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第一話




死者は、嘘をつかない。

だが――

死んだあとで急に饒舌になる者は多い。


そして私は、そんな死者の後悔に巻き込まれる納棺師だ。


私――宝条敦紀ほうじょう あつきの朝のルーティンは決まっている。

朝四時に起きる。

歯を磨き、洗濯物を干す。

それから二十分ほどの散歩に出かける。


散歩といっても、ただ歩くだけではない。

近くの公園まで行き、逆さ懸垂と普通の懸垂を数十回こなす。

そのあと神社へ向かい、階段をダッシュで駆け上がる。


本堂の前では手を合わせず、一礼だけ。

裏へ回り、六法拝を行う。


いまは亡き祖父に仕込まれた習慣だ。

家に戻ると、祖母が作った朝食を食べながらスマートフォンを開く。

今日の仕事依頼のメールを確認する。


「本日の処置依頼 二件」

10:00 

市村喜蔵 男性95歳 自宅死亡 老衰


14:00 

津波重信 男性78歳 自殺(首吊り)


今日は2件か…葬儀社からの処置希望時間と簡単な死因を確認する


『高齢者の自殺か……』


思わず息が漏れた。


「おばー、今日はそんなに忙しくないから、帰りに買い物してこようか?」


台所から祖母の声が返ってくる。


「ありがとう。おじーの仏壇に供える、いつものたい焼き買ってきてー」


祖父も祖母も甘いものが好物だ


「おばーが食べたいんだろ、それ」


「ばれたかねぇ、あんことバターのやつよ」


「わかってるよ、行ってくるよ」


そう言って玄関に向かうと、祖母が慌てて呼び止めた。


「ちょっと待って敦紀! あんた、これ忘れたら大変するよ!」


弁当と小袋を受け取る。


「ありがとう」

小袋を左ポケットにしまった。

この時、まだ私は知らなかった。

今日の仕事が、

境界を越える一日になることを。


会社に着く。

社員は1人の事務員と納棺師2人だけの小さな会社だ。

社長はほとんど会社で姿を見せない。

依頼に合わせて準備はすべて自分で整える。

処置バッグの中身を確認する。

ドライアイスを車に積み込む。

そして一件目の依頼先へ向かった。


【市村家】


インターホンを1回鳴らすと中から息子さんが出てきた


「ああ、聞いています。どうぞ上がってください」


故人が休んでいる和室に入り荷物を隅に置く


いつものように背筋を伸ばし、正座を整え深く頭を下げ


「この度はお悔やみ申し上げます。

これから少しお身体を確認させていただき、旅立ちの準備を整えさせていただきます」


「分かりました。よろしくお願いします」


この田舎町では、火葬まで故人を自宅に安置する習慣が、今も当たり前のように残っている。

だから納棺師の仕事も、葬儀場より自宅で行うことの方が多い。


部屋に入り、まず空気を確かめる。


『すでに上がってるみたいだな』


焼香を済ませ、顔にかけられた面布めんぷを静かに外す。

長年この仕事をしているが、この瞬間だけは、どうしても慣れることがない。


『穏やかな顔だね』


状態は悪くなさそうだ


ゴム手袋をはめ、頭から順に体を確認していく。


右腕には、注射の跡があった。

柔らかい綿を小さくちぎって当て、ワーデルで保護する。


一通り確認を終える。


『……他は異常なしだな』


頬が少しやつれていた。

入れ歯を外し、柔らかい綿で口元を整える。

少し微笑んでいるように整える。


髭を剃り、ドライシャンプーで髪を整える。

最後に、薄く化粧を施して血色を戻す。


この工程こそ、納棺師の腕の見せ所だ。


亡くなったばかりだと遺影写真もないことが多い。

だから故人と会話するように、生前の表情を想像しながら整えていく。


『おじいちゃん、とても穏やかな顔になったよ』


「―-ありがとう――」


……そう聞こえた気がした。


息子さんを部屋へ呼び、お顔を確認していただく。


「ああ……っ、親父……」


息子さんは声を詰まらせた。

震える手で父の顔に触れる。


「……よく頑張ったな。きれいな顔だな……」


涙をこらえながら、震える声で言った。


「父は厳格で、曲がったことが大嫌いな人でした。

でも、とても優しい父でした…いつも一人息子の私の心配ばかりしていて……」


少し間を置いて、言葉を続ける。


「亡くなる前の夜、最後に聞いた声も

『温くして寝ろよ』だったんです」


息子さんは父の顔を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「……今にも起き出しそうです。

本当に、ありがとうございます」


身内が亡くなると、悲しみに浸る時間よりも、葬儀や手続きに追われる忙しさの方が大変になる。

それを私はよく知っている。


「何かと決め事で大変かと思いますが、どうぞご自愛ください」


一件目は、静かに終わった。


だが、次の依頼は――

自殺だった……

本作品を読んでいただき、ありがとうございました。


もし少しでも面白いと感じていただけましたら、

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※本作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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