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7.計画の進捗

「町長の方からお声がかかるとは、我々としてもありがたい限りです」


冒険者ギルドハルジオン支部の支部長であるアルベルトさんとの会談にて、アルベルトさんはそう言って強面な顔に笑みを浮かべた。


「実は森林迷宮ヒカリオンが出現する前から移転の計画は出ていたのですが、本部が予算をなかなか回してくれなかったもので、計画が遅れていたのです」

「そうだったのですか。南地区へは中央区からメインストリートを通す計画を立てております。もしよければ、その通り沿いに移転してはどうでしょう」

「それは良い案ですな。あの辺りは倉庫が密集していて見通しも悪く、犯罪の温床になりかけていました。流石はジスターブ様の御息女、ご慧眼(けいがん)でございます」


二人の会話を、俺たちは口出しせずに見守った。


カタリーヌさんは町民からの評価が低いため、支部長もカタリーヌさんを評価していないものと考えていた。

そのため、いつでもフォローができるようにと俺たちも身構えていたのだが……それは杞憂だったみたいだ。


魔物退治を主とするギルド視点では、カタリーヌさんが町を守るために必死に頑張っていたことが分かっていたらしい。


なんでも、魔物の調査依頼や例の森の調査依頼も、全てカタリーヌの私財から報酬が支払われていたそうだ。


その報酬を受け取ったのは俺たちなんだけど……


俺はその話を聞いた時、少しだけ後ろめたい気持ちになった。


とまあ、アルベルトさんはそんなカタリーヌさんの頑張りを高く評価していたようだ。


「これからは町の外への対策は我々ギルドが担当します」

「ありがとうございます。わたくしたちもこの町がもっと良くなるよう、今後とも尽力して参りますわ」


領主の娘として振る舞うカタリーヌさんからは、貴族的な物腰を感じさせられる。

俺やルナより1歳年下らしいのだが、その優雅な所作にはついつい目を奪われる。


支部長と頑張って会談しているカタリーヌさんを見ながら、俺はそう思った。


そのまま何の問題もなく階段は終わった。


町長の財布から支払われていた魔物の討伐や調査の依頼(クエスト)費用はしっかり予算に組み込み直し、無理なく、しかし効率よく依頼(クエスト)を発注できるように調整できた。


冒険者で溢れかえっているんだ。

町の外、魔物への対策は彼らに任せよう。


これで魔物対策に従事していた騎士や警備団を町内の警備に回し、治安維持に当たらせることができる。


一つの山場をクリアした俺たちは顔を見合わせて笑い合ったのだった。



――



町の整備を開始して三か月が経過した。

町長の名の下にスタートしたこの開発計画はものすごいスピードで進捗し、南地区はまさに様変わりしたと言える。


中央区の南門から南地区を南下する新しい道が開通寸前で、通り沿いには移転したギルド支部や、宿屋や道具屋といった商店がどんどん建設されていた。


「いくらなんでも早すぎるだろ」

「どうやらかなりの人数を町の外の警備に割いていたらしいです。その方々が町内の警備と整備に携わることができたのが、このスピードを実現する結果となりました」


俺の呆れの混じった疑問にエリーが苦笑しつつ答えてくれた。


「この倉庫街も、中央になるほど空き倉庫が多かったのよ。お店がある東西のメインストリートから遠いから」


そんなことを言うルージュさんも苦笑を浮かべていた。


「…………」


そんな中、会話に加わろうとしないものが一人。

リリィだ。


リリィはどこか寂しそうに、完成した通りの一角を見つめていた。


「どうしたんだ? 何か不満でもあるのか?」


治安の悪かった南地区が発展し、人通りも増えてきた。

町の人々の評判はかなりいいと聞いている。


それなのに一人だけ、リリィは陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。


「あの辺りに、アタシが昔住んでた家があったんだよ」


ちょうどギルドが建っている場所を指差して、リリィはそんなことを言った。


「なんだそんなことか」

「そ、そんなことって言った!? アタシが三年間、苦楽を過ごした思い出の家なんだよ!? リバニスと二人で暮らした家なんだよ!?」

「家じゃなくて倉庫な……って、やめろ! 噛みつくな!」


泣きながら腕に噛みついてくるリリィを、俺はなんとか引き剥がす。


リリィはルナやマリンのように特技を生かした副収入がなかったため、この町でずっと極貧生活を送っていた……この倉庫街で。


確かに思い出の家がなくなるのは悲しいことかもしれない。

ただ……


「お前は今の館に来た時、散々前の倉庫暮らしを馬鹿にしてたじゃねーか! 今更そんなこと言われたって感動も同情もできねーよ!」

「まぁまぁ二人とも」

「落ち着いてください!」


癇癪(かんしゃく)を起こすリリィとそれに対抗する俺の間に割って入るルージュさんとエリー。


「リリィの話は置いといて、お店の方もかなり増えてきたわね」

「そうみたいですね。冒険者の流入に合わせて、商人もかなりハルジオンに集まっているらしいですよ」


話題を変えたルージュさんにエリーが乗る。


置いといてされていじけるお子さま(リリィ)は取り敢えず放置だ。


冒険者の数に比例して、彼らを相手にする商人もハルジオンへ集まっている。


カタリーヌさんとルージュさんは町の商人組合を通してそんな新参の商人たちへ働きかけ、ハルジオンで店を構える者を募集した。

募集に応じた商人たちが通りに建ち並ぶ店を借り、そこで冒険者向けの商店を展開してくれている。


「私たちも移転しないかってカタリーヌちゃんに勧められたのよねー」

「そうだったんですか?」

「そうなのよ。このタイミングで移転すれば立地の良い場所にお店を出せるからって」

「むむむ、それは我々的には願ったりなのでは?」

「本当ならここに移転して、今後の資金をしっかり貯めた方がいいんだけど、私はあのお店が好きなのよね」


苦笑しつつ言うルージュさん。


ジワリときた。

ルージュさんがあの店にかける想いを垣間見た気がした。


そこでいじけてるお子さま(リリィ)にも教えてやりたい。


「いいんじゃないですか? 俺たちの原点はあの店ですから」

「えへへ……アリガトね、ハルくん」


俺の言葉にルージュさんは、はにかんで笑ったのだった。



――



研究チームも成果を出している。


「皆様が各々好きな花を挙げ、それらの花からいくつか良い香油ができましたわ」

「アーがお友達にお願いして人に有害かどうかを調べたの」

「我はナイスなアイディアを出したのじゃ」


工房へ顔を出した俺に、マリン、アラーネ、プラムの三人がそう報告してきた。


「プラムはともかく、マリンもアラーネもお疲れ様」

「ハ、ハル様!?」


俺にぞんざいに扱われ、目を潤ませながらもモジモジするプラム。


「ハル様は相変わらず我に興味を示さない……しかし我は諦めきれず、ハル様の気を引こうと頑張るのじゃ……それは徐々にエスカレート、我はとうとう身売りをはじめ……」


一人妄想にトリップするドMポンコツは置いといて、俺は工房を見回した。


「な、なんというか……女性の方が多いですね……」


思春期童貞心(ピュアハート)が発動し、つい敬語になってしまう。

そんな俺を見て、


「相変わらず目が泳いでいますわよ? 一体わたしたちのどこを見ているのでしょうか?」と、頬に手を当てて微笑むマリン。

「もう、ハルお兄ちゃんったら! アーのことも見てよ!」と、頬を膨らませて怒るアラーネ。


「と、とりあえず、何種類できたんだ?」


俺はブンブンと頭を振り、慌てて話題を変えた。


「バーラ、ラベン、ジャスミールの三種類ですよ! バーラは私とカタリーヌさんの選んだおすすめなんです!」


近くにいた元気のいい美少女が楽しそうにそう言ってきた。


確か、リュカって子だったはず。

花が好きでカタリーヌさんとお花トークで意気投合しているらしい。


「落ち着いてくださいリュカ。あまりその男に近づくと、何をされるか分かりませんわよ」

「な、何もしねーよ!」


再び動揺する俺に、マリンはうふふと笑いながらこれまでの過程を教えてくれた。


香油を作っている工房はハルジオンにはなく、代わりにオリーブ油を作っている職人から油の採り方を仕入れたらしい。


情報を仕入れたのはシャノーラさんという女性。

奥の方で何かの作業に没頭しているお姉様のような雰囲気の美女だ。


シャノーラさんが仕入れた情報を参考に、油を生成するための道具を用意。


それはソアラさんとキャサリンさんの二人が知り合いに安く発注してくれてたらしい。

二人は俺が持つ剣『ハルスカリバー』の鑑定の時に会っていて、一応は面識がある。

今はルナの作業を手伝っているな。


その道具を使い、雑用担当らしいプラムがひたすら試行錯誤を繰り返した。

かなりの重労働だったらしいのだが、プラムは幸せそうに作業に没頭していたそうだ。


マリンに上手く使われるプラムが容易に想像でき、何とも言えない複雑な心境になった。


「プラムも頑張ったんだな……」


俺は放置していたプラムをねぎらおうと声をかけたが、


「ご主人様……我を捨てないで! お願いなのじゃ! 何でも、何でもするのじゃ!」


まだ妄想の世界にトリップ中だったプラムにため息を吐き、マリンの説明に戻った。


そうしてできた油は、人体に有害なものもあったらしい。

そこでアラーネが魔虫を操り、毒性があるものとない物に分類していった。


できあがった花の香油は、従来の果物由来の香油とは全く異なり、ふわっとしたさわやかな香りを楽しめるものとなった。


「これは絶対に売れます!」と、研究チームの女性たちはひいき目なしでそう確信したようだ。


話を聞いていると、俺に気付いたルナが作業の手を止めてやってきた。


「ハル」

「ルナ、お疲れ様。何を作っていたんだ?」


俺は先程までルナが作業をしていたテーブルを見ながらそう聞いた。


そのテーブルには、見たことのない機材が置かれている。


「ハルが言っていた香水というものを作っていたけど、まだ完成には程遠い」


ルナは残念そうな顔でそう言うと、液体の入った小瓶を差し出してきた。


俺はその瓶の香りをひと嗅ぎし、


「いい匂いだけど?」

「匂いは問題ない。問題はハルが言っていた揮発性」

「香油に水を混ぜてみたんだけど、油のベタベタが収まらなくてね」


ルナについてきたソアラさんの話では、香油は水浴びの時に使用する物で、ベタつくがすぐに洗い流せるのだそうだ。


しかし、俺の知っている香水は気軽に外でも使用できる物。

こんなにベタつかない。

その高い揮発性が再現できないらいし。


「なるほどなー」


俺は顎に手を当てて考える。


「そもそも……油じゃないんじゃないか? 香水っていうくらいだし」


俺が適当にそう言うと、ルナがハッとした顔になる。


「確かにハルの言う通り。完成した花の香油をそのまま使おうとしてたけど、花の香りが水につけばそれでいい」


ルナは独り言のようにブツブツと何かを言ったあと、ソアラを連れてすぐさま作業に戻っていった。


そして、研究をスタートして三ヶ月。


ルナはとうとう香水を完成させた。

アルコールを使用することで高い揮発性を生み出せたらしい。

流石は俺たちのルナだ。


こうして、花の香油と香水という、花の都ハルジオンらしい特産品が生み出されたのだった。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「この後一体どうなるのっ……!?」


と思ったら、


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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