは滅多に出ない、本気の言葉。

 窓から吹き込む風が、私の決意を後押しする。大丈夫。少なくとも、タカは、私のことを好いてくれている。笑顔でいて欲しい、なんて、嫌いな人に向けての言葉ではないはずだ。

「……惚れた女の悲しむ顔なんか見たいわけねえだろ」

 今、何て言った?

「どういう意味?」

 問い質しても意味はないかもしれない。けれど、今、確かに。

「うるせえな。口が滑ったんだよ! 二度も言わすな」

 惚れた女。タカは確かにそう言った。私の中をこだまするその一言に、私の口元が綻んでいく。耳まで赤くなったタカが、私の安心を増幅させていく。

 何で不安になんてなったんだろう。タカは、私の大事な人なのに。

 キスなんてしなくても。手を繋ぐだけの健全な関係でも。私たちは強い絆で結ばれているのに。

「……私も、惚れた男が無理して強がっているとこなんて、見たくないよ?」

 今なら素直になれる。今だけ素直に言える。

 床に落とした手を握り、タカの顔をしっかりと見詰めた。隠し事なんてさせない。どんなに辛いことだって、受け止めてみせるから。

 真剣な眼差しで、タカが見詰め返してきた。大丈夫。私には、タカがいる。それだけで、どんなことでも乗り越えられる。

 目の前のタカが真っ赤なように、私の顔もきっと真っ赤だ。こんなこと、今まで一度だって言ったことがないんだから。

 素直になるのは楽じゃない。けれど。素直に言葉を伝えなければ、相手に何も伝えられない。

 私もタカも素直じゃないから、上手く気持ちが伝えられない。何となく判っているだけじゃ駄目なんだ。きちんと、はっきりと。己の口で伝えないと。

「……夏」

 何も隠さなくて良いから。私は頷き、タカの言葉の続きを待った。

「本当に、大丈夫か?」

 赤い顔のまま、真摯な眼差しで私を見据える。

「……言ったでしょ? 私は、隠される方が嫌なの」

 タカが私を心配しているのは判る。けれど。今朝から時々見せる、辛そうな表情を見逃すはずがない。気付かないわけがない。

 不自然なほどに優しいタカ。何か、大事なことを隠そうとしているタカ。その何かが、私を悲しませることだとしても。私は。

「……関口さんが……」

 耐えてみせる。タカがそばにいてくれるなら。

「……関口咲が、殺された」

 たとえ泣き崩れたとしても。私は、絶対に、耐えてみせる。

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