間話4.新人チームのリーダー
「やったー!」
「アラーネよ! よくやったのじゃ!」
「ナイスだ! アラーネ!」
アラーネの歓喜の声が響き、続けて称賛の声が上がる。
アラーネの操る糸が、牛や豚などの家畜たちを捕獲したのだった。
「流石ですね! あとは標的の討伐のみです!」
アラーネの活躍をねぎらいつつ、エリーは次の目標を見据えた。
「おおー!」
エリーの言葉に、一同は気合いを入れ直すのだった。
――
ここはハルジオンから数時間の場所にある村。
「突然熊の化け物が現れて、柵を壊したんだ。熊はすぐに逃げたが、壊れた柵から家畜も逃げてしまった。なんとか家畜を捕獲してほしい。そしてできれば、熊の退治もお願いしたい」
「分かりました! 私たちに任せてください!」
困った顔で状況を説明してくれた依頼人に、エリーは元気よく返事をした。
ヒカリオンの森に結界を張って約二週間。
町には平和が戻り、事後処理に追われていたヒカリエも落ち着きを取り戻していた。
「アラーネさん! プラムさん! 新人である私たちで依頼へ行きましょう!」
余裕が戻ったエリーの発案に二人が賛成し、シフトが休みだったハルが同行することとなった。
すぐに逃げた家畜を発見したエリーたちは、続いて原因である熊の化け物の捜索へ移る。
「それにしても、ハルジオン周辺は平和になったけど、この辺は魔物の被害が多いんだな」
そんなハルの疑問に、エリーがすぐさま答えを述べる。
「森を結界で隔離したことで、新たに森から出てくる魔物はいなくなりました。ですが既に森から抜け出し、ハルジオンを離れた魔物も数多くいるんでしょう。といっても、ここハイリススフィア領内で常に魔物の危険がある場所は、ナーズの森と海岸付近だけです。余程の大物が繁殖でもしない限り、いずれ落ち着くと思われます」
エリーの解説に、なるほどと頷くハル。
「この辺りで大きな動物が身を潜められる場所は西の林だけです。そちらへ向かいましょう」
「流石エリー、よく知ってるな。俺がいなくても、エリーがいればすぐに依頼達成できそうだ」
エリーは冒険者としての経験は浅い。
しかし、それを補って余りある知識量で最適な行動計画を策定していた。
そんなエリーに感嘆の声を漏らすハル。
「いえいえ、私なんてハルさんには敵いませんよ」
と、エリーは謙遜するも、内心でははしゃぎにはしゃいでいた。
嬉しい!
ハルさんから褒められました!
ここはもっといいところを見せて、ハルさんにアピールしなければ!
ハルの力を借りずにこの依頼を達成する。
そう思ったエリーは、当初考えていた計画を変更する。
「では、林での隊列ですが……」
思い立ったら即行動。
エリーの良いところでもあり、悪癖でもあった。
アラーネさんはまだ幼いのであまり危険な位置には配置できません。
かといって私も索敵はできませんし……
よし、ここは何かと直感の働く時があるプラムさんにお願いしましょう。
「先頭はプラムさん。その後ろにアラーネさん、私、ハルさんでいきます」
エリーはそう宣言した。
「わ、我が斥候か? ま、任せるのじゃ!」と、自分に白羽の矢が立ち驚くほどプラム。
「だ、大丈夫かな?」と、不安そうなアラーネ。
「おいおい、本当にいいのか?」と、プラムを見て心配そうに言うハル。
舞い上がっているエリーは、そんな微妙な空気になっていることには気付かない。
そのまま一行は、林へと侵入するのだった。
――
むむむ、おかしいですね。
エリーは歩きながらそう思った。
林に入り、かれこれ一時間は経とうとしている。
エリーの想定では、すぐに標的に遭遇、もしくはその痕跡を見つけられると思っていた。
「な、なぁ……」
背後から呆れの混じった声がした。
ハルである。
「この木、見覚えがあるんだけど……」
そう言って冷や汗を浮かべるハル。
全員の視線が先頭のプラムへと向けられた。
「あ、あははー……ま、迷っちゃったのじゃ……なんちって」
「えええええ!?」
片手を頭の後ろへ回し、目を泳がせるプラムに、三人は絶叫した。
この一時間、同じ場所をぐるぐると回っていたという事実に、メンバーの心が折れかける。
「や、やっぱり我には……」
申し訳なさそうに、しかし、非難の目を浴びて身を捩らせつつ、プラムがポジションの交代を申し出ようとした。
そこへ……
「ブヒィィィイイイ!!!」
「フギャッ!?」
突如エリーたちの目の前に、巨大猪が現れ、背を向けていたプラムを轢き潰したのだ。
「え!? プ、プラムちゃん!?」と、慌てるアラーネだが、助けに向かう余裕はない。
何しろ、巨大猪はプラムを潰してなお、突進することをやめないのだ。
2メートルはあろうかという巨躯が、アラーネの眼前に迫る。
し、しまった!
前衛に時間を稼いでもらわないと、私たちも準備が!
咄嗟に弓を構えようと動くエリーだが、突然の事態に反応が遅れ間に合わない。
「ア、アラーネ!!」
エリーの背後から焦燥の声が飛ぶ。
基本的に前衛としての戦闘手段しか持たないハル。
慌てて遠距離魔法を放つが、ハルの初級魔法では巨大猪を倒すどころか、足止めすることもできない。
「ブヒィィィイイイイ!!!」
硬い頭頂部を突き出すようにして、アラーネに突進した巨大猪。
しかし、巨大猪はアラーネの直前でその動きを止めた。
「大丈夫だよ!」
アラーネが跳ねられると慌てていた後衛の二人に、アラーネの元気な声が届く。
いつの間にか蜘蛛化したアラーネが、蜘蛛部分の強靭な前脚で、巨大猪を抑え込んでいたのだった。
そのまま硬質な糸で縛り上げ、身動きを封じていく。
そうでした。
アラーネさんは魔人なのですから、弱いはずがなかったです。
D危険度の強力な魔物をいとも簡単に捕縛したアラーネを見て、エリーは認識の誤りに気付く。
反省しているエリーとは他所に、
「アラーネ! 無事で、よ……かった……」
駆け寄るハルが目にしたのは、大人姿のアラーネの上半身が小さな子供服で締め付けられている、何とも扇情的な光景だった。
「く、くく、苦しそう、ですね……」
目のやり場に困り、挙動不審になるハル。
「ハルお兄ちゃん、もっと見てもいいんだよ?」と、ポーズをとってからかうアラーネ。
「ハルさん! 見てはいけません! アラーネさんも自重してください!」と、ハルの目を塞ぐエリー。
「誰も我の心配をしてくれぬ……じゃが、それもいい……」と、地面に寝そべったままモジモジしているプラム。
アラーネの誘惑は、ハルが限界を迎えて行動不能になるまで続いた。
――
「まずはみんながどんなことができるのか、確認し合った方がいいと思う」
「我も同感じゃ。ハル様もそうしていたのじゃ」
子供姿に戻ったアラーネと立ち上がったプラムが意見する。
「す、すみません……ハルさんにいいところを見せようと、つい欲が出てしまいました」
この陣形を提案したエリーは、しょぼくれながら頭を下げた。
ハルさんの前で失敗してしまいました。
みなさんにも迷惑をかけてしまいましたし、失望されたでしょうか……
落ち込むエリーに、復活したハルが苦笑しつつ声をかけた。
「まぁ、なんだ、今のは陣形が良くなかったけどさ、ちゃんと相談し合った上でエリーが作戦を考えれば、三人で問題なく依頼達成できるんじゃないか? だからそんなに落ち込むなよ」
これは……失望されてない?
まだチャンスはある?
目に光を取り戻したエリーは、ガバッと顔を上げ、元気よく返事をした。
「はい! 頑張ってみます! みなさんも、協力お願いします!」
復活して調子を取り戻したエリーを見て、三人は嬉しそうに笑ったのだった。
――
「こっちにいるみたい」
先行するアラーネが、キョロキョロしつつ指で方向を示す。
「なるほど、アラーネは元々蜘蛛の魔物だから虫と話せるのか」
感心するハル。
エリーたちは、各々ができることを話し合い、フォーメーションを変更していた。
斥候兼前衛はアラーネ。
森の虫と簡単なコミュニケーションが取れるため、索敵や現在地の把握が可能。
戦闘方法も前衛に向いているため、このポジションとなった。
中衛のプラムは遊撃担当。
戦うアラーネを補助するよう、得意な幻覚魔法を使用する。
空も飛べるので、弓を使うエリーの邪魔にもなりにくい。
後衛兼司令塔にエリー。
正確な射撃でアラーネやプラムを援護しつつ、その膨大な知識から敵の弱点や行動を予測し作戦を立てる。
これがかなり上手く噛み合い、捜索はどんどん進んでいった。
そして……
「あれ、かな?」
首をかしげるアラーネの視線の先に、一頭の熊が見えた。
「一角熊か?」と、みんなに聞くハル。
「角もすごいが、体も硬そうじゃな」と、円を作った手を目に当て、遠くを見るようにして言うプラム。
そんな中、エリーが思案顔で呟く。
「いえ、おそらく違います。すでに絶滅したはずですが、鎧巨熊だと思います」
鎧巨熊。
黒熊の上位種で、額から伸びる一本角と、黒い体毛が特徴の大熊である。
〈鎧化〉という固有スキルを持ち、額の角が剣のように、体毛は鎧のように変質する。
「文献が古く危険度の表記はありませんでしたが、知能も高いはずですので、おそらくA危険度以上です」
「や、ヤバいじゃんか!」
小声で叫ぶハル。
ハルの脳裏をよぎったのは、リリィやトライアスたちと共闘したキングサーペントである。
あの時はなんとかなったが、一つ間違えば全滅していたのだ。
「まだこっちに気付いてない。一度退こう」
ハルはエリーの肩を掴んでそう言った。
しかし、目まぐるしく回転していたエリーの脳内では、ハルとは全く違う結論を導いていた。
「いえ、この状況であれば、私たちの勝利です」
ハルへと振り向き、「見ていてくださいね」と笑うエリー。
そしてエリーはアラーネとプラムへと作戦を伝える。
――
突如、視界が暗闇に覆われる。
鎧巨熊はあまりにも突然のことに狼狽した。
視界はおろか、嗅覚、聴覚、触覚の全ての感覚が消えたのだ。
「フハハハハ! 我の幻覚魔法【ダークネスワールド】に捕らえられた者は、何も感じることができないのじゃ!」
という高笑も、鎧巨熊には届かない。
防衛本能の赴くままに固有スキル〈鎧化〉を発動させ、自らの体を強固な鎧へと変質させた。
その直後、首筋に衝撃を感じた。
「やっぱりアーの攻撃は通らないよ!」
そんな声が、鎧巨熊の耳に微かに届いた。
〈鎧化〉したことで〈魔法耐性〉のスキルも発動し、【ダークネスワールド】の効果を若干だが打ち消すことに成功したのだ。
わずかな感覚を頼りに、鎧巨熊は目の前にいるであろう敵へと、額の剣を突き立てようとした。
「でも動きは止められたみたい!」
首を振ろうと力を込めるが、体が全く動かない。
麻痺しているのか?
……違う。
四肢や胴に何かが巻きつくような感覚。
おそらく、なんらかの手段で拘束されているのだ。
鎧巨熊は怒りと焦燥をそのままに、気配のする方へ勢いよく咆哮した。
「グオオォォォォオオオ……ッグァ!?」
大きく口を開いた途端、喉の奥に痛みが走る。
「ナイスだエリー!」
「まだです! もう一発!」
その声のすぐ後、硬質化していない両目を射抜かれた鎧巨熊は大ダメージを受け、そのまま力尽きたのだった。
――
「すごいよエリーちゃん!」と、バンザイするアラーネ。
「見事な腕前じゃ!」と、飛び回るプラム。
「プラムさんとアラーネさんが頑張った結果です! お二人とも素晴らしかったです!」
エリーは満面の笑みを浮かべて仲間たちに言った。
プラムさんの魔法は上級の幻覚魔法でしたが、ほぼ無詠唱でしたし、アラーネさんの作り出す糸は、A危険度の魔獣の力でも切れないほど強靭でした。
自分の力ではなく、二人がすごかったのだとエリーは本心から思った。
そんなエリーにハルが声をかける。
「いや、完璧な作戦だったよ。俺も思いつかなかった」
そう言って笑うハルの言葉に、アラーネとプラムも賛同する。
よかったです。
先程の失敗を取り返せました。
内心で安堵するエリー。
「三人とも息ぴったりだったし、案外いいチームかもな」
互いを褒め合う三人を見たハルがそんなことを言う。
「リーダーはエリーちゃんだね」
「我もそう思うのじゃ」
「ええ!? 私ですか!?」
ハルの言葉にエリーたちは、顔を見合わせて笑い合う。
近い将来、彼女たちはパーティーを組むことになるのだが、それは今の彼女たちの知るところではなかった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら、
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