2.ちょい足し令嬢のおいしい牢屋生活(2)
それからも王太子の嫌がらせは続いた。
一日目の夕食は米と卵、デザートが氷。
二日目。
朝昼晩と米と卵が続いた。
初回はシンプルなTKG、
次は卵黄、バター、おかかに醤油を垂らした濃厚系のTKG、
白身をメレンゲ状にしてごはんに混ぜ込み、卵黄と醤油をあとからかけたTKG、
それからわさび、ごま油、鶏ガラスープの素を混ぜたさっぱり系のTKG……。
ツェリシア様は、いろいろとアレンジを効かせてくれた。
三日目の朝。
ふたたび届けられる卵。
たっぷりの揚げ玉、刻みネギ、めんつゆ、マヨネーズでたぬき風TKG。
ドロシーはすっかり飽きていた──。
「ううう……野菜が、野菜が食べたい……」
「まあ、どうしましょう。そうよね。美容面が気になってきてしまうわ」
ツェリシア様がおろおろしている。
ちょうどお昼時である。また"奴”がやってきた。
「野菜が食べたいだと? ちょうどいい。これを差し入れてやろう」
(……はかったようなタイミングで来るけれど、見張ってるのかしら)
「ぐっ」
グレイソンが口と鼻を覆う。
キムチだ。これも古代聖女シリーズの食べ物である。
「まあ」
ツェリシアは目を瞬かせる。
しかし、このような嫌がらせは問題にならなかった。チョイさんにかかれば、電子レンジにピザ用チーズ、さっき使っためんつゆが出てきて──。
「ああ、キムチTKG……。辛いのも恋しかったです」
「そうね。わさびとはまた違った辛さがあるわね」
「──オレは絶対に食いませんからね」
牢生活とはいえ、とても快適な時間を過ごしていた。
扉から寝台は見えないようになっているため、せっかくだからツェリシアにマッサージをほどこした。前世のドロシーは美容オタクで、マッサージからメイクまでひと通り探究していたのである。
「でも、暇ですね……」
「そうねえ」
「動画とか見られないんですか?」
「どうが……?」
チョイさんが勝手に出てきて、ぺこぺこ謝っている。
タブレットに酷似したなにかがぐにゃぐにゃ曲がっている様子は気味が悪い。
「そうだ、料理本はどうですか?」
ふと思いついた。
「料理本?」
「ええ。料理にまつわるものだったら出せるのでしょう? 核となる食材じゃなくて、料理を調べるものだったらどうでしょう? たとえば、核となるものを、真っ白なメモ帳にします。ここにレシピを書いていくために出してもらうとか」
「でも核となるものは……」
ツェリシアはなにか言いかけたが、寂しそうに笑って「チョイさん、お願いすることはできる?」と振り返った。
チョイさんは困ったように後退りした。
確かにドロシーもいささか強引すぎるような気がしていた。
ツェリシアがうるうると見つめる。無言の攻防が続き、しばらくしてチョイさんは決意したようにピンとまっすぐになった。
そこからはとても快適だった!
はじめは生真面目に料理本を出してもらっていたのだが、「おいしいごはんが登場する物語はどうかしら? ──もちろん、どんな料理が出てきたかメモするわ」とツェリシアが尋ねたのを皮切りに、グルメ小説が出てきた。
「それにしても、ここの寝具は固いですねえ。クッションがほしい」
ドロシーは言った。そしてふと思いつく。ツェリシアを部屋のすみに連れて行くと、こそこそと耳打ちをする。
「あの、チョイさん? わたくしたち、れしぴのーとを作ろうと思っているの。ええ、このメモ帳を使ってね。そこにイラストをちょい足ししたいのだけれど……。食べものモチーフのクッションなどは出していただける?」
こうした攻防が夕方まで続いた。
そしてついに、ドロシーたちはスマホを手に入れたのである。「レシピノートをつくるためのレシピ動画」で押し切った。
メールやSNSといった外部とつながる機能は使えないようだが、動画やレシピサイトを見ることはできた。食べものが出てくるもの限定ではあったが、日本を含むもとの世界の映画も観ることができる。
ツェリシアとドロシーは、広い寝台に寝っ転がって映画鑑賞にふけった。
こうしてツェリシアと侍女ドロシーの牢屋生活はどんどん快適なものになっていったのである。
「ふん、今夜はこれでも食んでいろ」
夜になってまた奴が現れた。
ドロシーはいらっとした。
それがたとえばレタスだとか、トマトだとか、生で食せるものならいいのだが、いつもの米・卵に加えて出てきたのは、牛蒡だったのだ。
「うう……非情な方だ。なんだって木の根なんか」
グレイソンが目を背ける。土がたっぷりついた立派なごぼうだが、そういえば国によっては食べないのだった。
ツェリシア様はぱちぱちと瞬きをしていたが「ああ、これは昔そのままかじったことがあるわ」と言った。
すでに経験者だったようだ。
「義妹がくれたのよ」
(間違いなく嫌がらせだわ……)
ドロシーは気の毒に思った。
(義妹って、このゲームの"ヒロイン(悪)”のことよね。あの子こそ、今考えると転生者のような気がするのだけれど……)
「でもね、せっかくくれたのだけれどおいしくなくって……。土もついていたしね。でも、チョイさんがいたら食べられるのではないかしら」
そうしてしばらくチョイさんとにらめっこしていたツェリシア様の顔がぱあっと輝いた。
「まあ! いろいろなお料理に使えるのね。あら? なんだか作れるものが増えているわね? ──たくさんの"れしぴどうが”を観たからかしら? なるほど。経験値が貯まったそうよ」
ツェリシアがチョイさんからのお告げを口にするが、意味はよくわかっていなさそうである。
「そうね、今日はそろそろ皆さんも飽きたと思うから、卵をそのままごはんにかけるのはやめて焼いてみましょうか」
「卵焼き……」
「そうよ」
「──えー、姫さん、他のもあるんだったらさっさと作ってほしかったっす」
「グレイ、無礼すぎ!」
ドロシーたちの掛け合いを見て、ツェリシアはくすくすと笑った。
その日は、シンプルな甘い卵焼きと、ほかほかごはん、それからごぼうの煮物だった。
チョイさん自らが書き物机の上にびろんと広がると、IHコンロのようになった。
卵焼きは、卵3個を割って、よく解きほぐし、白だし少しと、少し甘めになるように砂糖は大さじ1(もちろんすべての道具はチョイさんが出した)。だいたい50ccずつになるように入れていくとちょうど3等分になる。
ドロシーだったら適当にやってしまうが、ツェリシアは初めて挑戦する料理だからと、チョイさんを通して頭の中に浮かんだレシピらしきものに忠実に、とても慎重に進めていた。
ごぼうの煮物は、ごぼうだけになるかと思いきや、チョイさんが人参、ひじき、油揚げ、こんにゃくも出してくれた。すべて食べやすく切って、炒め、白だしと水で味つけ。
「仕上げにこれを振りかけるといいのですって」
ツェリシアが取り出したのは七味唐辛子だった。
「あああ……生き返る~ お味噌汁も飲みたいです」
「──ふん、この腐ったものでも食っていろ!」
扉から豆腐と納豆が差し入れられた。