第二話「引き金の音と獣の直感」
西の区画は、地図から消えかけていた。
崩れた高架。空っぽの団地。剥がれた広告に、誰の視線もない。
だが、ガーベラの足取りは止まらない。
サングラスのレンズが、次の動きを導いていた。
《熱源探知──上層階に複数反応》
《対象:シュウ・ミナト──ID確認》
《銃器反応:有り》
「……やっぱり武装してやがるか」
舌打ち一つ。
コートの内ポケットに手を入れ、愛用のリボルバーをゆっくり抜いた。
“ジャキン”
重たい金属音が、この静寂に溶けていく。
階段をひとつ飛ばしで駆け上がる。
瓦礫を踏みしめながら、遮蔽物の影に身を隠す。
そして次の瞬間──
「来たな、刑事ァ!」
銃声。
鉄板の角を削るような音とともに、火花が弾ける。
ガーベラは瞬時に身を引き、柱の陰に潜った。
「三点バーストか……カスタムされた安物のサブマシン。悪くねぇ選択だが、調子乗りすぎだ」
小さく吐き捨てて、構えを整える。
その目は、すでに次の“跳弾角度”を読んでいた。
「……弾倉の切れ目。スイッチは──ここだな」
“パン!”
リボルバーが唸る。
廊下奥のパイプに当たった弾丸が、鋭角に跳ね返り、男の背後の壁を貫いた。
「ちっ……!?」
気配が揺れる。
男が半歩ずれた瞬間を狙い、ガーベラはもう一発撃ち込む。
“ドン”
コンクリに跳弾。
煙と粉塵が上がり、犯人の銃口がわずかに逸れる。
「避けると思ったよ。その距離で“見せ弾”を躱すのは慣れてる奴だけだ」
“ズダンッ!”
ガーベラは一気に距離を詰めた。
瓦礫を踏み台に跳び上がり、空中から正確に二発──
弾丸が男の銃を弾き飛ばし、右肩を貫いた。
「ぐああっ!!」
シュウ・ミナトが崩れ落ちる。
ガーベラは足音を立てずに近づき、銃口を静かに彼の額に突きつけた。
「……終わりだ。もう逃げ場はねぇ」
荒い呼吸。床に広がる血。だが、その奥に確かな“違和感”があった。
「……お前、誰に雇われてた?」
ガーベラの声は低く、鋭く。
ただのチンピラが使うには、サブマシンガンも逃走ルートも“整いすぎていた”。
だが、ミナトは口を開かなかった。
その顔に浮かんだのは──恐怖ではない。覚悟だった。
「……“またすぐ来るさ”……お前らは、止められねぇよ」
何かを知っている目だった。
そしてそれは、始まりの合図にも似ていた。
「……チッ。面倒な匂いがしてきたな」
サングラスの奥、ガーベラの目が細められた。
そして彼は、通信端末を開きながら、煙草を取り出す。
「……バコバ、聞こえるか。1人確保。……だが、こいつ、ただの駒だ」
次に動くべきは、もっと深い場所にある。