9.アラーネの苦悩
この森は千年も昔に存在していた。
当時ハルジオンという町はなく、小さな集落があるだけであった。
彼女はそんな森で突然生まれた。
彼女は……一人ぼっちだった。
希少種でありながら、変異種でもあった。
この森の住人は皆強力であったが、異質な彼女を襲おうとする者はいなかった。
誰も彼女に構うことはせず、一人寂しく、孤独な生を送っていた。
生まれて約十年が経過したある時、この森に、一人の少年がやってきた。
当時、名もないアラクネだった彼女は、その少年に『アラーネ』という名を貰う。
アラーネは大層喜び、初めてできた友達と色々な話をした。
自分の事、森の事、近くに人の集落がある事。
何でも話した。
少年は自分の事は話そうとしなかったが、アラーネの話には嫌な顔をせず、ニコニコしながら聴いてくれた。
ある日、集落の男たちが森の魔物の討伐に乗り出した。
彼らは強かった。
森の魔物は次々と討伐されていく。
少年はアラーネを守るべく、集落の男たちと戦うことを決意した。
アラーネはどうしても、それを良しとは思えなかった。
集落に住む人間は、自分たちの生活を守るためにこの森に攻めてきている。
この森がある限り、少年は集落の人たちと戦うだろう。
そう考えたアラーネは、自身と森の魔力溜まりを核として、この森を封印したのだった。
……それから千年の間、アラーネは眠り続けた。
長い、長い時間だった。
しかし、その封印は解けた。
徐々に封印の力が弱まり、完全に解ける前にアラーネは目覚めた。
しかし、彼女は長い眠りの末、記憶を失っていた。
朦朧とする意識の中、ふらふらと森を抜け出し、そこでハルに助けられた。
アラーネは過去を思い出せないことに不安を感じてはいたものの、ハルやルージュたちとの暮らしは幸せそのものだった。
こんな幸せがいつまでも続けばいい。
そう願っていた。
しかし、アラーネの願いは砕かれる。
森の封印が完全に解けたのだ。
封印が解けると同時、アラーネは自身の記憶を取り戻した。
それはルナが店に戻ってくる少し前のことだった。
アラーネはこっそりと店を抜け出し、自分の記憶を確かめながら……そして、自分のなすべき事を考えながら、森へと帰還したのだった。
――
アラーネはいつの間にか、いつもの少女の姿に戻っていた。
なんでも、アラーネは希少種であるアラクネの中でも更にレアな変異種らしい。
この姿が本来の姿。
さっきのアラクネスタイルは、戦闘に特化した状態だったそうだ。
泣きながらぽつり、ぽつりと話をするアラーネを、俺は優しく抱きしめて、ずっと頭を撫でていた。
「千年、ですか……気の遠くなるような時間ですわね」
マリンは現実離れしたその時間に、ただ呆然として言った。
「でも、もう大丈夫だよ! これからはずっとアタシたちと一緒なんだから!」
リリィは努めて明るい調子で言った。
その言葉に、一同は強く頷いている。
「……ダメだよ」
しかしアラーネは、首を横に振る。
「な、何故ですか?」
エリーが慌てて問い返す。
「もしや、魔物じゃからと遠慮しておるのか? 我なんて悪魔じゃぞ?」
プラムは大きな胸を張って自慢げに言った。
しかし、アラーネはやはり首を横に振る。
「この森は危険だから。ハルジオンの隣にこの森があったら、きっと大変な事になる」
「そんなの、アタシたちが退治するよ! さっきだってアタシの魔法でカオス・スカルをやっつけたんだから!」
リリィも無い胸を張って言った。
ついプラムと見比べていると、リリィは憎々しい視線を俺に向けてきた。
「カオス・スカル……あの子も確かに強いけど、この森に住む強い魔物の一種に過ぎないの」
アラーネがうつむいたまま告げる。
つまりこの森には、特A危険度相当の魔獣が何種類も生息してるってことか?
どんな地獄だよ。
「どうするの?」
ルナがアラーネに聞いた。
その顔は真剣そのものだった。
「この前はアーが勝手に決めちゃって、怒られたから
……今度はちゃんとハルお兄ちゃんに言うね」
アラーネはそんな前置きをしつつ、言葉を続ける。
「前回はアーの体を核にして、魔力溜まりの魔力を使って森を封印したの。今度は封印が解けないように、アーの命を……」
「ふざけるな!」
言い終わる前に、俺は怒鳴り声を上げていた。
アラーネがビクリと肩を震わせる。
「お前にそんな事、させるわけないだろ!」
それは本心からの言葉だった。
だからこそ、口調も強くなった。
「でも……だってどうしようもないもん! 前も頑張って考えたけど、結局森に人が攻めてきたもん! それでお兄ちゃんが怪我して……もうそんなのは嫌なの! こうするしかないもん!」
アラーネも声を荒げた。
目に涙を浮かべながらも、必死に言い募った。
「……みんなで考える」
ルナが静かに言った。
大声を出す俺やアラーネとは対照的な声だった。
「そうだよ! みんなで考えればいい案が思いつくはずだよ!」と、いい笑顔を見せるリリィ。
「そうですわ。ここに大人が五人もいるのですから」と、微笑むマリン。
「文殊の知恵というやつですね!」と、元気に答えるエリー。
「大人五人……一人大人が足りないのじゃが……我ではないよな? リリィか?」と、冷や汗を垂らすプラム。
ルナの一言にみんなが頭を捻り始めた。
この場で最年長であるお子様は、何か違う事を考えているみたいだが……
俺も考える。
頭をフル回転させる。
アラーネは後輩……というより妹みたいな存在だ。
家族同然だ。
妹を守るために、兄である俺が頑張るのは当然の事だ。
頭を働かせろ!
そもそもなんで封印が必要なんだ?
それはこの森が危険だからだ。
何で危険なんだ?
強い魔物が多いからだ。
何で強い魔物が多いんだ?
この森には濃い魔力溜まりが複数箇所存在していて、そこからどんどん魔物が生まれているからだ。
まるで迷宮だな。
迷宮は魔物のように挑戦者を誘き寄せ己の糧とする。
危険度だが、リターンは大きい。
迷宮で取れる魔石や魔晶石、魔法具なんかは非常に高値で売れる。
つまり金が稼げる。
しかし、ただの森は危険な魔物を生み出して無作為に放出するだけ。
…………
……この森が迷宮なら?
迷宮からは基本的に魔物が外へ出てくる事はない。
入る者はいても、出てくる者はいない。
町は魔物被害がなくなるだけではなく、迷宮に挑戦しようとする冒険者で活気が出るだろう。
いい事づくめだ。
「よし!」
俺はみんなが注目するよう、パンと手を叩きながら言う。
「この森を迷宮にしよう」
「「「ええええええ!?」」」
その言葉に、俺以外の、その場の全員の声が重なった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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