こちらからお断りはしません
王立ルーヴェリア学園の春は、いつも甘い。
薔薇が咲き誇り、噴水の水音がきらめき、そして――婚約破棄の噂が流れる。
もっとも、それはわたくし、リディアナ・フォン・エーレンベルクには無縁の話……のはずでした。
わたくしの婚約者は、公爵家嫡男アルヴェルト・フォン・シュトラール様。才色兼備、成績優秀、社交界の花形。
そして、婚約以降ずっとわたくしに冷たいお方。
エスコートは一度もされたことがないわ。
◇
「リディアナ。君も、そろそろ自由を求めてもいいのではないか?」
放課後の中庭で、彼は穏やかに微笑みました。
あら、来ましたわね。
「自由、でございますか?」
「うむ。婚約という枠に縛られず……互いの未来を考え直すという選択肢もある」
つまり――
“君から婚約を解消したいと言ってくれ”
ということですわね。
わたくしはにっこりと微笑みました。
「まあ! アルヴェルト様は、わたくしの未来をそこまで案じてくださっているのですね」
「……ああ」
「ですがご安心くださいませ。わたくしの未来は、アルヴェルト様と共にございますわ」
彼の眉が、ぴくりと動きました。
ええ、ええ。わたくし、存じておりますの。
彼が、何年も前から身分の低い女性と親しくしていることも。
それをご両親が認めないから、私は実質の当て馬。
その方と結ばれるために、私が断ることを期待しているのだわ。
わたくしに非があるという噂を、じわじわと流していることも。
すべて、“こちらから”婚約破棄を申し出させるため。
先日はその方が雇ったと思われる暴漢にも襲われたわ。
警護のために籍を移して侍女にもこちらについてきてもらっていたのよね。困ったわ。
いま元鞘になると、侍女たちの生活が困る。
だから、私が安易に婚約破棄や元鞘に応じることもできないのよね。
◇
数日後。
わたくしのもとに、匿名の手紙が届きました。
『アルヴェルト様は、あなたとの婚約を重荷に感じている』
まあ、ご親切。
その夜の夜会で、わたくしは彼に微笑みかけました。
「アルヴェルト様。もしもわたくしが重荷でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「……どういう意味だ」
「わたくしは、婚約者として努力を惜しみませんわ。重荷にならぬよう、さらに精進いたします」
◇
秋の舞踏会。
アルヴェルト様はついに、決定打を放ちました。
「リディアナ。君は本当に、私との婚約を望んでいるのか?」
ざわり、と会場が静まります。
来ましたわね。
「もちろんでございます」
「私は……君を幸せにできないかもしれない」
「まあ。では努力なさってくださいませ」
「……」
「わたくし、逃げませんわ」
わたくしは一歩近づき、彼の手を取りました。
「婚約とは、家と家の契約。感情だけで左右されるものではございません。ですが、わたくしはアルヴェルト様を尊敬しておりますし、好意もございます」
にこり。
「ですから――こちらからお断りすることはございません」
◇
それからさらに数か月。
ついに、公爵であるシュトラール公が動きました。
「アルヴェルト。お前は何をしている」
厳しい叱責。
家同士の婚約を、曖昧な態度で揺さぶるなど愚かだ、と。
そして――
「婚約を解消するならば、そちらから正式に申し出よ」
当然ですわね。
責任は、言い出した側が負うもの。
数日後、アルヴェルト様はわたくしの前に立ちました。
その表情は、どこか悔しげで。
わたくしは、深々と一礼いたしました。
こちらからお断りしません。
(完)




