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1.ちょいたし令嬢のおいしい牢屋生活

「ドロシー?」


 鈴を転がしたような声が、ドロシーの名を呼ぶ。

 むだに顔がいい牢屋番のグレイソンが吐きそうな顔でこちらを見ている。


 しかし、そのとき彼女の脳内では爆発が起きていた。




 口に出せないあの食べものが、まさかこんなにもおいしいものだったなんて。


 ヒトが食すものではないとされている、古代聖女が持ち込んだ穀物。

 火を通さずに食べるなんて考えられない卵。

 そして、同じく聖女の暗黒液と呼ばれる調味料……。


 それぞれが調和して、恐ろしくおいしい……!




(これが嫌がらせですって? 殿下は食べたことがないから知らないのだわ)


 いや違う。


 ドロシーは、頭の奥にチリチリと焼けるような感覚があることに気がついた。

 ──「私はこの味を知っている」?



 そうだ、最後に2つの目のような光が迫ってきて──。

 ぎゅっと目をつぶる。






「ドロシー、ドロシー?」

「はっ!」


 荒く息をしていたドロシーは、公爵令嬢ツェリシアが背中をさすってくれていたことに気がつく。




「も、申し訳ございません……! お食事を分けていただいただけではなく、ツェリシア様にこのようなことを……」


「あら、いいのよ? どうかしら? 他の方はみな口に合わないそうなのだけれど……」


「たいっっっっっっっ」


「タイ?」


「へん、おいしゅうございます……!!!!!!」




 ドロシーは、ツェリシアの手を取った。


 その新緑のような目は、いつになくきらきらとしており、ふだんのおどおどした態度とずいぶん変わったことにツェリシアはとまどっているようだ。




(前世のことは言えないけれど……)


「ドロシー? なにか言った?」


「いいえ、いいえ。お嬢さまの貴重なお食事ですのに、あたしが分けていただいていいのですか?」


「ええ、もちろん。わたくし、お料理をするのが大好きなの」




 ツェリシアはふわりと微笑んだ。


「ああ……」


 ドロシーは遠い目をした。





 ここは貴族牢。広さは20畳ほどあり、きちんとした寝台やテーブル、書き物机や湯浴みができる場所まであるのだが、公爵令嬢であるツェリシアが入るべきところではない。


(でも……。これが、彼女の、チェリー様のためなのよね)


 "前世”を思い出したドロシーは、ぐっと拳を握る。ここは、乙女ゲーム『ビジュエルディアの宝石公女』の世界なのだから──。





『ビジュエルディアの宝石公女』は、十六王国物語と呼ばれるシリーズのなかでも、比較的新しく発売されたものだ。


 ヒロインは悪役令嬢ツェリシア(通称チェリー)。


 "悪役令嬢”として主人公が婚約破棄されるところからはじまる物語なのである。





(ふふ、あたしは知っているのよ。グレイソン。むだに顔がいい牢屋番だと見せかけて実は高貴な人なのだということを──!)


 ドロシーはにんまりと笑った。


(でも、TKGの良さがわからないなんてちょっと減点だわ……)


 TKGを楽しむ二人を虫を見るような目で眺めているグレイソンを一瞥して、ドロシーは思った。





(? TKGを作れるということは、もしかしてお嬢様も……!)


「転生者なのですね!!!!」


「どうしたのドロシー? テンセイシャって何かしら?」


「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ」


「テンセイシャってなにか、どこかで聞いたような……」


 ツェリシアお嬢様がこてりと首をかしげる。


(……っ美しい!)


 声にならない叫びが漏れた。




 王女のいないこの国で、ツェリシアはもっとも身分の高い未婚女性だった。ふわふわとした銀髪は腰までの長さ。よく手入れがなされてつやつやだ。


 ぱっちりとした猫のような瞳は、アメリカンチェリーのようなお色。──なお、公式サイトでは柘榴石の瞳とあったが、ドロシーは食いしん坊なのである。


 一見すると気の強い美少女といった顔立ちだが、その性格は極めておっとり。しかしながらきゅっとくびれた腰にふんわりマシュマロボディ!





「ドロシー?」


「あああああお嬢様申し訳ございません。少し考え事を」


「ふふ、なんだか今日のあなたは違う人みたい。でも、お友だちとお話ししているようでうれしいわ」


「お嬢様ぁぁぁぁ」


 ドロシーは思わず主人に抱きついていた。





 そのとき、しんと部屋の温度が下がったような錯覚を覚えて振り向く。


「貴様ら、何をしているんだ」


(ひいいぃぃぃぃ、馬鹿殿下!)


 扉から覗いているのは、この国の王太子であり、つい先ほどまでツェリシア様の婚約者だった男だ。きらめく金髪。アメジストのような瞳。黙っていれば美しいのだが──。




「まあ、キース様」


 ツェリシアはおっとりと微笑んだ。


「ふん、差し入れを持ってきてやったぞ? 牢にいては食することなどできぬ()()だ。感謝するんだな」




 貴族牢は、高貴な人を収監するための場所。

 部屋自体はかなり広めの客室のような形である。だが、扉だけが普通ではない。上部には鉄格子が嵌められており、室内に入らずとも様子を窺うことができる。


 そして下部には猫の潜り戸のような扉が設けられており、外側の鍵を開ければ物のやりとりができる。




 王太子キースグリムは、その扉を開けてこちらにお盆を差し入れた。

 精緻な細工がほどこされた硝子の器だが、そこに乗っているのは一口大に砕かれた氷。ドロシーは絶句した。


(これのどこが甘味だっていうのよ……!)


「泣いていると思ったのだが、涙のひとつもこぼさぬとは……。せいぜい氷でも舐めているがいい」


 キースグリムは嫌な笑みを浮かべると去っていった。






「──あの、ツェリシア様、大丈夫です?」


 扉の外からむだに顔のいいグレイソンが声をかけてきた。


「ええ、もちろん! だってわたくしにはスキルがありますから。大丈夫ですよドロシー、これもおいしくできますからね」


 ツェリシア様はにこにこして言った。





「ギフト"ちょい足し”」


 ツェリシア様のアメリカンチェリー色の瞳に、きらきらと星のような光が散る。


 目の前にはタブレットを透明化したような魔法石板が出てくる。そしてツェリシア様は、ネットスーパーで買いものをするかのように、ポチポチとタップしたりスワイプしたり……。


 しばらくすると、書き物机の上に、明らかに日本製と思われるかき氷シロップ、かき氷機、そして練乳が出てきた。





(こんな展開ゲームになかったぁぁぁぁ)


「まあ、かわいい。牛さんの絵柄ですね」


 ツェリシア様が練乳の入ったチューブを持っておっとりとほほ笑む。


「では、少しお待ちくださいませ」


 ツェリシア様は優雅にカーテシーをした。





 この世界には、いや、この国周辺だけなのだろうか。ギフトが存在する。すべての国民に与えられるわけではなく、しかも、あったとしても大抵が秘匿する。過去にギフトを巡っての争いがあったからだとか。


 ここまではゲームと同じで、ツェリシア様のギフトはたしか癒やしに特化したものだったはずなのだが……。ちなみにむだに顔がいいグレイソンのギフトは氷結。王太子キースグリフは神雷である。


 いくら記憶を辿ってみても、ドロシーにはなんのギフトもないようだ。





(──なんでだよう~。転生者特典は? チートは……)


 ドロシーは半泣きになった。


「さあ、できましたよ、ドロシー、グレイ」


 目の前には三色のかき氷が並んでいた。





「オレも食べていいんすか?」


 むだに顔がいい牢屋番は、ふつうに鍵を開けて入ってきたかとおもうと、どかりと座ってかき氷を食べ始める。


「正直さっきの飯は食べる気がしなかったけど、これはうまそう」

「ほほほ、ひんやりしているわ。キース様の素敵な贈り物がうれしい」


(素敵な贈り物って)


 ドロシーは呆れたが「練乳たっぷりめでお願いします」とツェリシアに告げた。


「ええ、よくってよ」






「それにしても、姫さんのギフト変わってますね」


 グレイソンが言う。


「ええ。でもちょうどよかったわ。わたくしの食事、誰も用意してくれないんですもの」

「──え?」


 ふたりの声が重なった。




(ゲームと、違う?)


 ドロシーは思ったがなんとか口を押さえた。


「お腹がすいてどうしようもなくって。そのとき、厨房の片隅でごはんを見つけたの。みんな悪魔の穀物だと言って食べないでしょう? そうしたら頭の中にギフトの名前が浮かんできて、──あとはどうすればいいか自然にわかったのよ」


「へえ。置かれた環境で開花したギフトなんすかねぇ」


 訊いておきながら、大して興味がなさそうにグレイソンが言った。

 すでにかき氷は空っぽだ。





「王太子の嫌がらせがあってよかったっすね。昼間に米だけ持って現れたときは驚きましたが……」

「そういえば、支払い? 等価交換みたいなものはないんですか?」


 ドロシーはふと思いついて尋ねた。ツェリシアははっと口元を押さえて「まあ、大変!」と叫ぶ。


 そして、先ほどの魔法石板のようなものを出し、まだ手をつけていなかった彼女の器から、スプーンひとすくいのかき氷をそこにかけた。






「ええええええ」


「ごめんなさいね、チョイさん。遅くなったけどお味見をどうぞ」


「チョイさん?」


「ええ。わたくしのギフトの名前よ。こうして味見をさせてあげることだけで、材料や道具の提供をしてくれるの。そして、それがおいしいほど、難しい料理にも挑戦できるようになるみたい!

 ただ、ここ数年はおなかいっぱいでお料理のギフトを使う機会がなかったものだから……。難しい料理はあまり挑戦できないのよ」




「炊飯器とかも保存できるんですね」


「ええ! チョイさんは素晴らしいのよ! 次回も使えるものは保管しておいてくれるわ。それに余った材料は時間停止した状態で置いておいてくれるの」


 魔法石版が赤くなり、湯気のようなものが見えた。

「じゃあ、たとえば今なにか出してもらうことはできるんすか?」


 ツェリシア様はふるふると首を振る。




「0から何かを出すことはできないのよ。必ず核となるものが必要なの。でも、逆にそれさえあれば、それにちょい足ししていく形になるわ。だから、メインディッシュもスープもお出しできなくてごめんなさいね」


 ちなみに、初回に出てきたのは日本製の炊飯器(魔法石版への充電式だ!)であった。

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