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第8話 誘拐犯

しばらく歩いてカラスは足を止めた。

リュカエルがカラスの視線を目で追うと、そこにはこじんまりとした喫茶店があった。

その扉を押し開け店内に入ると、カラスはカウンター席の一番奥に座っている老齢の男に話しかけた。

彼が今回の依頼人だった。


男は66歳。着ているスーツは高級品である。

年の割に背筋は伸びており、若々しく見える。

しかしながら、目の下にはクマがあり、瞳もやや充血している。


その男の名は岸部友治。

この辺りでは有名な会社の社長であった。


「はじめまして、烏丸です」

「岸部と申します。今回はわたしの願いを聞いていただきありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きにして本題に入りましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


『烏丸? お主の名はカラスではないのか?』

リュカエルが不思議そうな顔で訊ねるも、カラスは聞こえないフリをしつつ椅子に腰を下ろし、岸部と顔を突き合わせる。


「あの、ところでそちらの女性は?」

「あー、えっと……こいつはですね――」

『わらわはリュカエルじゃ』

リュカエルはそう名乗ると、カラスの横に腰かけた。

それを目にした岸部は「リュカエル、さん……?」と目を丸くする。


「えっと、僕の助手です。日本語が苦手なので失礼があったらすみません」

「そ、そうでしたか」

『よろしくじゃ』

「では早速、話を聞きましょうか」

「はい。実は……」

そうして岸部は語り始めた。



岸部は一代で財を成した成功者だった。

しかし、そのせいで多くの人間から羨まれ、妬まれてもいた。

そんな岸部につい先日、離れて暮らす一人娘から電話があったという。


二言三言会話をして岸部はすぐに娘に会う約束を取りつけた。

そしてその翌日、約束した場所へ赴き、娘との久しぶりの再会を待ち焦がれていると、そこで事件は起きた。


突然、覆面をした男たちが襲ってきたのだ。

岸部は必死に抵抗したが多勢に無勢。すぐに取り押さえられ、車に連れ込まれた。

その車には岸部の娘も口と手足を縛られた状態で乗せられていたという。


そして車内で覆面をした男の一人が岸部にこう言ったのだそうだ。

「娘を無事に返してほしければ3億円用意しろ。絶対に警察には知らせるなよ」と。


解放された岸部は会社の金をかき集め、3億円を用意した。

岸部にとって娘は何よりも大事な存在だったので、当然の行動だった。


その後、男たちに指定された場所に岸部自ら金を運び、受け渡しは成功。

あとは娘が返ってくるのを待つばかりだった。

がしかし、娘はいつまで経っても帰ってこず、しびれを切らした岸部が警察に通報、その翌々日、娘の遺体が発見されたということだった。



「……警察は犯人たちを捕まえてくれました……ですが、犯人たちの量刑は長くとも懲役15年だそうです……たった15年であいつらは……む、娘はっ……か、佳代子はもう戻ってこないのにっ……」

嗚咽交じりで岸部はうつむく。


その様子にカラスは眉をひそめながら、 リュカエルは口を開けたまま、 それぞれ言葉を発した。

まずはリュカエル。

彼女は岸部の事情など知ったことじゃないと言わんばかりに興味なさげな口調で、 次のようなセリフを吐く。


『ふ~む、そうかそうか。つまりお主はその娘のかたきを討ってほしいというわけじゃな』

その問いに対して岸部は涙を拭いながら首を縦に振った。


次いでカラスが言う。

彼はいつも通りの平淡な声で、しかし、岸部をまっすぐに見据えて、こう告げた。


「わかりました。引き受けましょう」

「ほ、本当ですかっ!?」

「はい。犯人たちは今は刑務所にいるんですよね」

「そ、そうです。それでも大丈夫なのでしょうか……?」

「ええ、問題ないですよ」


カラスが答えると岸部の顔にわずかだが生気が宿る。


「そ、それで報酬ですが、いかほどお支払いすれば……情けない話ですが、今のわたしには烏丸さんのご期待に沿えるような額はお支払い出来ないかもしれませんが、何年かかっても必ず――」

「報酬は10万円です」

「え……? そ、それだけでいいのですか……?」

「はい」

カラスは真剣な顔で返した。

それを隣で聞いていたリュカエルは、物珍しそうにカラスの顔を覗き込む。


「ほ、本当に……?」

「これは仕事というより僕の趣味みたいなものですから。それで充分です」

「あ、ありがとうございますっ……」

岸部は深々と頭を下げた。


そしてカラスとリュカエルが喫茶店を出ていったあとも、岸部は「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございますっ……」と何度も感謝の言葉を口にしていた。

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