第三話「静かな本部と、舌打ち混じりの正義」
蛍光灯の光はいつもどこか青白くて、眠気を誘う。
書類が山積みのデスク、古びた端末、定時を迎えても誰一人席を立たない警察本部。
その中で、バコバは背もたれに体を預けたまま、無言でコーヒーをすすっていた。
「……冷めすぎだろ」
舌打ち混じりに紙カップを放る。
それでも手元の端末から目を離さず、彼は右手をゆっくり耳に添えた。
ごく短く、三回──コンソールの横を指先で叩く。
すると、机の裏側に仕込まれた通信ユニットが静かに起動した。
画面には本来映るはずのないチャンネルナンバーが浮かび上がる。
《暗号通信No.07──接続開始》
《相手:ガーベラ(識別コード H-W01)》
「……おい、狼。今、どこ走ってんだ?」
しばらくの沈黙。
だがすぐに、くぐもった低音が応えた。
『倉庫街は片付いた。シュウ・ミナト、確保済み。ただし喋らねぇ』
「はぁ?あのゴロツキが無口? 冗談言え」
片眉をあげながら、バコバはキーボードを叩く。
端末上に、シュウの前歴と通話履歴、関係者リストが高速で流れていく。
「……ああ、こりゃ黙って正解かもな。裏にいるの、“プロヴィス”だ」
『やっぱりか』
ガーベラの声が一段低くなる。
「ただの下っ端が、マシンガンと誘導ルート完備で逃げるかよ。そいつ一人でできる芸じゃねぇ」
『証拠は?』
「本部じゃ出せねぇ。だが確かだ」
小声で、バコバは背後をちらと振り返る。
階級章の多い制服が、廊下の向こうを歩いていく。
この場所で“名前を出してはいけない存在”──それが、プロヴィスだった。
「……俺の机の引き出し、左側の底を剥がしてみろ。古い資料が入ってる。公にはできないが、昔のプロジェクトコードが出てくるはずだ」
『了解。ユリのことは?』
「未確認。だが……“西の区画”って単語が出た時点で、やつらの関心が“こっち側”に戻ってきたってことだ」
その一言が、妙に重かった。
ガーベラは通信の向こうで、静かに吐息を落とした。
『……ありがとうよ、バコバ。お前の言う“普通”は、やっぱ信用できねぇな』
「ハッ、そっちこそ……足を洗ったクセに、タバコの匂いは消えてねぇだろ」
ふっと笑うと、通信が途切れた。
机の上にはコーヒーと、終わらせたはずの書類の束。
だが、バコバは腰を上げた。
そして、誰にも気づかれないように、古い引き出しを開ける。
そこには、数年前に処分されたはずの極秘ファイル。
背表紙に、こう記されていた。
《PROJECT:NOX・LUMINA──対象分類:特殊進化体 No.02》
「……ユリ、まだ動いてねぇといいがな」