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高橋 一朗@日曜日 20:15

 ツイていない。加藤とのカラオケ熱唱バトルロワイヤルを終え駅に向かったら、面倒なことになっていた。

 受験生は遊んじゃいけません、とでも、誰かが言っているかのように。

「……人身事故かよ」

 無機質な電光掲示板を見ると、まさに僕が乗ろうと思っていた路線が全面ストップしていた。電車に乗っているときならば、近くの席の綺麗なお姉さんと吊橋効果で恋仲になったり、などと色々な喜びを見出すこともできなくはないけれど、今はまだ駅だ。そして異様なまでに、人が溢れている。

 隣で立ち尽くす加藤を見ると、なにやらメールを打っていた。迎えでも頼んでいるのだろうか。

「なあ、加藤」

「何?」

 携帯電話の画面を凝視したまま、加藤が答える。そんなにカラオケバトルロワイヤルで負けたことが悔しいか。まあ、僕も人のことは言えないが。

「いや、別に」

 点数勝負で七十点と七十三点というのは、やはり、かなり、下手な分類だろう。下手の横好きという言葉は、まさに僕のためにある、と言っても過言ではなかろう。いや、過言だな。うん。

「あ、そうだ。高橋、何線?」

 突然加藤が尋ねてきた。何線って、今まさに止まっているヤツだよ。じゃなかったらとっくに改札抜けてさようならだっての。こちとら受験生様だっつうの。

「京浜東北」

 そうは思いつつ、大人しく答える。ああ、早く帰って勉強しなければ。一刻を争う、とまではいかないが、やっぱり時間は大切だ。タイムイズマネー。遊んだりせず、素直に帰れば良かったのかもしれない。

 とはいえ、焦っても仕方がない。続々と人が増え続けているので、僕たちは通路の端に陣取ることにした。電光掲示板は、一応、確認できる場所だ。

「なんかしょっちゅう止まるよな、電車って」

 大雨、洪水、雷、雪。そんなもので止まるなよ公共交通機関。もっと頑張れJR。よーし、頑張っちゃうぞ。だから一朗君も受験頑張るんだぞ。うん、頑張る。

 なんてな。根性論で動かせないものかね。全く。

「……まあ、でも。人身って嫌じゃね?」

「ああ。乗り合わせてたらって思うと、ゾッとするな」

 想像するだけで、身の毛もよだつ。多分きっと、肉類が食べられなくなる。ベジタリアン。つまりは、草食系? いや、違うか。

「そういやさ、前に妹に聞いた話なんだけどな……」

 そう言って、加藤はまた妹の話をし始めた。

 加藤が言うには、飛び込み自殺者の遺体というのは想像以上にばらばらで、どんなに頑張っても全部のパーツが揃うことはないんだそうで。いくら車両を綺麗に洗っても、人間の身体の脂ってのはそうそう簡単に落ちやしない。肉片と、血と、脂。そいつらがいつまでもこびり付いて、こすってもこすっても離れない、らしい。

 ああ、考えるだに恐ろしい。

「……てか加藤、何でそんな話になったん?」

 加藤の妹は、僕の理想とは懸け離れているらしい。

「前にさ、学校帰りに電車が止まったときあったじゃん? あの日に嬉々として語ってたからさ」

 嬉々として、か。悪趣味だな、加藤の妹。僕の妹なら、そういう日には『おにいちゃん大丈夫だった?』とか何とか心配してくれる。ああ。良いなあ。妹のいる生活って。

「……あ。悪い。電話来たわ」

 加藤は右手を上げ、僕との会話を遮断する。聞き耳を立てているわけではないが、加藤の声は聞こえてきた。相手は、判らない。

「……ああ。だから、……そう。じゃ、お願い」

 随分と素っ気なく、加藤の電話は終了を迎えた。何かを願っていたのは判ったから、きっと迎えか何かだろう。

「……迎えに来てくれるって?」

 僕は半ば正解だと思っていた答えを元に加藤に尋ねたが、加藤は狐につままれたような間抜けな顔をした。

「違えよ。テレビ録っといてくれって頼んだんだよ」

 どうせまた、妹に、だろう。この変態シスコン野郎が。

「しっかし。復旧遅いよな」

 加藤はしれっと、話題を逸らしやがった。

「ああ。もう一時間とか経つんだろ? その、事故からさ」

 そうだ。だから僕は苛立っている。予備校帰りに遊んでいた罰か? 受験生が遊んじゃ駄目だってか? 良いだろうよ、少しくらいなら。やっぱり駄目? けれど。

 受験生だって遊びたい。冬休みに入ったら、今以上に勉強が忙しくなる。一月はセンターで、二月が本番。三月に桜が咲くかどうかは、これからの僕にかかっている。

 だからこその、息抜きだ。今しかない。今しか、息抜きのタイミングがない。

 僕だって判っちゃいる。今が一番大事な時期だっていうのは、耳が痛くなるほど聞いている。けれど勉強して勉強して、煮詰まってからでは遅い。煮詰まる前に冷ました方が良いに決まっているんだ。

「……振り替えだと、駅が遠いんだよな」

 加藤の家がどの辺にあるのかは知っているが、最寄り駅がどこか、までは知らない。多分それは、加藤も同じだ。僕の家の最寄りがどこかまでは知らないだろう。

 別に、友人と誰かの家に集まって騒いだことがないわけじゃない。行くときに知れば良い話だし、知らなきゃ知らないで構わない。そんなもんだ。

「……僕、腹減ってきた」

 カラオケで食べたのは、たこ焼きだけだ。そりゃあ腹も減る。家に帰って夕飯を食えば良いと思っていた僕が、浅はか過ぎたのか。

「奇遇だな。俺も」

 加藤は焼きソバを食らっていたはずなのに、それでも腹が減っているらしい。まあ。冬の夜は寒い。寒いからこそ、熱エネルギーが必要で。要するに、腹も減るさ。

「ファミレスでも行くか?」

 受験生にあるまじき行動。けれど、構わない。

「おう。もうこうなったら、オールで語り明かそうぜ」

 明日は学校だ。授業中に寝てしまうかもしれない。家には、電車が止まって帰れないから友人の家に泊めてもらうとでも言っておけば良いけれど。

 予備校終わりに真っ直ぐ駅に来ていれば帰れていた、なんて知るか。

 予定より少しばかり長い息抜きになりそうだ。息を抜いて、充電して。明日からは勉強三昧の日々を過ごそう。きっと三月にはまた、開放される。

 そうしたらそのときは、晴れて堂々と遊び回れば良い。高校生活は残りわずかだ。後悔しないためにも、今は精一杯楽しまなければ。

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