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オカルト相談事務所  作者: 雪紫琴葉
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依頼1「心霊スポット警備員」 1話

「なぁんだ。ここ、全然ユーレイ出ねぇじゃん」


「つまんねー」


「もう帰ろうよ……」


「は? ビビりすぎじゃね? だいじょーぶだいじょーぶ」


「なにかあったらアタシが守ってあげるからさ! ね?」


 肝試しに来た若者たちを見て、僕は呟いた。


「いや、幽霊ならここにいるんだけどなぁ……」


 どんなに声をあげても、物を動かしても、横切っても、全く彼らは気付かない。今、貴方たちの目の前に幽霊がいて、必死にオーブや火の玉をまき散らしているのに、全然見向きもしない。


「なーんか飽きたわ」


「えー? ユーレイ見てから帰ろうよ~」


 僕は思わず声をあげた。


「いや目の前にいますよ! 貴方の目の前! 顔面スレスレで怖い顔作って睨んでるんですけど!」


 僕は何度も叫んだり、身振り手振りを付けたり、ポルターガイストを起こしたりした。それでも肝試しの集団は全然気付いてくれない。彼らに霊感がないというのもあるのかもしれない。だけど一番の問題は、僕の存在感のなさにあると思う。


 はぁ、またダメなのかなぁ……。


 僕が途方もなくへこんでいると、急に彼らの懐中電灯の明かりが消えた。


「きゃっ……!?」


「なんだ? 電池切れか?」


 僕は何もしていないから、本当に電池切れなのだろう。


 カチカチと電源を操作すると、「使えね」と言ってその場に放りなげた。


「うわぁっ、ここはゴミ捨て場じゃないですよ!」


 僕がそう言っても、やっぱり相手には聞こえない。それどころか何か感じもしないんだろうな。


「あー……、もう帰らせるかー」


「……そうですね」


 隣で先輩が人差し指をクルクルと回すと、途端に風が巻き起こる。


「わっ、なんだなんだ!?」


 そう言いつつも、肝試し集団は怖がっている一人を除いてとても楽しそうだった。毎回毎回、驚かすことに失敗して、先輩に人間たちを移動させて貰って、の繰り返しだ。


 草木が揺れ、軽く竜巻程度にまで勢いが膨れ上がると、彼らを飲み込み、消してしまった。


 僕は先輩の隣で小さくなっている。


「お、おお、大丈夫か?」


「すみません……僕が不甲斐ないばかりに……」


「そんなことねーよ。オレだって人から見えないし、人間飛ばすぐらいしか出来ないし? 気にすんなって、まこっちゃん!」


 毎回僕の仕事は、先輩に励まされて終わる。


 僕、柊真人(ひいらぎ まこと)は今日も気付かれなかった。


----


「アンタたち、この調子じゃあ困るよ」


 廃墟で食堂を営んでいるおばちゃんに今日も呆れられてしまった。


「いやあすいません。どーしても人間が手強くて」


「前の代のやつらはちゃんとやってくれたよ」


 おばちゃんは先輩と話しながらせかせかと食事の準備をしている。


 なんの話をしているかと言うと。


 まず知ってほしいことは、僕や先輩、おばちゃんを含め、今ここ、廃墟にいる人たちは全員幽霊だ。そして僕たち幽霊にとって、廃墟は宿みたいなもの。お盆やハロウィンなんかに人間界に帰る幽霊が一時的に泊る場所、というのが一般的だ。


 そして、僕と先輩はその宿の警備員を務めている。まさか死んだ後も仕事があるなんて思わなかったけど。


 僕と先輩が務めている警備員の仕事。これは廃墟や墓場などの心霊スポットに、遊び半分で来る人たちを追い払うのが業務だ。ただ、さっきもそうだけど、僕たちはその業務を遂行出来ていない。


 僕と先輩は、人間にとって存在が認知されずらい性質なのだ。


 それ故か、どんなに驚かしても全く気付いてくれない。


 いつも明るい先輩、神代陸徒(かみしろ りくと)先輩の存在感が薄いのは何故だか分からないけれど、僕は昔から影が薄かったからそれが影響されてるんだと思う。


 僕がこの仕事に就く前は、他に何人か仲間がいたからちゃんと追い払えていたらしい。だけどその仲間は僕がこの仕事に就いたと同時に皆、引退してしまった。だから今は僕と神代先輩の二人のみで警備をしているけど……。


 正直、毎回仕事には行き詰っている。


「はい、おまちどおさん」


「ありがとうございます……」


 食堂のおばちゃんは、こんな僕にも毎日温かい食事を作ってくれる。少し厳しい所もあるけどとても優しい人なのだ。


「もっとシャキッとしなさいな。お前さんだけが頼りだよ」


 いつまでもへこんでいる僕を見てそう言ってきたのだろう。


「まあまあ、まこっちゃんはちゃんと分かってますから」


「お前さんも見えるといいんだけどねえ。本当にダメなのかい?」


「あはは……。色々試してはみたんだけど、どれもうまくいかなかったんだよなぁ……」


 いつもわりいな、まこっちゃん。と、先輩は一瞬だけ気まずそうな視線を向けた。


----


「先輩、僕、大丈夫ですよ」


「えっ?」


 先輩はおばちゃん特製のクリームシチューから手を止め、僕に耳を傾けた。


「事情は分かりませんけど、先輩がこれまで努力してきたことは知ってますし、ここは生きてた時より何倍も居心地がいいですから」


「お、おう、そうか……」


 さっきの先輩を見て気遣いの意味も含んでいるけど、本心でもあるんだ。


 本当にここは、生前より何倍もマシだった。


 前の職場で僕は「透明な存在」だった。いてもいなくてもどっちでもいい、仕事もほとんど頼まれない、友達もいない、何も出来ない。


 それは実家でも同じで、優秀な兄とは違って、僕は本当にどうでもいいんだ、って、幼い頃から感じていた。両親は、喜ぶことも叱ることも、期待も失望も全部兄に対してだった。僕に関しては、食事とか学費とかの最低限なもの以外、ほとんど無干渉だったから。


 それが当たり前だと思っていた。だけど、それが当たり前じゃないと知った時が一番つらかった。


 だから、僕に関わってくれるここの人たちにはとても感謝している。


 宿ということもあってか、神代先輩や食堂のおばちゃんの他にも、同じ幽霊同士では交流する機会もある。死後初めて人との付き合いかたを知ったから、まだ至らない所もあるかもしれないけど、ここの人たちはそんな僕に対しても優しく接してくれる。


 だから、警備の仕事も全うして、宿の人たちには安心してもらいたい。


 これ以上、幽霊の住処を荒らされても困る。


 でも、一体どうすれば……。


「まこっちゃん、大丈夫か?」


 先輩の言葉で我に帰る。どうやらまた黙り込んでいたみたいだ。


「あっ、すみません。大丈夫です」


「ん。そうか」


 クリームシチューを一口頬張り、「うん、今日も美味い!」と大げさな程に先輩は言った。


「早く食わねぇと冷めるぞ~」


「あっ、そうですね。いただきます……!」


「おうおう。食え食え」


「作ったのはあたしだけどね」


 食堂の奥からおばちゃんの声が聞こえた。なんだかおかしくて、僕と先輩は思わず笑ってしまった。


----


 満月がとても大きくて綺麗な夜。廃墟の屋根の上で夜風に当たりながら、僕はさっきあったことを思い出していた。


 食べた食器を片付けた後に、おばちゃんは「オカルト相談事務所」の話をしてくれた。心霊現象や都市伝説などの、普通じゃありえないことに対する相談を受け付けているらしい。経営しているのは人間だけど、幽霊や妖怪にも月に一回対応していると。


「実際に行ってみたけど、親切だし相談料は取られないから、もしよかったら行ってみなさいな」


 僕の存在感が少しでも強くなれば、と勧めてくれたのだ。


 もしそこに行って、僕の存在感が少しでも強くなれば。そうとも思ったけど。


「もし、行っても何も変わらなかったら?」


 周りに迷惑をかけて終わるんじゃないか。そんな不安がよぎる。


「何が変わらないってー?」


「うわぁっ、先輩!?」


 頭上から声がした。思わず顔を上げると、先輩が夜空を背景にふよふよと浮いていた。


「隣いいか?」


「はい、どうぞ」


 僕の左に座ると、「それで?」と話を促した。


「なんかあった?」


 察しのいい先輩だなぁ。隠してもバレバレなんだろうし、もう話してしまおう。


 僕はおばちゃんに勧められた事務所について話した。先輩は相槌を打ちながら、僕の話を最後まで聞いてくれた。そして、一通り言い終わった後、


「へー、いいじゃん。行ってみなよ」


 とあっさり返された。


「でも……」


 僕が言い淀むと、先輩は何かを察した表情になった。


「あー……、さっき言ってた変わらなかったら、ってそういうこと?」


「うぅ……はい……」


 変わるって、一体どんなことなんだろうな。僕は生きていた間も、死んでから今も、何かが変わった、という体験が一度もない。だから変わりかたを知らない。


 何も知らないものに手を出すのは正直怖いんだ。本当は変わらなきゃいけないのに、どうしても恐怖には勝てない。


 変わりたいけど変われない。そんな矛盾が僕の頭の中にあった。


「うーん、でもまずはやってみないと分かんなくないか?」


「でも……」


「失敗したらその時だろ~。また別の方法を考えればいい」


 ああ、こういう人だった。


 先輩も僕と同じで、人間に気付かれずらい幽霊だ。だけど僕とは違って、先輩はこれまで色々やってきたらしい。


 体にペンキを塗るだとか、一年間人間に付き纏うとか、他の幽霊に霊気を分けて貰ったりとか……。


 そこまでやれば流石に気付かれるだろうと思ったけど、先輩は何を試しても人間に気付かれなかった。


「あ、じゃあオレ行ってみるわ」


「え?」


「オレだって見えた方がいいじゃん?」


 すごいな。まだ諦めてないんだ。


「それに、何やってもダメだったオレが出来たら、まこっちゃんも出来るっしょ」


 ピースサインをきめながら先輩は言った。


 月の光に照らされていたせいか、とても眩しく感じた。この人はどこまでも突き進んでいくんだ。


「えー、なんだっけ呪文。『メールナドゥーコ』? なんでこんな言いづらいもんにしたんだ?」


「先輩、今から行くんですか?」


「おう。今日は満月だからな」


 オカルト相談事務所に行く方法は、満月に向かって『メールナドゥーコ』と三回唱えることだ。今日は呪文と願いを叶えたい意志さえあれば事務所に行ける。


「お前も行くか?」


 僕に向かって優しく微笑み、手を差し出す。きっと行かないと言っても先輩は責めたりしない。どんなに失敗しても尻込みしても、今まで先輩が僕を責めたことなんて一度もなかった。


 でも、僕はどうしても断れない。いや断りたくなかった。何故そう思ったのかは分からない。眩しい先輩に影響されただけかもしれない。


「はい、行きます」


 差し出された手をそっと握った。まだ不安はあるけど、先輩となら大丈夫。何故かそんな気がした。


 先輩は一瞬驚いたようだがすぐにニカッと笑った。


「そうこなくっちゃ!」


 そして、僕たち二人でオカルト相談事務所の門を叩いた。

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