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十数年姫の護衛を務めてきた騎士は、今日もどこか消えた姫様を探し出す

作者: 光井 雪平

 「姫様がいなくなった?」


 私のもとへ、姫様の護衛の騎士の一人がかなり焦った様子でやってくるやいなや「姫様が消えました」と報告してきた。


「申し訳ございません。姫様が部屋に忘れ物があるといったので、部屋へと戻り、外で待ってるように言われまして」

「で、しばらくしても出てこず、声をかけても返事がなく、部屋に入ったらいなくなった、と」


 「おっしゃる通りです」と護衛の騎士は申し訳なさそうに言う。


 私は、はぁとため息をつくと、持っていた書類を机の引き出しにしまい込む。


「このことは誰かに言ったか?」

「いえ、まだあなただけです。一応同じく護衛をしていましたミルドは現在部屋で待機しています」

「ミルドと合流して、姫様の部屋の前で待機していろ。誰かに何か聞かれても、姫様は自室で勉強中です、と返すように」


 わかりました、と護衛騎士は簡潔に言い放ち、私の仕事部屋を足早へと出ていく。


「王城のどこかにいてくれるといいのだが」


 私はそう言うと、部屋を出ると、王城を歩き回る。自然に、誰かに話しかけられても巡回中です、とか報告書を出すところです、とか誤魔化しながら。


 姫様がよく隠れる場所に使っているところをいくつも探し回る。


 王城には姫様がよく隠れる場所にしている場所が数十カ所もある。そのほとんどすべてを私は把握している。


 把握できてしまうほど、私は姫様の捜索役をずっとやってきた。


 姫様が生まれてからすぐ、私は姫様の護衛の騎士の一人に選ばれた。私が姫様の乳母の親戚筋であったことが大きな要因だったと思う。そうでもなければ、騎士になったばかりの若造に任せないだろう。

 今年で14歳となり来年、成人を迎える姫様の護衛の騎士で初めから任じられていたのはもう私だけだ。ほかのものは騎士を引退したり、別の仕事を任せられた。


 姫様の護衛はとても大変だ。王族の護衛の騎士の中で、国王陛下、王太子殿下の二人に次ぐほどの大変具合だ。それで任せられたところで大した実りもない。王族で働く騎士の中で誰もがやりたくない仕事で順位を作ったら上位に入るだろう。


 姫様の母親は陛下の抱える側妃の中でも一番地位の低く、陛下も政略結婚レベルの相手にしか見ていない。だから、姫様の護衛の騎士を長年勤めても出世にはつながらないだろう。


 価値の低い姫だ。だが、それでも姫、王族だ。何かあれば、護衛を任せられている者たちの、首は物理的に飛ぶであろう。


 だからこそ、姫様には何も問題を起こさず、平凡に安全に暮らしてほしいのだが。


 誰を真似したのか、誰の何を継いだのかわからないが、姫様はお転婆であった。お転婆姫と市井でも有名なほど。


 護衛を撒き、どこかへと消えるのは日常茶飯事。王城を抜け出し、城下町へと出たことも少なくない。


 私も何度も頭を抱え、何度も振り回されてきた。だが、私は姫様の護衛の騎士の一人であり続けた。そして、いつのまにか筆頭護衛騎士となり、何か問題があれば私に報告が飛んでくるようになった。ただの護衛のはずなのに、姫様のことに関する責任のすべてを任せられているかのような立場ともなっていた。


 授業を受けるように説得する役目。


 お茶会に出席するように説得する役目。


 悪いことをしたら忠告する役目。


 もはや何を任せられていないかのように感じるほどだ。


 姫様の隠れ場所の中でも、姫様の一番のお気に入りの場所のところに、姫様はいた。


 王城の三つある塔のうちの一つ。もう使われることがなくなった塔の最上階の一室。そこで姫様は、姫様がいつのまにか持ち込んだ椅子に座っていた。塔の羽目格子をつけられた窓から外を眺めるように。


「見つけましたよ、姫様」

「リュクス、おはよう」


 姫様は満面の笑みを見せる。私は「おはようございます」と返すと、姫様の近くへと歩みを進めた。


「今日は何が嫌だったのですか?」

「アリューシアとの食事。食事中なのにマナーがなってないとか小言が多くて、食事ぐらい自由に取らせてよね」

「食事マナーの勉強のためのアリューシア様との食事なのですから、仕方ないでしょう」


 私がそう言うと、姫様は「いきなり、食事一緒になったのよ。勉強のためなら先に私に許可取ってよ」と不平を言う。


「で、その許可は出るのですか?」

「出すわけないじゃん」


 と姫様はにこやかに答えた。私は頭をかかえ、ため息をつく。姫様はえへへと悪びれる様子もない。


「来年には成人してしまうので、今までよりも厳しく見られますよ」


 釘を刺すように言うと、姫様は「わかってる、わかってる」と適当な返事をする。


「わかっているなら、勝手にどこかに消えるのもやめてください」

「リュクスが見つけてくれるからいいじゃん」


 姫様はにこやかに言い放つ。私ははぁと大きなため息をつく。


「次からは隠れ場所を皆に共有しますかな」

「できる限り頑張るから、それだけはやめて」


 姫様は懇願するように言う。私は「できる限りでは困るのですが」と言うと、「頑張る」とだけ返事が返ってくる。私は小さくため息をつくと、「わかりました」とだけ返す。


 姫様はにこやかに「ありがと、リュクス」と笑顔で言い放つ。


 全く困った人だと内心思う。もう何度思ったことかわからないことを。


「では、戻りますよ、姫様」

「えーもう?」と姫様は不服そうな様子を見せる。「戻りますよ」と私がもう一度言うと「はーい」と言う。


 姫様は椅子から立ち上がる。私は「いつも通り私は先に戻りますので、自分の部屋に戻ってくださいね」とだけ、言って姫様に背を向ける。


「ねえ、リュクス、一つだけ聞いてもいい?」

「なんですか?」

「もし私がどこかに嫁ぐ時、リュクスはついてきてくれる?」

 

 不安そうな声。最近はあまり聞かなくなった声だ。


「残念ながら、ついていけません」


 と私は姫様に向き直り返答する。姫様が一瞬傷ついたような表情を見せる。


「ですが、約束を思い出してください」


 私がそう言うと、姫様は一瞬驚いたような戸惑うような表情を見せた後、にこりと笑う。


「うん、そうだね。約束絶対破らないでよね」

「破りませんよ」


 私がそう返すと、姫様は「絶対だよ」と念を押すように言ってくるので、私は「約束破ったことを私がありますか?」と返す。姫様は「ない」と嬉しそうに言う。


 そして、姫様は「今日は私が先に戻る」とだけ言って走り出す。


 私は「はいはい」とだけ言っておく。


 元気で明るい姫様に戻られたようで、私は少し安心する。そして、7年前のことを思い出す。


 この塔で初めて姫様を見つけた時のことを。泣きじゃくっていた姫様にかけた言葉を。


『必ず何かあれば私がどこにいても駆けつけます』


 その後、しばらくの会話の後、嬉しそうな笑顔を見せていた姫様のことを。


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