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加藤 夏子@火曜日 11:15

 タカが学校まで送ってくれたおかげで、今朝はどうにか教室にたどり着くことができた。タカは自分の学校に間に合っただろうか。私は余裕で間に合って、担任が来るまで適当に話をしながら感情をごまかしたりもしたけれど。

 本当は今もまだ、落ち着かない。家の鍵を回す手が、微かに震えているのが判った。

「……なっちゃん」

 私の服の裾を引きながら、咲が不安げに訊いてくる。

「どうなっちゃうのかな、学校」

 せっかくタカに送ってもらって学校に行ったけれど、今日は休校になった。女子高校生の自殺。マスコミ関係者が押しかけて来るのも、無理もない話で。先生達は対応に追われて、今週一杯は休みになりそうな雰囲気で。

「家で勉強してろってことみたいだよね」

 もちろん、タカには感謝している。昨日だって、本当は帰りたかったはずなのに、ずっとそばにいてくれた。バレないように家にいるのは大変だったと思う。豊には、バレバレだったみたいだけれど。

「あ、咲。遠慮しなくて良いからね。家、誰もいないし」

「うん。ありがと」

 それでも。タカなら。家にいるのが判っても、父さんも母さんも怒らなかった気がする。手を握ってくれていただけで、それ以上は何もなかったし。

 そう、私たちには、本当に何もない。

 ずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒にいるのが当り前で。そんな感じで、気付いたら付き合っていて。だから、まだ、キスもしたことがない。

 リビングに向かって廊下を歩いていたら、ふと、今朝の母さんを思い出した。廊下ですれ違ったとき、タカに向かって『わざわざ朝早くから来てくれたんだ、ありがとう』と言って、微笑んで。

 ずっと一緒にいたことには、気付いていないみたいだった。兄貴の友達が来ていたから、簡単にごまかせたのかもしれない。

 一応、感謝しよう。豊にも。

「する? 勉強」

 リビングの扉を開けながら、一応、訊くだけ訊いてみた。咲は首を横に振って、ゆっくりとソファに腰掛ける。同じ意見。鞄を椅子の脇に置き、私はキッチンに向かった。

 私も咲も、独りになるのは不安だった。私は、昨日はタカがいてくれたからどうにか過ごすことができたけれど。今は、タカは学校だから。咲となら、一緒にいられるから。

 独りには、なりたくないから。

 我儘なのかもしれない。けれど利害が一致しているなら、我儘も悪くないと思う。休校を告げられた後、咲に『なっちゃんの家に行っても良い?』と訊かれたとき、私はすぐに、考えるより前に頷いていた。私は誰かに、依存していなければ駄目らしい。

「ねえ、咲。ココアで良い?」

 キッチンから咲に訊ねると、咲は小さく「うん」と言った。ふたりでいつもみたいに、冗談を言い合えれば楽なのに。そういう気分には、どうしてもなれそうになくて。

 私の分は砂糖たっぷりにして、咲の分はそのままで。二つのカップを両手に持って、私はリビングのソファへと戻った。

「はい」

「……ありがと」

 特別何かを何かを話したりはしない。テレビも点けず音楽もかけていない部屋は、とても静かで。黙っていると、どうしてもなるみのことを考えてしまう。

 漠然とした不安が、的中してしまったことが怖い。私がそんな風に考えていなければ、なるみは助かったんじゃないか。絶対にそんなことはないのに、どうしても考えてしまう。ただの風邪だと信じていれば、明日辺りひょっこり教室に現れたんじゃないかと思ってしまう。

 私のせい。因果関係なんてないはずなのに、私は自分のせいだと思っている。思いたいのかもしれない。

「……ねえ、なっちゃん?」

 ココアを口に運びながら、咲が呟く。

「なるみはさ、本当に死んだのかな?」

 判らない。遺体はばらばらで、目撃者の証言と駅のロッカーにあった遺留品から、なるみだと判明したらしい。タカが言っていた。昨日からテレビも見ていないし新聞も読んでいないので、私にはそれ以上のことが判らない。

 本当は、情報を確認した方が良いだろう。判っている。でも、今はまだ、落ち着いて考えることができそうにない。タカも、焦らない方が良いと言ってくれている。それが甘えだというのは、自分でも理解しているけれど。

「私ね、思うんだ……」

 咲が机にカップを置き、窓の外に視線を移す。つられて私も外を見た。晴天。冬の空は高く、とても青い。まるで空色のペンキをぶちまけたような綺麗で嘘臭い青空が、リビングの外には広がっていた。

「なるみはさ、ピースの手掛りを見付けたから、死んだんじゃないかって」

 遠くを見詰める咲の瞳が、ふいに陰りを見せる。小刻みに震える手でカップを持ち、ココアを口元へ運んだ。震えのせいか上手く飲めていない。唇に触れる甘い香りしか楽しめていない。

 何かに怯えている。多分、私を苛む感情と似た何かに、咲もまた、蝕まれている。

「……鳩の羽なんて、拾っちゃ駄目だよね」

 鳩の羽。鳩がピースと関係しているんだろうか。

 私の知らない情報は、私が思っている以上にたくさんあるのかもしれない。鳩とピース。どういう意味だろう。

 タカには止められているけれど、不安で仕方がないけれど、テレビなり新聞なりで情報を収集した方が良いのかもしれない。何も知らないままじゃ、何も判らない。それじゃ先にも進めないから。

 私はテレビの電源を入れ、リモコンで適当にチャンネルを変更した。ニュース番組。お昼のニュースが、もうすぐ始まる時間。

「……あ」

 咲が何かに気付いた様子で、自分の鞄の中を弄る。そのまま携帯電話を取り出し、おもむろに通話を始めた。珍しくマナーモードにしていたらしい。

 咲はいつも。電車の中や授業中以外はいつも。マナーモードになんてしないのに。

 音がしないと誰からか判んないじゃん、が、咲の口癖だ。それなのに、今日はマナーモードのままだった。咲も、私と同じで正常には戻れていないのかもしれない。

 聞くともなしに聞こえて来る会話の内容から、大沢先輩との電話だと判った。先輩は浪人生のはずなのに、こんな時間に電話ができるんだろうか。私には判らない。

 テレビの音量を小さくして、私は、咲の通話が終わるのを待つことにする。

 テレビでは、ニュース番組が始まっていた。

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