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高橋 一朗@日曜日 12:50

 受験生に休みはない。

 聞いてはいたけれど、実際に自分が体験する段になって、それを始めて実感した。部活を引退した夏休みに、僕は受験生に変貌したのだ。

 休みの日は毎日予備校で、平日も学校帰りに予備校で。家にいるときですら、勉強に追われている。

「……はあ」

 予備校目指しつつ溜息をひとつ。僕の、ささやかな抵抗。

 志望校のランクを落とすのは簡単だ。落としていけば、今のままでもどうにか入れる大学があるだろう。志望学部は経済学部、志望学科は経済学科。どこにでもある。普通の大学で良い。現役で入れれば、それで良い。

 なのにどうして、僕はこんなに追われているんだろう。高校三年生の冬は、二度と戻って来ないのに。

 たまには友人と、馬鹿騒ぎして遊びたい。夜通し語り明かしたい。もちろん夜遊びは駄目だけれど、誰かの家でダベる分には構わないに決まっている。

 ふ、と。息抜きの案が頭をよぎった。きちんと義務を果たした後なら、少しくらいの権利も生じるはずだ。だから予備校が終わった後なら、少しなら。でも、誰を?

 考えながら、携帯電話をいじる。僕が不器用だからというより、気が乗らない予備校への道だからという方が大きいが、周囲にそこそこ迷惑を掛けながら。道行く他人にぶつかってみたり、そのせいで誰かが何かを落としたり。

 落とす。落ちる。受験生にとっての最大の禁句だ、それは。衝突によって誘引された、地球の引力による当然の運動。よし、これで良い。落下という言葉は避けた。この努力に意味がないことは、重々承知しているけれど。

 着信履歴を遡る。当り前だが、友人は受験生ばかりで。いや、一人いた。腹立たしいことに、受験生ではない奴が。

 加藤。

 指定校推薦を勝ち取りやがったあいつなら、きっと暇を持て余している。ずるいと思う、つくづく。僕たち一般入試組が一番忙しいこの時期に、もう既に行き先が決まっているなんて。だからそれならば、その自由な立場を、せいぜい利用してやろうじゃないか。

 履歴を遡ることをやめ、電話帳を開く。加藤の名前を検索する。

「……出ろよ」

 願いを込め、通話ボタンを押す。コール音が三回……繋がった。

「どしたん?」

 第一声がそれかよ。僕は少し気が抜けた。

「あ、加藤?」

 何のために電話したんだっけ? ああ、そうだ。遊ぶためだ。ストレス発散のためだ。

「今日、暇か?」

 単刀直入に僕は言う。

「夕方さ、カラオケでも行かね? 予備校、五時には終わんだけど」

「おお! 行く行く」

 加藤は僕以上に遊びに飢えていたのか、二つ返事で了承した。少しは断る素振りを見せるかと思っていただけに、何だか拍子抜けしてしまう。いや、悪いことではないんだけれど。

「じゃ、駅前広場に四時過ぎな」

 どこか釈然としないのは、受験生に対する気遣いを、感じなかったからかもしれない。加藤はきっと、落ちる滑る転ぶ、の三大禁句を僕の前でも平気で使う。それどころか、滑り落ちるやらすっ転ぶやらの、応用編まで使いかねない。とはいえ、別に。

「了解」

 僕は、気にしないけれど。ナイーブになるより、ストレス発散。前向き元気で、目指せ合格。おかげで、少しだけやる気が出て来た。大丈夫。根を詰め過ぎるよりも、息を抜きつつリラックスした方が良いのだ、絶対に。

携帯電話を鞄に突っ込み、予備校へと向かう。さっきまでより、少しだけ足取りが軽い。勉強漬けで頭がヒートしても、クールダウンが待っているからだ。クールダウン。ダウン、下がること。それは受験生の禁句だけれど、気にならないし、気にしない。

「よし!」

 ほんのりと意気揚々と、予備校の自動ドアの前に立った。すれ違う、別のクラスの女子集団。男子校に入学したことを、激しく後悔する瞬間。

「……で、さ。さっきの話」

 ふんわり漂うシャンプーの香りに、高く軽やかに響く声。

「別の学校の友達に聞いたんだけどね」

 僕の高校生活に、明らかに足りていないそれら。

「ピースって……」

 けれどきっと大丈夫。大学に受かれば、出逢いが絶対に待っている。モテるかどうかは置いておくにしても、出逢いのない現状より上々で。

 待っていろ、キャンパスライフ。僕は絶対に、受かってみせるからな。

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