6.ビジュエルディアの嫌がらせ王子(4)
このお話で一旦完結です。
後日談を年明けに投稿します!
まずいことになった。父よりも一日早く、母が戻ってきてしまった。
「ねえ、これはどういうこと?」
ツェリシアやその侍女の前であったが、母は怒りを隠しもせずにいった。どうせ処刑するからと仮面を脱いだのだろう。
「わたくし、この女を一般牢に入れておくように言ったわよね? どうしてこんな快適な暮らしをしているのかしら」
「母上は牢に入れておくようにとしか仰っしゃらなかったので」
母は長いため息をつく。
「やっぱりおまえも愚図ね。どうしてわたくしに似なかったのかしら。──自分の手を汚すのは嫌だけど、まあ、処刑に関してはあとでどうとでも工作できるから。……どきなさい」
母がてのひらを上に向ける。
母のギフトは超創造。自分の頭の中にあるものをもとに、さまざまなアイテムを作り出すことができる。
それを”再現“のギフトで複製した魔道具を使ってこの国は豊かになっているのだ。
「嫌です」
母はこめかみを押さえた。
「聞き分けの悪い子ね。おかあさまは頭の悪い子はきらいなのだけれど。あなたはよくわかっているでしょう? このギフトがどれだけ貴重で強いものなのか」
白い光に目がくらむ。
次の瞬間、母の手には巨大な鎌が握られていた。豪奢なドレスには、透明な上衣のようなものがかけられている。
「ふふ。どう? 命を刈り取る死神のイメージなの。服は雨合羽の素材だけれど、デザイン性をよくしてみたのよ? これで血飛沫を浴びても汚れなくて済むわ」
母が喜々として言う。
侍女のドロシーは真っ青な顔で怯えており、牢番の男は表情が読めない。反撃の機会を伺っているのだろうか。──母親の仇を殺すための。
母が巨大な鎌を振り上げる。僕は彼女の前に飛び出した。けれども……。
「ギフト “ちょいたし“」
「ツェリシア、何をしている!」
僕は声を荒らげた。今この場で料理をしたって助かるわけがない。
そのとき、ぱちりと目があった。婚約破棄を告げてから、まともに彼女と目を合わせたのはこれがはじめてだった。
崖下で助けられたときと同じように、柘榴石のような瞳の中には、きらきらと光が散っている。
「ちょいさん、わたくし、”彼を助けたい“の。この気持ちにちょいたししてくれる?」
ツェリシアの魔法石板のようなものが、ぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間、大きな鳥に姿を変えていた。それは生き物ではなく、光の塊。
「“超幽閉”」
大きな光の鳥が、母に向かって飛ぶ。
驚いて後ろに逃げようとした母は、鳥が放った光に囚われた。
からん、と乾いた音がして、見てみると石の床に小さな指輪が落ちている。
紫水晶でできたそれは母の瞳の色で、──よく見てみると、宝石の中に小さくなった母の姿があった。
「ちょいさん、今日も素敵ね! これで逃げられないわ。大好きなキース様のおかあさまだと思ってがまんしていたけれど、彼への態度が目に余るのだもの」
ツェリシアは、頬を膨らませてぷんぷん怒ると、光の鳥の首に抱きついた。顔のないその鳥が、なぜかうれしそうにしているのがわかる。
けれども、いろいろなことに頭が追いつかない。
「ツェリシア、君は……」
僕はツェリシアの腕を取った。
「あ、キース様、いまのわたくしに触れたら……」
僕の意識は、真っ白な光の中に飲み込まれていた。
雲ひとつない、からりと晴れた午後だ。
僕は空から地上を見下ろしている。
金髪の少年が楚々とした野の花が咲く小道を、木々が立ち並び、木漏れ日が揺れる丘を、泣きながら走っていく。そのあとを追うのはガラの悪い男たち。
そして、ふいに地面がなくなり、体勢を崩して滑り落ちた。すると、刺客の手が助けようと伸びてくる。
しかし、その手はかすっただけで、少年はごろごろと転がり落ちていき、崖下で動かなくなった。
ひどい傷と出血だった。
どう見ても助からないとわかるくらい。そこに一人の少女がやってくる。少年を見つけた彼女は蒼白になり、なにごとかをつぶやく。
出てきたのは、魔法の石板。
「わたし、“この子を助けたい”。──”超回復”」
少年の体じゅうにあった傷が綺麗に消える。
少女は心臓のあたりを押さえ、苦しげに呼吸をしていたが、意識のない少年を引きずるように抱えて、洞窟に入っていった。
次は、僕たちがはじめて引き合わされたところだった。普段は襤褸をまとっていた彼女が、乱暴ながらも磨かれて、サイズの合わない大きなドレスを着せられている。
僕たちの婚約が整い、これまで住んでいた物置小屋とは違う豪華な客室に通されて身をすくませる彼女。
しかし、しばらくすると「わたし、“彼にふさわしくありたい“」と口にした。
「”超速習”」
淑女なら受けているはずの教育をなにも受けずに放置されていた彼女は、もともとの聡明さに加えてギフトの力を借りて誰もが舌を巻くほどの知識を身につけていく。
「彼の元気がないの。前のような笑顔が見られない。”あの人がなにを考えているのか知りたい“」
次に願ったのは、僕を知ることで──。
「”超読心”」
彼女が崩折れる。
石板が小さな鳥の姿になって彼女の肩に止まる。
「わかってる。大丈夫よ、ちょいさん。わたしが望んでやっていることだもの」
小鳥の様子はなぜだか心配そうに見えて──。
「わたしの心にちょいたしするの。はじめてのときは偶然だったけれど、いいアイディアでしょう? こころが削られる? いいのよ。わたし、あの子を守りたいの。ううん、一緒にいたいのよ」
「ツェリシア、僕は貴女との婚約を破棄する」
時は過ぎ、僕の消したい過去に飛ぶ。
ツェリシアはきょとんとしていたが、あたりには僕の発していない声が響く。
(本当にすまない。君を守るためなんだ。僕は処罰されてもいい。君だけは絶対に助けるから──)
ツェリシアは困ったように微笑んだ。
「貴様に差し入れをやろう。聖女が遺したとされる貴重な食物だ。ありがたく食べろ」
(昔、ふたりで食べたな。卵は栄養がたっぷりだと君が言っていた。できることが少なくて歯がゆいが、──今しばらく耐えてくれ)
「ふん、差し入れを持ってきてやったぞ? 牢にいては食することなどできぬ甘味だ。感謝するんだな」
(ギフトを使えば、君ならなんとかできるだろう。甘いものでも食べて、少しでも気が休まればいいのだが……)
「ふん、今夜はこれでも食んでいろ」
(すまない。野菜は氷室箱に入れていなかったのだ。エミリィに見つかってしまって、こんなものしか用意できなかったが……。もう少し君への差し入れを考えねば)
ふたたび光に包まれた。
「ツェリシア、君は……」
「ごめんなさい! あなたのお心がわからなかったので覗いていました」
顔が熱い。まさか、──まさかすべて知られていたなんて。
けれども、同時にほっとした。彼女に心無い言葉を投げかけるのが辛かった。しかし、あの狡猾な母のことだから、どこにスパイを紛れ込ませているかわからない。
僕がもっと器の大きな男だったなら。力があったなら。
「あの……。わたくし、そのままのキース様が好きよ」
ツェリシアはそう言うと、おずおずと腕を広げて、僕を抱きしめた。
僕は泣き、後ろでは侍女が「まったく意味がわからん!」と叫んでいた。
母の処分が決まった。
これまでの所業をすべて詳らかにすること。そして、ツェリシアが作った魔法牢の中に閉じ込めたまま生涯出さないこと。
いつでもなにかをしていたかった人だ。なにもできずにただ見ているだけだなんて耐えられないだろう。
そして父は言った。父が死ぬときに、ともに指輪も破壊してくれ、と。
「残しておいて、誰かが封印を解かぬとも限らぬ。連れていくのは、名ばかりとはいえ夫であった私の役目だと思う。──だから、それまでの間に、皆の幸せな風景を散々見せつけよう。アレはそういうのが一番堪えるだろうからな」
僕を恨んでいると思っていた義弟は、ただ目つきが悪いだけだった。
もちろん、母に対しては思うところはあったようだが、そんな母のもとで育つ僕に同情しての視線だったらしい。
自分の情報収集力の甘さを恥じた。
ツェリシアの義母にあたる女性も捕らえた。
母の計画に加担していたからだ。
取り調べていくうちに驚くべきことがわかった。それは彼女のギフト。
これまで聞いたことのない、女性にだけ効く魅了だ。
恋愛感情を抱くのではなく、言うことを聞きやすくなるというもの。その力が強すぎて、母は操り人形のようになっていたのだ。
母という虎の威を借りて、公爵夫人は気に入らない女性を次々にいたぶったり、命を奪ったりしていたことがわかった。
だが、腑に落ちた。
あの自分が一番かわいい母が、エミリィとの婚姻が理由でこのようなことをするのだろうか?と疑問があったのだが、この件に関してだけは母も操られていたことがわかったのである。
彼女は処刑。
僕に”魅了をかけようとしていた“として、エミリィも拘束されている。
「ギフトは秘匿していい。こうしたルールがあったものの、今回のようなことがあると変えざるを得ないな」
父が言った。僕もうなずく。
ギフトは秘匿するべき。それは、平和な時代からやってきた古代聖女が考えたものであったという。
確かに、ツェリシアのような希少なギフトを持つ人が、不当に搾取されたり、連れ去られたりする懸念もあるため、一理あるとは言えるだろう。
「じゃあじゃあ、危険なギフトの判断ができる魔道具をつくるのはどうでしょう?」
そういうのはツェリシアの侍女であったドロシーだ。
彼女は今、侍女としてだけではなく、転生者を集めた魔道具工房でも働いている。
「えへへ、ざっくりしたアイディアしかないんですけどね。魅了系、攻撃系といった人に害を与えるギフトをピックアップするんです。それで、これまでにわかっている危険なギフトだけ反応するような仕組みをつくって……でも国民には秘密にして通路とかに設置して? うーん倫理的にどうなんだろう」
ドロシーはぶつぶつとつぶやいている。
「ただいま」
僕は、王城の自室にもどった。
厨房ではなく王太子の自室だというのに、くつくつという音と、ふんわりとしたにおいが漂っている。
豪奢なテーブルの上に、石板のような使い魔のようななにかがぐにゃりと寝そべり、それが鍋を加熱している。
「久しぶりに作ってみたのよ。ミルク粥」
ツェリシアが味見用のスプーンを手渡す。
なつかしい優しい味が口の中に広がる。
「今度こそ、僕が君を守るよ」
僕が言うとツェリシアは少し頬を染めて「いつでも守ってもらっていたのだけれど」と言った。
僕は彼女を抱きしめた。
それは雲ひとつない、からりと晴れた午後のことだった。