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アンチューサ  作者: クロス
第一章
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第五話「雨、刃、そして沈黙」

 雨が降っていた。

 冷たさではなく、重さだけが肌を叩くような雨だった。

 空は低く、灰色の雲が地面まで垂れ込めているように見えた。


 アスターは、その中に立っていた。


 何も言わず、何もせず、ただそこに。

 街の片隅。薄汚れたコンクリートの上。

 明かりの消えた建物の壁にもたれかかるようにして、彼は動かなかった。


 右手にはナイフ。

 細身の、よく研がれた刃。

 その先から、血が――重力に従ってぽた、ぽたと地面に落ちていた。


 雨に流されるはずのそれは、なぜかしっかりと色を残していた。

 赤は、こんなにも世界から浮いて見えるものだっただろうか。


 アスターは目を伏せていた。

 だが、その目は何かを見ていた。

 足元の血でもなく、背後の死体でもなく――もっとずっと遠く、もっとずっと過去の何かを。


 音も匂いも、すべてが薄れていた。

 あるのは、ただ雨と、自分の呼吸だけ。


 彼は何も言わない。

 誰に言う言葉もない。

 ただそこに、血まみれのナイフを持って立ち尽くしていた。

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