6-1.侍女からの依頼
とある洞窟。
灯りは壁面に取り付けられた松明のみ。
薄暗く、どんよりとした雰囲気をしている。
その洞窟の一角に数名の男女が集まっていた。
「次の仕事が決まったよ」
糸目が特徴的な茶髪の男はやってくるなり、ひょうひょうとした態度でそう告げた。
「サジよ。貴様のよこした情報が間違っていたせいでワシの部下が失敗した。どうしてくれるんじゃ?」
「ハマー。追加された護衛がB階級パーティーのトライアスだったってのは確かに不運だけどねぇ、失敗したのはアンタの部下が弱かったってだけだろ? それは部下の教育がなってないアンタが悪いんじゃないのかい?」
「グレース貴様! ワシが悪いじゃと!?」
かなり肉付きのいいハゲ頭の男・ハマーがサジに苦言を呈するが、灰色の髪を持つ筋肉質な女・グレースに茶々を入れられ言い合いを始めた。
それを無表情のまま赤紫の目で見つめるのは、瓜二つの顔を持つ幼い二人の少女である。
暗紫色の髪を片側でまとめたサイドポニーテールは、二人を見分けるためなのか左右対称に結われていた。
黙ったまま興味が無さそうにしている少女たちの前には、紺色の長髪を後ろで無造作に縛った男が、ちょうどいいサイズの石に腰かけている。
その男が低い声で言う。
「ハマー、グレース、黙れ」
「グッ……」
「チッ!」
男の威圧の込められた言葉に、言い合いをしていたハマーとグレースは狼狽し、押し黙った。
二人が静かになると、男はサジの方へと切れ長の青い目を向ける。
「分かったよロイ。新しい仕事の説明と計画を話そう。今回はランちゃんとリンちゃんにも協力してもらうから、みんなで聞いてくれ」
そう言って、サジは嫌な笑みを浮かべながら説明を始めたのだった。
――
中央都市ハイリススフィアから帰還して三ヶ月が経った。
新たに整備された町の南地区は、森林迷宮ヒカリオンを攻略しようとやってきた冒険者で活況を呈している。
ギルドもできたことで以前のような物々さはなくなり、治安も守られている。
さらに、新開発された花の香油や香水は生産も軌道に乗り始め、比較的富裕層が多い町の北地区をはじめとし、取り扱う商店が順調に増えてきた。
目端が利くものは、既に他の町や他領へと商品を卸しているようだった。
花の蜜は、蜂の魔獣・キラーホーネットをアラーネがスキルで支配し、キラーホーネットが蜂の魔虫を操ることである程度の自動化に成功した。
蜂が蜜を集めるため、『ハチミツ』という名前で商品化したところ、これも飛ぶように売れた。
町の財政は潤い、人口の流入にも拍車がかかっている。
そして、毎年恒例の『ハルジオン収穫祭』を二週間後に控え、ハルジオンの町はかつてないほどの賑わいを見せていた。
カランカラーン
「いらっしゃいませー」
入店を知らせる乾いた鐘の音に、俺はいつものようにそう言って扉へと顔を向ける。
そこにはコバルトブルーの髪をしたメイド服姿の美女が立っており、俺と目が合うなりぺこりと頭を下げた。
「いつもお世話になっております」
「ミラノさんじゃないですか。今日はどうしたんですか? なんか疲れてるみたいですけど」
俺は彼女をカウンターへ案内し紅茶を淹れた。
紅茶を飲むミラノさんはどこか憔悴しているように見える。
「これはまだ不確定ではあるのですが、実はカタリーヌ様が何者かに狙われている可能性があります」
「え? どういうことですか?」
「ここ最近、出先で監視されているような視線を感じていたのです。そして昨夜、何者かが屋敷に侵入しようとした形跡が発見されました」
「つまり誰かがカタリーヌさんを狙って侵入しようとしたってことですか?」
「おそらく……」
不安げな顔でそう言って頷くミラノさん。
町長であるカタリーヌさんが進めた商品、香油や香水、ハチミツのおかげで財政が潤い、町を守護する騎士や警備団を増員することができた。
それによって町の治安は数か月前と比べるとかなり良くなってきている。
だがそれでも、今はまた人手が不足しつつある。
収穫祭を前に人の流出入が激しいからだ。
人が多く出入りすれば、その中に潜む怪しい者を見落とす可能性も高くなる。
ミラノさんはさらに話を続ける。
「今も忙しく頑張っていらっしゃるカタリーヌ様に余計な不安を与えたくないというのが屋敷に勤める者どもの総意であり、私たちがカタリーヌ様の身の安全を守るべく警戒を強めておりました」
しかし、収穫祭を前に忙しさがピークに達し、ミラノさんたちは疲労困憊となってしまったらしい。
このままではいざという時に何もできず、カタリーヌさんを危険にさらしてしまう。
そう考えたミラノさんは、断腸の思いでヒカリエに助けを求めに来た、ということだった。
「ヒカリエの皆さんがお忙しいことは重々承知しているのですが、あなた様方の他に私が信用をおける護衛がこの町にはおりませんでした。どうかカタリーヌ様をお守りいただけないでしょうか?」
ミラノさんは椅子から立ち上がり、そう言って深く頭を下げた。
「もちろんです。俺たちに任せてください」
俺はそう言ってミラノさんからの依頼を快諾したのだった。
ちなみに。
ミラノさんが頭を下げた時、チラ見えした谷間についつい目がいってしまい、それを近くにいたマリンに指摘され、ミラノさんから厳しい視線を送られたことは思い出したくない。