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山田なるみ@日曜日 10:05

 友達から聞いた、噂ともつかない話。

 ――ピースに出会うと幸せになれる。

 ピースって何? と聞いても、友人は笑って知らない、と言う。だったらこんな話、信用するに値しない。出来の悪い都市伝説でしかない。

 馬鹿馬鹿しい。

 私はその話の続きを聞き流した。だから内容なんて覚えていない。ピース、という、耳触りの良い単語だけしか、記憶には残っていない。

 何で女子は皆、噂とか都市伝説とか、ありもしない想像の話に心を躍らせるんだろう。私には、理解不能だ。リアリスト上等。現実主義で生きていかないと、この先きっと面倒になる。夢見る乙女ならまだ格好つくけど、そのまま夢見る中年クソババアにでもなったら悲惨だ。目も当てられない。

 ピース。きっと、平和。平和なら、そりゃ幸せだろうよ。

 ピース。PEACE。平和の象徴は鳩だった気がする。確か、ピカソが提案したんだっけ? 鳩ならどこにでもたくさんいる。ほら、今、目の前にも。こんな何の変哲もない公園にだって、ピースは存在している。

 それでも少しは減ったかな。餌をあげない運動が功を奏してか、上野公園の鳩は昔と比べてすごく減った。ピースが減ったの? 違うでしょ。これは、ただの鳩。人間と共生していくには、これは仕方のない定め。

 待ち合わせ場所である動物園の入園口まで、時間を引き延ばすようにゆっくりと進んでみた。どうしても、気分が乗らない。付き合っているわけでも惚れているわけでもない相手とのデート。何で約束なんてしちゃったんだろう。

 ぶち壊してくれるなら、ピースとやらに出会いたい。私も、まだまだ夢見る乙女らしい。残念ながら。

「ちゅーっす」

 いつもより格好良い服装の、といってもいつもは学校での制服姿しか知らないけど、待ち合わせ相手がいた。かけている眼鏡もいつもと違う。いつもの黒縁セルフレームの眼鏡ではなく、服に合わせた深緑色のフレーム。何だこいつ。意外に結構オシャレメンズだったのか。

 一方、私はいつもと同じ。さすがに制服じゃないけど、友達と遊びに行くときと同じ。ジーンズにTシャツ。ニットのキャスケットに、グリーンのダウンジャケット。グリーンの。しまった。意図せずペアルックになっている。かなりダサい。

「お待たせ」

 不貞腐れたように挨拶をした。そりゃそうだ。ペアルックもどきなんて格好悪い。相手も、バツの悪そうな表情を見せる。

「……別の服、着て来りゃ良かった」

 その通り。生憎私はオシャレガールじゃないもんで、冬用の上着はこれと学校用の濃紺のコートしか持っていない。あんたはきっと眼鏡すらかけ替えるオシャレさんだから、他にも色々あったでしょうに。

「何か格好悪い。揃いみたいで」

 完全なる本心。微塵も嘘は混ざっていない。

「確かに。でも、しょーがねえっしょ?」

 何だそれ、開き直りか? 私は益々もって不本意な自分を呪ったが、もう今更どうしようもなかった。

「佐藤は嫌じゃないの?」

 多分それほど嫌がっていないとは思ったけど、一応、聞いてみる。

「ま、別に。俺的には山田とオソロも悪くないし」

 ところがどっこい私的には大問題だよ。やっぱりこいつとは馬が合わない。会話が成り立つとも思えない。何でこんな奴に、私は負けちゃったんだろう。畜生。あんな約束しなけりゃ良かった。

 テストの成績で、佐藤に負けたらデートする。

 私は絶対に負けない自信があったし、なにより何でこいつが急にそんなことを言い出したのかも良く判っていなかった。だから特に気にもせず、その場で頷いてしまった。

 今考えると、何でそんなことしちゃったんだか、と思う。私はクラスの友達以外の連中にはさして興味を持っていなかったし、当然佐藤の成績なんて知らなかった。だから友達に『佐藤、いつもテストでトップクラスに入ってるよ』と言われたときには後悔した。

 私だって、自分で言うのもなんだけど、結構賢かったりする。主要科目はいつも“五”だし、テストだって平均点を大きく上回っていて。もちろん、トップクラスだ。

 そんな私がいつも以上に勉強をしていつも以上の成績を取ったのに、それでも佐藤に負けてしまった。学年トップを取るなんてずるい。私は、五位だったのに。自己ベストをたたき出したのに。

「はい」

 入園チケットを差し出しながら、佐藤が言った。

「パンダは最後にしようぜ。まずは俺、カバ見たい」

 カバ。逆さにするとバカか。逆立ちをしていると良い。佐藤が馬鹿になりますように。カバに願いをかけてみる。今更だけど。

「ダッシュだ山田。俺について来い」

 急にテンションを上げる佐藤に、私は完全についていけない。動物園ではしゃいで良いのは小学生までと決まっている。私が決めた。今決めた。

「走るの嫌だよ。疲れるし」

 せっかくの休みにご足労戴いているだけでもありがたいと思え。はしゃぎまわることまでは付き合いきれんよ。

「えー? 何で? 俺いつも動物園に来たときはこうやって走って目的地に行くんだけど?」

 知らんわ。あんたのいつもなんて興味ない。

「ゆっくり行きゃ良いっしょ。別に逃げるわけじゃなし」

「まあ、そりゃそうだけど」

 急いで行きたそうにうずうずしている佐藤を尻目に、私は適当に目に付いた動物の檻へと向かった。鳥がいる。名前は、知らない。

 鳥の檻には鳥がいる。当り前だ。なんとか鳥という名前。正直、あまり興味がない。

「何でさ、鳥の雌って地味なんだろうな」

 佐藤が疑問を口にする。知らないよ。私は動物博士じゃない。

「派手だと目立って危ないからじゃない?」

「だったら雄も地味で良くね?」

 雄は目立たないと子孫を残せないから。だいぶ昔にそう聞いた気がする。雌は目立たなくても良いのか、なんて卑屈になった記憶もある。安全で何よりじゃないか。今の私なら、そう思う。

 優れたものは安全で、目立たない。

「……飽きた。俺あんま鳥好きじゃねえし。次行こうぜ」

 あんたの嗜好には興味がない。鳥が嫌いなら、私は鳥を見たいと主張してみようか。鳩が、ピースが見たいと言ったら、佐藤はどうするんだろうか。

「私はもう少し見たい」

 動物園に鳩の檻はない。けど鳩に似た鳥ならいる。出会えば幸せになれる、ピース。青い鳥のことかもしれない。

「……チルチルミチル」

 いつの間にか、私は声に出していた。青い鳥。メーテルリンクの小説に出てくる、幸せを求めて青い鳥を探し出す兄妹の名前。

「そう聞くと、呪文みてえだな」

 佐藤は理解したのか、黙って私の横に立った。青い鳥、最後はどうなったんだっけ。見付かったような覚えがあるけど。

 青い鳥。ピース。私のピースはどこにある?

「青い鳥なんて本当にいるのかな?」

 それなりに賢い佐藤なら、それなりの答えを持っているかもしれない。

「……どうだろうな。チルチルミチルは、自分たちのすぐそばで見付けたんだよな」

 そうか。やっぱり見付けていたんだ。でも、それはお話の中。現実には、青い鳥なんて、ピースなんて存在するの?

「孔雀とか、青っぽいよね」

 あれは色が青いだけ。そんなことは判っている。

「あれが青い鳥なら、俺は今幸せなはずなんだけどな」

 笑う佐藤を見て、なんとなく、本当に少しだけ、指先で表現できないくらいわずかに。私は何故か、この男に興味を覚えた。

「……トップ取っといて不幸せとは、生意気な」

 だからそれをごまかすよう、悪態をついてみる。半分くらいは、本気だけど。

「だってほら、まだカバ見てねえし」

「佐藤、本当にカバ好きなんだ」

 何となく鳥の檻を離れ、動物園の奥へと向かった。とはいえ別に、カバを見に行くわけじゃない。カバの檻には、極力近寄らないようにしようとすら思っている。

「あの癒し系な雰囲気で、地上最強ってすげえと思わね?」

 私ってば、案外相当意地が悪いのかもしれない。それがちょっとだけ、心地良い。

「ふーん、地上最強ねえ」

 心ここにあらずな相槌。仕方がない。いくらカバの魅力を語られようとも、右から左で残りやしない。これがもし鳩の話なら、私は聞き入っていたんだろうか。鳩の、ピースの話なら。

「キレやすいってのも意外だし。カバ、全然そんな感じしねえと思わね?」

 喋り続ける佐藤を尻目に、通路の先に視線を向けた。鳥がいる。当り前だけど、さっきの檻とは違う種類。何故か、心惹かれる。青い鳥はいないのに。

「……ちょっと、見たい」

 出会うだけで幸せになれる、そんな存在はいないはずなのに。

 今日の私はどこかおかしい。慣れないことをしているから。慣れない人と慣れない場所にいるから。しっくり来るようでしっくり来ないこれらの答えを、私は幾度となく逡巡した。

 目の前には鳥の檻。興味はないのに、目で追っている。探している。ピース。私にとっての青い鳥は鳥じゃないのかもしれないけど。

 気付いたら、太陽がてっぺんを通り越していた。

 動物園は昼時でも混んでいる。池の近くに移動してみたものの、休憩所は親子連れやカップルなんかでひどく混雑していた。食事を買うどころか、座る場所の確保でさえも難しい程度に。

「山田、何でも良いか?」

 大型の鳥を見ている私に佐藤が尋ねる。特に振り向きもせず、私は黙って頷いた。よっぽどの鳥好きと思われているのかもしれない。実際、今日は鳥ばかりを見ている。鳥を、ピースを。ただの噂話に過ぎないはずのピースを。

 らしくない。なんだかおかしくて、思わず笑った。

 ピース。もし出会えたら、私は幸せになれる。どのようなものかは判らない。もう既に出会っていて、気付いていないだけかもしれない。

 考えてみたら、幸せってひどく曖昧だ。受験のことも気にせずゆっくりと過ごせる今が、ひょっとしたら“幸せ”なのかもしれない。

 佐藤は。佐藤にとっては。無愛想な私とのデートは、幸せなんだろうか。きっと、多分つまらないはず。さっきから私は上の空で、いつまでも鳥を見続けている。会話だって、ろくにない。

 そういえば。入園料を出してもらっていた。お昼も買ってきてくれるらしい。デート代は男が払うもの。そんなくだらない定説もなくはないけど、私はそういうのは嫌いだ。対等でいたいとかそういうフェミニズムとも違う。ただ単に、恩を売られるのが嫌なだけ。

「お待ち」

 簡単な昼食を手に持ち、佐藤が戻ってきた。フライドポテトとチキンフライ。それと飲物。軽食だ。

「一応ね、外出てからきちんと飯食おうと思って」

 なるほど。佐藤は佐藤なりに考えがあるらしい。晴天の下で食事を取るのは悪くないけど、座る場所もなく立って食べるのは確かに結構落ち着かない。その考えは、一理ある。

「一通り回ったし、そろそろ出るの?」

 フライドポテトをつまみながら、佐藤に尋ねる。残念なことにカバを見ちゃったし、パンダも遠くからちらりと見た。どちらも、歩きながらではあるけど。

 それより何より、休日の混雑した動物園は、他人同士で回るにはあまり適していない。急ぎ過ぎるとはぐれるし、ゆっくりしていると迷惑になる。なかなか、難しい。

「うん、まあ。こっちから出てもいんだけど、せっかくだからも一度見て回って入り口側から出ようぜ」

 手を脂だらけにしながら佐藤が答える。こんなに下品に食事をする人だったとは知らなかった。トレイを持っているので片手だけだが、両手が空いていたら両手を脂まみれにしていたと思う。

 拭くものを持っているんだろうか。ウエットティッシュなんて持っていない。手洗いは混んでいる。後先考えない佐藤の行動に、私は思わず苦笑した。

「何笑ってんの?」

 口の周りに脂をまとわり付かせ、佐藤が不機嫌そうな顔をする。

「別に。佐藤、その手、どうすんの?」

 てらてらと光る佐藤の指先が目に入る。勉強ができるのと賢いのとは違う。佐藤は勉強はできるけど、馬鹿だ。カバの呪いがかかったのかもしれない。

 カバ、今頃、逆立ちしているかな? ちょっとずれているけど、願いを叶えてくれてありがとう。

 はっとした佐藤は、慌ててトレイの上に置いてある紙ナプキンを手に取った。だけど一枚しかないそれはあまりに無力で、佐藤の指先の脂を拭いきることはできない。

「佐藤って案外馬鹿だね」

 嫌味でなく本心から思う。いや、嫌味の方がまだマシか。馬鹿だと言われて気分の良い人間はいないはずだ。もちろん、本当に馬鹿だったとしても。

「うっさい山田」

 反論しながら、耳まで赤くして。学校での印象とは違う。佐藤は、なんだか面白い。

「大体なあ、山田はどうしていつも通りなんだよ?」

 これは逆切れというヤツか。まあ良い。馬鹿は放って置くに限る。悪いのは私だけど、これくらいは良いだろう。不本意なデートに来てやっているんだ。許せ。

「佐藤がおかしいだけでしょ?」

 私は冷たく言い放つ。実際そうだ。今日の佐藤は、いつもと違う。

「山田、それマジで言ってんの?」

 脂まみれの手を紙ナプキンで包み込みながら、佐藤が尋ねる。マジよ、大マジ。そもそも私は、あんたなんかに興味はない。

「だって佐藤に誘われたから来てるだけだし」

 来てやっている、とは言わなかった。一応、優しさというヤツだ。だけど。当り前かもしれないけど。

 見る見る佐藤の顔が、不機嫌になっていく。刺々しい口調で、私を傷付けようと試み始める。

「そんな風に言うなら来んなよ」

 誘っておいてその言い方はどうかと思う。来たくなかったよ。佐藤とデートするくらいなら、ピース探しの方が有意義なんじゃないかと思える。青い鳥。鳩。幸せを運ぶ存在。

 そうだ。私はピースを探したい。

「ごめん言い過ぎた」

 一応謝ってはみるが、本心じゃない。佐藤は思っていたよりも、興味深い男ではある。だけど私には、ピースの方が興味深い。

「……ま、そうだよな。俺が誘ったんだし。山田が動物園好きかどうかとか、考えてなかったし」

 嫌いじゃないよ。動物園も、佐藤も。ただあまり興味が持てないだけ。

「これ食い終わったら外出ようぜ。アメ横とか歩ってもつまんねえかも知れねえけど」

 私は黙って頷いた。これ以上喋っても、佐藤を怒らせるだけだ。私は喧嘩がしたいわけじゃない。探したいだけだ。幸せの使者を。

「公園の散歩の方が面白くない?」

 公園の中の方が、ピースが見付かりそうな気がする。既に、鳩なら、見付けている。人混みにピースはいない気がする。根拠はない。ただ、そう感じた。

「したらばボートでも乗ってみるか?」

 機嫌を取り戻した佐藤が、楽しそうに提案する。ボート。公園デートでボートに乗ると別れるとか何とか聞いたような気がするけど、佐藤はきっと知らないんだろう。

 教えてあげようかと思ったが、止めた。別に私は佐藤と付き合っているわけでもないし、別れようと知ったことじゃない。付き合ってすらいないのに、別れることもないだろうし。

「ちゃんと漕げる? 私体力ないから佐藤に任せるよ?」

「ばっちし。俺、体育も結構成績良いんだぜ?」

 成績に関してはパーフェクトか。顔は、まあ、普通。服のセンスは意外と良い。性格は良く判らん。悪くはない。

 条件だけを見たならば、彼氏にしても悪くはない。

「ずるいね、それ」

 からかうように口にする。

「あはは。そ、俺ってずるいの」

 佐藤もそれに乗って来る。

 そういえば。佐藤は私のことが好きなんだろうか。多分、そう。わざわざデートに誘って来たんだ。好きじゃないわけがない。

 少しだけ、優越感を覚える。私より優れた男を手玉に取る感覚。惚れてはいないが、付き合うのも悪くない。

「ね、佐藤?」

 私は随分と性格が悪い。

「佐藤はさ……」

 私は随分と自意識過剰だ。

「私のこと、どう思う?」

 私は、とても、罪深い。

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