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彼女は。

作者: 佐古三冬

彼女は古い女だった。男に身を尽くし、どんな横暴でも受け入れ、一生愛し続けることを望んでいた。僕がどんなに贈り物をしても、どんなに優しく接しても、彼女はいつも、そんなことする必要ないわと、どこか不満げに言っていた。彼女いわく、そんなことをしないと繋ぎ止められないように思えるらしく、あなたに何もして貰えなくても、私はあなたを愛しているのよと何度も言われた。それでも彼女は僕が上げたものを全部受け取ってくれて、全部大切に使ってくれている。1度オルゴールが壊れてしまったことがあったけれど、高いお金を出して修理をしていた。財布もボロボロになるまで使って、僕が新しいのをあげたら、古い方は捨てずに引き出しにしまった。僕がストレスが溜まって酷い言葉を投げつけても、彼女は怒ることもせず、僕の言葉を受け入れて1人で傷ついていた。後々謝っても、私はあなたの事を愛しているわと抱きしめてくれた。喧嘩はほとんどなかったけれど、僕が一方的に当たり散らかすことは多々あった。それ以外は幸せだった。プロポーズをした時。彼女は泣いて喜んでくれた。死ぬなら今死にたいと、笑っていた。夫婦生活は楽しかった。幸せだった。同じ家にいる料理をしている後ろ姿を沢山抱きしめた。子供は少し時間を置いてから作ろうと、2人の時間を大切にした。古い彼女は専業主婦になることを望むと思ったが、あなたを支えたいと、看護師の仕事を続けていた。それでも家事に隙はなく、毎日美味しいご飯と、清潔なシーツと、ちょうどいいタイミングで湧いているお風呂があった。仕事でどうしても遅くなる時は、作り置きを常備するようにしていた。寝る時、彼女は必ず僕の手を欲しがった。あなたを縛り付けておきたいのと僕の頬にキスをした。彼女はずっと僕を欲した。自分が彼女に何をできていたか、彼女にとっていい夫だったか分からないが、僕はどうしようもなく彼女に愛されていた。

彼女は美人だった。惚れた色眼鏡がなくとも、彼女は世間から美人だと言われていた。学生時代はミスコンに出て、グランプリを獲得していた。彼女は、本当に可愛い子はここには来ないのよと、少し苦笑いしていた。芸能界にもスカウトされたこともあった。君なら絶対有名になれると。有名事務所の名前が書かれた名刺を握った人から言われていた。彼女は興味無いのでと突っぱねていたが、本当は彼女がそちらの世界に憧れていることを僕は知っていた。彼女はあなたがいればいいのと僕の手を強く握った。そのままデートをした。彼女はずっと身なりに気を使っていた。あなたの前ではずっと綺麗で居たいと。高いものを買うのではなく、食生活と適度な運動を中心にしていた。そのおかげかずっと綺麗だった。太り過ぎず痩せすぎず、ずっとずっと綺麗だった。彼女の笑った顔はテレビで見るモデルよりも可愛かった。その笑顔を自分にだけ向けてくれていた。小さなことで笑い、何も無くとも僕の顔を見るだけで笑顔になった。泣いた顔もまた綺麗だった。肌荒れひとつない陶器のような肌に、涙が流れるの見るのは、どこか神聖な絵画を見ているようで、目を逸らしたくなった。不細工だから見ないでと彼女は言うが、赤く腫れた目も鼻も、流れる涙も、鼻水も、全てが美しかった。触れるだけで浄化されそうだった。僕はそんな彼女が自分と付き合っているのが不思議でしょうがなくて、どうして僕なんかと付き合ってるの?と聞くと、彼女はどうして私なんかと付き合ってくれるの?と悲しく返した。彼女は自己認識がズレている。そう感じた時だった。彼女はまた僕の手を握った。

彼女は慕われていた。友達が多かった。いつも話の中には僕じゃない誰かがいて、僕も彼女の友達の名前を沢山覚えた。彼女は友達のことをいつも褒めていて、自分なんかじゃもったいないという程だった。でも話を聞いていると、友達もそれと同じくらい彼女のことを大切にしているのを感じた。彼女は友達に助けらることも多く、私はとんでもない幸せ者だと日々自覚していた。先輩や後輩とも仲が良かった。後輩から何を貰った。後輩がこう言ってくれた。後輩が会いたいと言ってくれた。後輩が沢山褒めてくれる。先輩も同じだった。ただ先輩に対しては彼女の方がより慕っているような形で、先輩方に会えた私は幸せ者、先輩方に何をしたあげたらいいだろうか、先輩方に会いたい、先輩方は面白くて優しい、先輩方はいつも助けてくれる、先輩は昔こういってくれた、先輩方は本当に素敵な人。彼女の話の中で沢山聞いた言葉だった。友達が多く、周りから慕われている彼女は、僕への愛をいつも忘れなかった。友達の話が多すぎると、僕がよく思わないのを知っているから、僕達の話に切りかえて、調整をしてくれていると感じていた。彼女はどこへ行っても僕のところに帰ってきた。

彼女は頭が良かった。勉強はからきしだったが、人の変化によく気づく人だった。看護師ということもあるのだろう。よく観察をしていて、僕でも気づかなかった変化に気づいていた。人の感情に敏感で、1度嫌だと感じたことを二度とやらなかった。僕の話からたくさんのこと見つけて、言ったこと以上に行動した。それらは全てに適応されていて、ご飯も、掃除も、洗濯のたたみ方も、お風呂の温度も、最初だけ違和感を覚えても、次にはもう僕の合うように変化していた。きっと気づいてないだけで、もっともっと僕に合わせている部分はあったのだと思う。彼女はそれがバレると恥ずかしそうにしていた。毎日愛していると伝えているのに、行動に示しているのがバレると恥ずかしいらしい。彼女は僕が過ごしやすいように変化した。喧嘩した時に僕が彼女に怒りやすいように、憎まれ役を買っていた。怒りやすいように、事情も話さず、全部自分のせいにしていた。奴隷のようだと1度思ったことがあった。でも、そう思うのは辞めるように心がけた。彼女は苦しさの欠片も見せなかった。僕の機嫌がいいと彼女も機嫌が良くなった。僕の機嫌が悪くても、彼女は笑顔でいた。いつもの可愛い笑顔だった。

僕は昨日、彼女を殺した。子作りの最中だった。彼女の中で果てたあと、興奮が治まらず、息が荒いままの彼女の首に手を伸ばした。首を絞めるのは僕達の中でよくある事だった。そうすると、彼女はより笑うから、彼女は言わなかったけれど、彼女は首を絞められるのが好きだった。だから、いつものように首を絞めた。彼女は荒い息の中笑った。ゆっくりと、力を入れていった。彼女はより笑う。ゆっくりと、体重をかけていった。いつもと違うことに気づいたのだろう、彼女はもっと笑った。彼女の顔の色が変わってゆく、どんどん赤く、紫にゆっくり近ずいていくようだった。彼女の手が僕の手を掴んだ。優しく、いつもの手を握るように。僕はなぜだか、やめないでと言われてるような気がした。そのまま力を緩めないでと、言われたと思った。彼女から嗚咽が漏れた。手も僕の手首を強く掴んでいて、足は力強くもがいていた。目玉は飛び出しそうなほど見開いて、顔は紫色で、ヨダレがダラダラと垂れていた。彼女の中に入ったままの僕の陰茎は痛いほど締め付けられていた。死ぬほど、興奮した。しばらくすると、彼女は動かなくなった。それでも僕は力を緩めなかった。全体重をかけて、ギリギリと彼女の首を締めていた。力を緩めたら彼女が生き返ってしまうかもしれないから。2分後僕はやっと力を緩めた。落ち着いて彼女は見てみると、彼女はは醜かった。美しい顔立ちをしていたが、張り付いた苦痛がその美しさを消し去っていた。僕はようやく彼女に対して愛おしいと感じることが出来た。








"僕"は劣等感と、嫉妬と、自己嫌悪で、彼女ことを愛していなかった。

彼女はそれを知ってた。彼女はずっと許してはいなかった。彼が吐いた暴言を全て覚えていた。それでも愛してしまったから、彼が本当に苦しんでいる所だけ見ないようにして、完璧で居続けた。

彼女は、愛していたけど、憎くもあった。

彼は、憎しみしか感じていなかった。

彼女の最善は彼に殺されることだった。それが彼女の望みであり、最初の我儘だった。

彼はどこまでも惨めであった。

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