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関口  咲@月曜日 14:15

 なっちゃんが電話を切ってしばらくしてから、担任が教室に駆け込んできた。なるみの件。あまりにも淡々と話すから、先生も信じられないんだな、と思った。あたしだってそう。信じられない。信じたくない。

 今だって。駅前の喫茶店でミルクティを飲みながら、なるみがいつもみたいにここに来るんじゃないかって思っている。

 隣にはなっちゃん。斜向かいには、タカ君。誰も喋らない。何も喋らない。店内に流れる有線放送らしき音楽だけが、あたしの耳を刺激していく。

 あの後、緊急ホームルームが行われ、あたしたちのクラスは休校扱いになった。だからこうして喫茶店にいるわけで。それでも。未だ真相がはっきりしたわけではないと、あたしは信じていたりもする。

「……ねえ」

 なっちゃんが電話を切った後、あたしは佐藤と顔を見合わせた。なるみの身に何か良からぬことが起きているということが、何となく、判ったから。

「何で、なるみは……」

 言いかけて、止めた。何で自殺したのか。そんな答えようのない疑問を、口にしても仕方がない。

 何となく気まずくて、あたしは席を立った。どうしたの、と聞かれたような気がして、携帯電話を掲げる。

 先輩に、連絡しよう。

 なっちゃんにはタカ君がいる。あたしには、先輩しかいない。

 毎日何十件もやり取りしているメールの山。毎日寝る前にくれる電話の温もり。今はバイト中かもしれない。けれど、先輩はきっと出てくれる。

 リダイヤルの一番上にある先輩の番号に電話をかける。出て下さい。先輩の声を、聞かせて下さい。一言だけで良いんです。電話に、出て下さい。

 耳には、一定の間隔で鳴り続ける呼び出し音しか聞こえない。先輩の声は聞こえない。一番声が聞きたいときに、先輩の声は聞こえない。

 何で? 何で先輩は、あたしの電話に出てくれないの?

 先輩はあたしの幸せだ。先輩の声を聞けば、なるみの件を考えなくて済むのに。

 先輩はあたしのピースだ。なるみが見付けた欠片とは違う。本物の、ピースだ。

 呼び出し音も限界になり、留守番電話に切り替わる。あたしは、声が聞きたいとだけ吹き込んで、そのまま電話を切った。

 席に戻り、ミルクティを一口すする。暖かくて、甘い。先輩に良く似ている。あたしを包み込む、甘い香りがとても似ている。

「……関口さん」

 タカ君が口を開いた。

「どうする?」

 いつまでもここに居座り続けるわけにはいかない。なっちゃんはとても喋れそうにないし、あたしに聞くのは当然かもしれない。

「……帰る?」

 提案してみる。今から帰っても、あたしは家で独りで過ごさなければいけない。だから本当は、もう少し。せめてママがパートから帰って来る時間までは、一緒にいたい。あたしは独りになりたくない。けれど。

「大丈夫?」

 ヤンキーみたいな見た目とは違って、タカ君は優しい。あたしの気持ちを察してくれている。

「うん、何とか。先輩から電話あるかもしれないし」

 だからあたしは強がってみせる。

「……送っていこうか?」

「大丈夫だよ」

 そう、大丈夫。あたしには先輩がついている。だからあたしは、タカ君に頼る必要はない。

 先輩はきっと、バイトが忙しいんだ。バンドの練習かもしれない。とにかく、休憩時間になったら電話をくれるはず。電話さえもらえれば、先輩の声が聞ければ。

 あたしは、強くなれる。なるみのように、強くなれる。

「本当に?」

 何度も尋ねるタカ君に対し、あたしは大きく頷くことで肯定した。本当に大丈夫。だからタカ君は、なっちゃんについていてあげて欲しい。

 ちょっとした無音を挟み、店内のBGMが切り替わる。聞き覚えのある、大好きな先輩の曲。トレイントレイン。トレイン、電車。

 なるみは、電車に、飛び込んだ。

 靴や鞄や携帯電話は、駅のロッカーに入っていたらしい。なるみは裸足で、手ぶらで。飛び込んだ。まるですべての痕跡を残すかのように、なるみは周囲に何もかもを残して逝ってしまった。本人だけが消えてしまった。どこか遠くに飛んで逝ってしまった。

 不意に、頬が熱くなる。目からこぼれた雫が、頬を伝い落ちている。

「……あ」

 涙。自分でも気付かぬうちに、あたしは涙を流していた。

 急いでハンカチで目元を拭い、鞄を持ってトイレへ駆け込む。タカ君に気付かれていないと良い。気付かれていたらまた、余計な心配をかけてしまう。

「……先輩……」

 電話が、かかってきた。先輩の曲に混ざって、ずれて。あたしの携帯電話が曲を奏でる。不協和音。けれど、心地良い調べ。

「先輩?」

 耳元に電話をあて、先輩の声を確かめる。一言も、一音も漏らしたくない。

「……サキ、どうした?」

 先輩の優しい声を貪るように。聞き逃してはいけない。先輩の言葉に、無駄な要素は何一つないんだ。

「サキ?」

 先輩があたしの名を呼んでいる。あたしを落ち着かせるように、あたしを急かすように。

「サキ、大丈夫か?」

 うん。あたしは大丈夫。

「サキ……」

 先輩。声を聞かせてくれてありがとう。あたしはもう、大丈夫です。

 BGMが終わりを告げた。別の曲が、遠く聞こえ始める。忙しい先輩は、あたしが大丈夫だと確認して電話を切った。

 席に戻り、店を後にする。しきりに心配するタカ君をよそに、あたしは改札までの道を早足に進んだ。はじめは追いかけようとしていたタカ君も諦めた様子で、遠くから手を振っている。

「じゃあ、また明日」

 あたしは二人にそう告げると、改札を抜けてホームへと進んだ。

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