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関口  咲@月曜日 22:35

 食欲がない。当り前かもしれないけれど、あたしは何も食べる気にはなれなかった。

 ママは心配している。親友が自殺したことを、ママも知っているから。明日は臨時朝礼が行われると、さっき電話があったらしい。

 あたしは部屋にこもりっ放して、ヘッドフォンで先輩のバンドの曲を聞き続けている。家に帰ってきてからずっと。もう何度目になるか判らないくらいに聞いている。

 先輩の声があたしを癒す。心地良く響く歌声が、穏やかにあたしを包み込む。

 あれから何度も電話したのに、先輩は一向に出てくれない。忙しいんだと思う。けれど、あたしのことを構って欲しい。あたしを浮かび上がらせて欲しい。

 メールの件数も相当だったと思うのに、返信は来ない。先輩と繋がっている時間が欲しい。あたしを一人にしないで欲しい。

 あたしのピースは、先輩だ。CDは欠片でしかない。

 なるみは手掛りを掴んで死んだ。手掛りを。欠片を。

 欠片だけでは意味をなさない。だとしたら。あたしが手にした先輩のCDは、先輩ではないということなのかもしれない。先輩を掴んでいないと、あたしも。

 なるみが言っていた手掛りって何だろう。どういうものだろう。

 鳩の羽。点けっ放していたテレビで、そんなことを言っていた。ピースの手掛りを掴んだから、なるみは死んだのかもしれない。

 あたしは。あたしも。手掛りの存在を、知ってしまった。なるみが死んだのがそのせいなら、あたしも死ななければいけないのかもしれない。

 ――ピースは、そばにいるよ。

 そばにいる? あたしの幸せは先輩のそばにいること。先輩を感じていること。

 ――先輩があたしのピースだから?

 そう。先輩はあたしのピースだ。だからいつも、一緒にいなければならないんだ。

 ヘッドフォンを外し、今日何度目かも判らない電話をかける。呼び出し音が鳴り響く。先輩と繋がる糸口。先輩を感じられる音。コール音。限界まで達し、留守番電話に切り替わる。

 けれど用件を入れようとしたら、入れられなくなっていた。預かり件数を超えているのかもしれない。

「……先輩の馬鹿……」

 留守番電話くらい聞けば良いのに。どんなに忙しくても、そのくらいの時間は取れるはずなのに。

 先輩にとってのあたしは。

 あたしにとっての先輩ほど、大事じゃないのかもしれない。

 携帯電話を弄り、音楽を聴く。先輩から電話がかかってきたような気分に浸りたい。ヘッドフォンで聞いていた先輩のバンドの曲よりも、もっともっと聞きなれた曲。先輩の声が聞こえるような気がする曲。

 曲にあわせて鼻歌を歌う。あたしはよく先輩に『音痴』だと言われるけれど、先輩が上手いだけで自分では普通だと思っている。前になるみに感想を求めたら、黙って答えてくれなかったけれど。なっちゃんは大笑いしていたけれど。

 なるみ、何で自殺なんてしたんだろう。

 悩みなんてなさそうだった。勉強もできるし、美人だし。物静かで毒舌で。いつも本を読んでいた。小難しそうな古典小説。前に貸してもらったけれど、ちっとも読み進められなかった覚えがある。

 そういえば。まだ返していなかった。もう一生、返せなくなってしまったけれど。

 携帯電話で曲を奏でながら、机の中を探してみる。なるみに借りた本が、ここにあるかもしれない。何か、手掛りになるかもしれない。

 なるみが死んだ理由が、それに書かれているかもしれない。

 懸命に机の中を探していると、電話がかかってきた。先輩の曲。先輩からの電話。あたしは探していた手を休め、携帯電話に手を伸ばした。

「……もしもし、先輩?」

 愛しいあなたの声を、どうかあたしに聞かせて下さい。

「サキ?」

 心地良く落ち着いた声。先輩の声を聞いていると、余計なすべてを考えずに済む。

「……どうした? 何かあった?」

 疑問符ばっかり。でも、心配してくれているのが判る、優しい声音で。

「先輩、あたしの……」

 なるみの話。先輩にした方が良いんだろうか。話したら、心配をかけることになるけれど。

 ――しない方が良いよ。言ったってどうにかなるわけじゃないんだから。

 そうだ。言っても変わらない。今は先輩にとって大事な時期だ。少し不安があることは伝えても、なるみのことは話さない方が良い。

 ――賢いね。

 そう。あたしは先輩のそばで、先輩を支える存在になりたいんだ。

「……ちょっと、不安だったんです」

 素直に伝える。感情は吐露しても現状は隠す。先輩の負担にならないよう、あたしは気をつけなければ。

「そうか。……ごめんな、俺、今日電話できなくて」

「良いんです。こうやって声が聞けただけで」

 先輩の声は魔法の声。先輩の鼓動は魔法の鼓動。先輩の存在は魔法の存在。先輩がいるだけで、あたしの心は癒されます。

「うん、じゃ、まあ。もう遅いし、明日も学校だろ? おやすみ」

「おやすみなさい」

 先輩のおやすみで、あたしは安心して眠れます。明日、本当は学校に行きたくなかったけれど、先輩に迷惑をかけないためにもちゃんとします。

 ありがとう、先輩。

 ――偉かったね。

 うん。あたしは偉かった。先輩に迷惑をかけないで済んだ。心配をかけないで済んだんだ。

 通話を終えた携帯電話をしばらく眺め、先輩の余韻を満喫する。待ち受け画面にしている、先輩の笑顔の写真が眩しい。この笑顔は、何より大切なあたしの宝物。先輩の笑顔を見ていれば、あたしはきっと大丈夫。

 おやすみメールを先輩に送り、あたしは眠ることにした。

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