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【短編小説】パパママごめんね僕はチェインギャング

掲載日:2025/12/29

 ずいぶんと陽が伸びた。

 ヒデオとローザが歩いている街は慌ただしく動き回っている。もしかしたら、忙しいフリをしているだけかも知れないけれど。

 お菓子やカクテルみたいにグラデーションのかかった空に浮かぶ太陽は、ちょっと殺したくなるような色をしていた。

 だから街全体が、そんな風に殺したくなるような夕暮れの赤に染まっている。


 膝が曲がらないくらい細身の黒いスーツを着たヒデオは、歩きづらそうにしながらローザの首から伸びるリードチェーンを引いた。

 素肌にサマーコートを着たローザは真っ赤なハイヒールをコツコツと鳴らしてヒデオの少し後ろをついて歩く。

 すれ違う人たちが異様なものを見る目て二人を見たが、すぐに興味を失って視線を外した。


「やぁどうも、知らない皆さん。わたしたちは誰かの希望になりたいと言う気狂いだ」

 自己紹介だよ、とヒデオは笑った。

 すれ違う人たちは、やはり少しの視線を投げては引っ込めて行く。

「みなさん分かりますか?わたしたちはいつだって善良さを探してるです」

 ヒデオは咥えていた吸い殻を落とした。

 ローザがしゃがんで放尿すると火が消えた。


 遠巻きに見ていた中高生たちに拍手を促したヒデオは

「生きていると罪ばかりが増えていくから、バランスを取りたくて良いことをしようと決めました」

 と叫んだ。

 そう言うヒデオの目は暗く、ローザは厭な顔をしないように務めた。野外露出そのものは楽しかったし、ヒデオが望む世界になるなら良いと考えていた。


 二人が旅に出る少し前の事だった。

 ヒデオがローザにボディタイツを着せながら、罪と罰みたいな話をした。

「俺は別にお前んとこの父ちゃんみたいに神様を信じている訳じゃないけどな」

 ローザはまるで緊縛縄のようなボディタイツを、誰が考えついたのか検索しようと思っては忘れているのを思い出した。

 また忘れるのだ。きっと自分が答えにたどり着くことは無いのだろう。


「うちのお父さんも別にそこまで熱心じゃないよ」

「日々の祈りじゃ足りなくて寄付までしてるのに?」

 ヒデオがボディタイツの留め具を絞めると、フェイクレザーがローザの身体を軽く締めた。

 その緊張感を愉しみながら、ローザが

「お母さんだって、お婆ちゃんが生きてた頃からお寺にそう言うのしてたけど、別にそう言うんじゃないと思う」

 と言うと

「閻魔様は信じてないってか」

 ヒデオは笑うと咳き込みながらまた煙草を咥えた。

 灰色の煙がぐるりと吐き出される。

 何度見ても紫色には見えないなとローザは思った。


 中高生やサラリーマンが熱っぽい目を向けている。次を待っているのだ。

 主婦たちは侮蔑の目に嫉妬と羨望の色を混ぜながら鼻を鳴らしている。

「生きているだけで罪が増えます。そうでしょう?」

 ヒデオが大きな声で訊くと、観衆は拍手でもって答えた。

 ローザは水を飲みながら小さな声でヒデオに

「生きてると、そんなに悪いことをするの?」

 と訊くと、ヒデオは笑って

「そりゃあそうだろう」

 と言った。


 ヒデオが煙草を吸い込むと、その先端がオレンジ色に光る。

「いいか、俺は悪いヤツだ。俺は嘘をついたり、物を盗んだりしてきた。世界が歪んでいるのは俺の罪のせいだよ」

 灰色の煙を吐きながらそう言うと、今までにしてきた罪を挙げた。

 ハヤトの財布、ヤンキーの腕時計、本屋の棚に並んだエロ本、ドラッグストアの整髪剤。

「別にどうしても欲しかった訳じゃない。そいつが持ってたから欲しかった訳でも無い」

 強いて言えば、暇だったんだ。

 ヒデオはそう言うと短くなった煙草を落としたので、ローザは再びしゃがみ込んで放尿するとそれを消した。

 男たちの拍手が二人を包んだ。

 これは善行なのだろうか。


 ヒデオが手を挙げて応えながらローザを見ずに言った。

「別に金が無かった訳でもないしな。生まれつきの病気だとかを言い訳にもしない。だから、構わないさ」

「かまわないって、何が?」

「それが神様か閻魔様か分からないけど、死んだ後に最後の審判みたいなのがあって、そこで裁かれる時に何て言われるかの覚悟はできてるよ」

 その時、そこにわたしもいるんだろうか?と思いながらローザはサマーコートのボタンを閉じた。

 拍手がまばらになる。

 善行と言う光が遠かった気がした。


「だから良いことを探してるの?」

「たぶんな。怖いんだろ、俺は」

「地獄に落ちるのが?」

「どちらかと言うと、バランスを取れなかった事だよ」

 ヒデオは煙草の箱を握りつぶすとポケットに押し込んだ。

「例えば窃盗罪、業務上横領、道路交通法違反。そんなのは目安に過ぎないんだよ。裁判になったら圧倒的に不利、と言うだけの話だ」

 そろそろお巡りさんが来るので帰りますとヒデオが大声で言うと、人垣はゆるゆると散っていった。

 何人かが近寄ってきて、握手をしたりチップを渡してきたりした。


 写真撮影だけはダメだよと笑ったヒデオは、小銭入れを開いて硬貨を取り出すと自動販売機で缶コーヒーを買った。

「何か飲むか?」

 ローザは要らないと答えてから、これもバランスを取るための良いことなのだろうかと考えた。


 ヒデオの行動が全て善悪のバランスを取る為ならば、なぜ私と一緒にいるのだろうか。

 そう訊けば、ヒデオはきっと「好きだからだよ」と答えるだろう。

 それに嘘はない。

 ローザは知っている。

 人生に善悪の通帳みたいなものがあって、ヒデオが記帳した時は私の欄になんて記入されるのだろうか。


 そんなことを考えてローザが笑うと、ヒデオはひと口飲んだ缶コーヒーを押し付ける様に渡して

「飲むか」

 と訊いた。

 ローザが飲んだ缶コーヒーはまるで薄い麦茶のような味だったが、しかしとても甘く感じられた。


 ヒデオの手に繋がったチェーンがちりんと鳴って、ローザの身体にボディタイツがきつく食い込んだ。

 ローザはその音や感触好きだけれど、ヒデオが自由になるのはまだ先だなと思った。

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