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アンチューサ  作者: クロス
第一章
9/60

第六話「雨の外、窯の中」

 トントン。トン――

 リズムよくまな板を叩く音が、店の奥から響いていた。


 雨の音がガラス越しに聞こえる。

 けれどこの小さなパン屋の中には、湿気も陰りも入り込まなかった。

 暖かなオーブンの熱と、ふわりと広がる小麦とバターの匂いが、空気を丸く包んでいた。


 ガルビネアは、無言のままパン生地にナイフで切れ目を入れていた。

 白いエプロンの裾を片手で払いながら、生地の張り具合を指先で確かめる。

 丁寧すぎるほど丁寧に。


 ふと、奥の壁に掛かった古びた時計を見やる。

 針は、約束の時間を五分ほど過ぎていた。


 「……今日も来ないか」


 小さくつぶやいたその声には、怒りも、悲しみもなかった。

 ただ、わかっていたことを口にしただけのように、淡々としていた。


 窯の奥から「ピッ」と電子音が鳴った。

 ガルビネアは深く息を吸い、オーブンの取っ手に手をかける。


 中から立ち上る蒸気が、視界をぼやかした。

 黄金色の皮がふくらみ、焼き目がほんのり割れた小さな丸パンが静かに並んでいた。


 「……いい焼き加減」


 そう言いながら、トレイを取り出し、棚の上に並べていく。

 ひとつ、ひとつ、まるで小さな命を寝かせるように。


 雨の音は、止まなかった。

 けれどこの小さな店には、確かな温度があった。


 そして彼女は、それを守るように、パンを焼き続けていた。

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