依頼1「心霊スポット警備員」 2話
カラン、と、鈴の音が鳴った。
満月に向かって呪文を唱えたら、瞬きする間に喫茶店のような場所に来ていた。
「いらっしゃいま……あれ?」
眼鏡をかけた男性が僕たちの方を見て戸惑う。先輩より少し年上ぐらいかな、多分。
「あー、やっぱオレたち見えてねぇのかも」
「あはは……」
先輩は空気を集めて、さっき鳴ったベルをもう一度鳴らした。カランカランと店内にこだまする。
「あー、すいません。俺霊感なくて。うちのオーナーが来るまでお菓子とかどうぞ」
彼はそう言うと店内の席に案内した。どの席にもお菓子が用意されている。僕たちは二人席に座ると、一枚の用紙とペンを渡された。
「オカルト相談事務所にご来店いただき、誠にありがとうございます。個人情報や相談内容などをお書きください」
さっきとは違ってかしこまった雰囲気だった。
名前、年齢、亡くなった日、職業、連絡先、それから相談内容。これらの項目がある紙が一枚。それからもう一枚、メモ用紙を渡された。
「何かありましたら、そちらのメモ用紙にお書きください」
「おー、めっちゃありがたい」
「そうですね。とても助かります」
僕たちの声はやっぱり聞こえてないみたいだったから、言ったことをそのままメモ用紙に書いた。
「いえいえ。俺自身霊感がないので、書いてもらえるのはこちらとしても助かりますし」
よく出来た好青年だなと思った。茶色とグレーの清潔感のある制服に、眼鏡をかけているのもあってか理知的に見える。
「へぇー、結構いいところじゃん」
「そうですね。空気も綺麗ですし」
「内装もオシャレだしなぁ」
僕と先輩が話していると、奥の方のドアが開いた。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ。またいらしてください」
大学生ぐらいの女の子だった。その子は女性の幽霊を玄関まで見送ると、さっきの好青年の方を向いた。
「お客さま、まだいる?」
「おう。あそこ」
好青年は僕たちのいる場所を視線で伝えた。彼女は僕たちの方を見て、目をしかめる。
「あれ、おかしいな……。見えない」
「六架でも見えないのか?」
やっぱり僕たち、見えてないんだ……。
「声は聞こえるか? あー、あー」
「あれ? なんかうめき声聞こえない?」
「え、うめき声?」
「多分、先輩の声がそういう風に聞こえるんじゃ……」
さっき幽霊と話していたから、この女の子に霊感はあるはずなのに、やっぱ僕たちの存在はあまり認識されていないみたいだ……。
僕は青年から貰ったペンで用紙に個人情報や相談内容を急いで書き、ポルターガイストで彼女の前まで持って行った。それと、さっきのうめき声の正体も書いておいた。
「すみません、うめき声なんて言っちゃって……あはは……」
彼女は気まずそうに苦笑いをした。
「このまま紙で話すのは大変ですし、もう少し霊力を上げましょうか」
彼女はそう言うと、僕たちに好きな紅茶の種類を聞いてきた。僕はアップルティー、先輩はダージリンティーを注文すると、それらはすぐに出てきた。青年が作った二杯の紅茶に彼女が軽く手を添えると、紅茶の周りを青白い光が包んだ。
「これを飲んでいただければ、一時的にですが見えるようになるはずです」
彼女はそう言って僕たちに紅茶を差し出した。確かに霊力の気配はする。温かい香りに誘われて一口飲むと、なんだか少し心が軽くなったような気がした。
「これプロじゃん」
先輩がそう言うのも分かる。この紅茶、プロ並みに美味しい。
先輩はごくごくと飲み干した。改めて幽霊が紅茶を飲んでるなんて少し変な感じがするけど。
「あ、見えた」
独り言のように彼女が言った。
「あれ、でもおかしい」
「どうした?」
顎に手を当てて何か考え込んでるようだった。横にいる青年が、その様子を不思議そうに見ている。
「気配は二つ感じるのに、一人しか見えない」
「えっ」
思わず声が出てしまった。もしかしてまた僕は見えていないのか。そう思ったけど。
「柊真人さん」
「はい……」
「あなたのことは見えるんですけど、恐らく向かいにいるもう一人のかたが見えなくて……」
見えてないのは僕じゃなくて先輩だった。
「あちゃー、やっぱダメか―」
「え、いやでも、だって」
同じことをしたのに、なんで先輩だけ見えないんだろう。
「恐らくですけど……」
彼女が僕の疑問を感じ取ったように言葉を続けた。
「何か枷があるのかも」
「枷、ですか……?」
「はい、生前に何か枷になるものをしてしまった、あるいは残してしまった」
先輩の表情が一瞬だけ曇った。
「その枷を外さない限りは、見えないと思います」
「先輩、そうなんですか……?」
「……まあな」
彼は僕に視線を合わせなかった。
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「とりあえず、今はやれることをやりましょう。もうすぐ夜明けですし」
「夜明けが来たら何か問題があるんですか?」
「ここの事務所、夜限定なんです」
話を聞くと、どうやら夜の霊力が高まる時間に合わせて仕事をしているらしい。日が登ったら一気に霊力が薄くなる。そうしたら僕もまた彼女から見えなくなってしまう。だから少し急ぎ目で相談を受けることになった。
はずだった。
「お願い! 助けて!」
小学生ぐらいの女の子が、事務所の入口から倒れ込むように入ってきた。体のあちこちに焼けた痕がある。
「どうしたんだ!?」
青年が女の子に駆け寄った。事務所のドアの向こうから、何やらバチバチと音が鳴っていた。何かが燃える音だ。
「もしかして火事?」
先輩が僕の方を向いて聞いてきた。
「多分、そうだと思います……」
炎の熱気がこっちにまで伝わってきた。熱いを通り越して痛みを感じるような、そんな空気が目に染みて、勝手に涙が出た。
「おにいちゃんが! おにいちゃんがまだ!」
まだ取り残されているらしい。どうにかして助け出さないと。
「すみません、ちょっと行ってきます!」
「おい、まこっちゃん!」
早くしないと死んでしまう。早く助け出さなければ。
頭の中はそれでいっぱいだった。
「待ってください」
事務所のドアに手をかける直前、僕のもう一方の腕をオーナーさんが掴んだ。
「あなたがドアを開けてもこの子のお兄さんの居場所には繋がりません」