11.森林迷宮と多忙なヒカリエ
森は無事に迷宮へと変化した。
ハルジオンの南方に森が出現してから二か月ほどのことだ。
「予想より大分早かったな」
「多分、結界で魔力の漏れがなくなった結果」
なるほどな。
魔力溜まりからどんどん魔力が溢れ出し、それがずっと結界内に充満してるんだもんな。
早まるはずだ。
広さは以前の森より一回り小さいが、大木に覆われた巨大なドームみたいな形状になっている。
規模は恐らく地上五階層くらい。
魔力溜まりが五箇所あったためか、各階にフロアボスのような魔物が存在しており、上階への階段を守護しているらしい。
らしいって言うのは挑戦者から聞いた話だからだ。
「一階のフロアボスはどんな魔物だったんですか?」
「それなんだけどよ、特A危険度の魔獣らしい」
「い、いきなりですか!?」
「ああ。ドクロのような禍々しい蜘蛛だったとか」
この人も迷宮の鬼畜さに恐れをなし、すぐに引き返してきたらしく、フロアボスの目撃情報は又聞きだ。
特徴から推察するにカオス・スカルだろう。
「あれは……俺たちでも死にかけましたからね」
当時を思い出し、俺は身震いした。
他のメンバーは兎も角、俺はあの矢の雨に死を覚悟したもんだ。
特A危険度なんてもう二度と遭遇したくない。
「あの魔獣を倒したのか!? ヒカリエのチーム月光……流石だぜ」
青い顔をする俺を置き去りに、冒険者の男は感嘆の声で称賛してくれた。
あの迷宮はカオス・スカルのような蜘蛛を始めとした、昆虫系の魔物が多いらしい。
そこは元管理人でアラクネであるアラーネに由来しているのかもしれないな。
「今朝も数組のパーティーが入っていくのを見たが……何人が帰ってこれるだろうかね」
冒険者の男はやれやれと肩をすくめた。
森が迷宮に変化して約一ヶ月。
未だ誰一人として一階層を攻略できていない。
超鬼畜仕様らしい。
それでも、討伐した魔物の素材を持って生還すれば大金が手に入る。
ハイリスク・ハイリターンという噂を聞きつけた彼のような冒険者が、毎日のようにハルジオンに集まってきている。
宿屋も商店も売上爆上がり。
もちろん『カフェ・ヒカリエ』もだ。
「ハル! 忙しいんだからボサっとしてないで動いてよ!」
「いでっ!」
雑談していると、後ろからリリィに蹴りを入れられた。
「はっはっは! お嬢ちゃん働き者だねぇ! まだ子供なのに偉いぞ!」
そんなリリィを見て、俺と話していた冒険者は豪快に笑った。
しかし、その笑い声はすぐに聞こえなくなる。
「アタシは! もう! 16の! 大人だよ!」
振り返ると、そこには憤怒の顔で冒険者を睨む鬼がいた。
「わ、悪い……」
冒険者は視線をサッと下に逸らし、怯えた声で謝った。
俺はそんなリリィにチョップして嗜める。
「おい、お客様に怒鳴るなって」
「だってアタシは……!」
「はいはい、大人ならそんなことでイチイチ怒んなよ」
ここひと月、俺たちは冒険者としての仕事を休業し、カフェの仕事に精を出している。
何故なら、まだ忙しくないはずの今の時間帯ですら、外に列ができてしまっているからだ。
……マジで忙しい。
迷宮お披露目からずっとこの調子だ。
ウチの店は正直、冒険者向けではないと思う。
冒険者が好む店は酒があったり、食べ応えのあるメニューがあったり、大勢で冒険譚を語り合える広いテーブルがあるような所だ。
ヒカリエには酒も置いてないし、料理も女性が喜びそうな少し洒落た物が多く、男の俺からするとボリュームも足りないと思う。
では何故、こんなに繁盛しているのか。
ハルジオンの南部に現れた森は、ヒカリエの名前を取って『ヒカリオンの森』とされていた。
そこが迷宮となり、その名を継いで『森林迷宮・ヒカリオン』と呼ばれるようになった。
やってきた冒険者たちの間では、
「ヒカリエが裏でこの迷宮を管理している」
とか、
「ヒカリオンの真のボスは彼らだ」
なんていう噂話が広まっているらしく、噂の真偽を確かめようと、冒険者たちがこの店に押しかけるようになったのだ。
迷惑していた俺たちは支部長に相談。
支部長はルージュさんの疲れきった顔を見て、必死に対策を講じてくれた。
迷宮の入り口に『森林迷宮の歴史』という立看板をいくつか設置した。
内容はヒカリオンの森が現れた経緯やその後の対応等。
しかも、粗野な冒険者でも楽しく読めるよう、物語風にアレンジして挿絵も入れた。
そのおかげですぐに俺たちへの誤解は解けた。
逆に特A危険度の魔獣を屠った町一番の冒険者クランとして恐れられるほどだ。
え?
なら何でまだ忙しいのかって?
それは……
「いらっしゃいませー」
「ル、ルージュちゃん……また来たぜ」
「えーっと……いつもありがとうございます!」
スケベな笑みを顔に貼り付けて、並んでいた男が店内の席に着く。
「おい、外の子も美人だったよな」
「ああ。眼鏡をかけてクールな感じだったけど、胸は情熱的だったな」
外で列の整理をしているエリーを見ながら、そんな話をして下品に笑い合っている。
「チッ、あのチビ男、こんな美人たちに毎日囲まれて」
「羨ましいよなー、俺と変わってくれねーかな」
…………こう言う事だ。
ヒカリオンの裏ボス説以外にも、『噴水広場に美人しかいないカフェがある』という噂も出回っているらしい。
そして、一度店に押しかけた冒険者はこの店で働く女性陣に一目惚れ。
リピーターになり、中には町に定住する者まで現れた。
会えるアイドルと言われ、ファンクラブ的なものもできつつあるとか。
ルージュさんをはじめ、リリィ、エリー、プラムはあまり気にしていないらしく、適当に受け流している。
問題はルナとマリンだ。
極度の人見知りであるルナと、重度の男性恐怖症を持つマリンはかなりまいっている。
マリンはカウンターに立てず、キッチンに隠れているルナの手伝いだ。
俺、リリィ、ルージュさんがホール、エリーが外で受付。
じゃあカウンターは誰がやっているのかって?
「プラムちゃん! それはユーバ茶! 注文はジリーヌ茶だよ!」
「ユーバ? ジリ?」
「さっき教えたばっかりでしょ!」
カウンターは凸凹コンビ。
凸凹とは見たまんまだ。
一人は俺より背が高いプラム。
……高いと言ってもほんの二、三センチの差だから誤差だが。
もう一人はリリィより少しだけ小さいアラーネだ。
カウンター業務もマスターした先輩アラーネが、ポンコツ新人を教育している。
大人が子供に怒られている光景は、何とも笑えるものだった。
そんなこんなで、俺たちは忙しい日々を送っている。
――
仕事中。
アラーネが俺の方へトトトと駆け寄ってくる。
手を前でモジモジと組み、上目遣いで言う。
「あのね、アーはね、ハルお兄ちゃんのこと信じてたよ」
「急にどうした?」
俺は目線を合わせるよう、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「アーの事、何回も助けてくれたよ。改めて……ありがとう」
おずおず、といった感じの仕草でとても可愛らしい。
頑張った甲斐があったってもんだな。
「いや、今回俺は何もしてないよ。みんなが頑張ったんだ」
俺は苦笑しつつ答えたが、実際、俺は本当に何もやってない。
結界を作ったのはルナとマリンだし、通路を使いやすく整備したのはリリィとプラムだし、迷宮の管理等の難しい話をまとめたのはエリーとルージュさんだ。
そう思ったのだが、
「ううん、ハルお兄ちゃんがいなかったら、ハルお兄ちゃんが諦めないで考えてくれたからアーはここにいるんだよ。ハルお兄ちゃんでないと、あんなこと思いつかないもん。だから、ありがとうだよ」
アラーネはいい笑顔でそう言った。
「どういたしまして」
俺はもう一度苦笑して、アラーネの頭を撫でた。
アラーネは気持ちよさそうに目を細める。
俺も多分……顔がニヤけてるんだと思う。
頭を撫で終えた時、アラーネは俺の頬にチュッとキスをした。
不意のことに、俺は一瞬ドキッとしてしまうが、慌てて取り繕う。
「おいおい、お子様のクセにマセてんな」
動揺を隠そうと言った台詞だったけど、俺の声は若干震えていた。
いつもマリンにカッコつかないと馬鹿にされているが……その通りだな。
俺が内心で反省していると、アラーネは頬を膨らませて俺を見ていた。
「アーはもう千年以上生きてるんだから、子供じゃないよ」
そんなことを言う。
確かにアラーネの実年齢は千歳を超えている。
十二歳以上でないとできないはずなのに、リリィを唆して冒険者登録してきた時は驚いたもんだ。
精神的にはまだ子供でも、この子は俺たちの中で一番年上になる。
「それに、蜘蛛化した時の大人姿にだってなれるんだからね」
アラーネは続けてそんなことを言う。
蜘蛛化とはアラーネの戦闘形態のことで、上半身が人、下半身が蜘蛛の姿になる。
あの時の上半身は確かに成人した大人の姿だった。
顔は少し幼さを残した可愛らしさもあったが。
白髪の美女だ。
あのまま人の姿になれるのなら、確かに子供だと馬鹿にはできない。
あれ?
なんかドキドキしてきた。
こんなお子様に……俺の思春期童貞心が揺さぶられているのか?
おいおい冗談じゃない。
俺は紳士だが、妹に手を出すよな変態じゃないぞ。
「ハル様? どうしたんじゃ?」
「なな、何でもねぇよ」
寄ってきたプラムをぞんざいに扱い、俺は精神を落ち着かせるべくかぶりを振った。
そんな俺に、アラーネが追撃を加えてくる。
「ハルお兄ちゃん大好きだよ。助けてくれたお礼に、アーの事、好きにしていいからね」
耳元で俺にだけ聞こえるようそう囁き、プラムを連れてカウンターへ戻っていった。
俺の脳内には、大人バージョンのアラーネの姿が思い浮かんでいた。
そういえば、あの時は緊急事態でそれどころではなかったが、確かアラーネの上半身は裸だったような……
透き通るような美しい肌をしていたような……
なかなかに豊満な胸部をお持ちだったような……
胸部の真ん中に桜色の……
バタン!
「ハ、ハル!? どうしたの!? 血!? 鼻ぶつけたの!? 大丈夫!?」
リリィの悲鳴が遠くの方で響いている気がした。
その後、俺は数日間、アラーネの顔をまともに見れなくなった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
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