8.マリオネット三人組
「や、やったーーー!」
リリィが両手を上げてバンザイをする。
「フハハハハ! ハル様! 我の活躍を見ていただけまし……ちょ、熱っ、リリィ熱いのじゃ! 杖の先が当たって……ま、まさか、これが先輩からの“いびり”というものか……有能で魅力的な我に嫉妬した先輩が、先端を熱した杖で後輩の体に根性焼きという躾を……後輩を屈服させるために先輩は言うのじゃ、「チョーシ乗ってんじゃないわよ。でないと、次はその牛のように生意気な乳を傷モノにしちゃうわよ」と……あぁ……」
プラムはバンザイをしたリリィの熱々の杖を頬に押しつけられ、何かを呟きながらモジモジしている。
「うふふ、無意識にプラムを責めるとは……リリィにこちら側の才能も感じますわ」
「マリンはいつも急にスイッチが入りますね……」
頬に手を当て、上空の二人を爛々とした目で見るマリンと、それに対してやれやれと肩をすくめるエリー。
みんな無事だ。
よかった。
「ハル……」
不安げな声に下を向くと、ルナがこちらを見上げていた。
「ルナ。お前も無事で良かった。矢を避けてる時の動きはすごかったよ」
俺がそう言ってルナを褒めると、ルナは少し頬を赤くしながら言ってくる。
「ハルこそ。まさか伝説の魔法剣を使えるなんて思わなかった。すごかった」
最近やたらとルナに褒められるが……やっぱり嬉しいな。
でも、伝説のは流石に褒めすぎだろ。
いや、そんなことより……
「できれば……先に助けて欲しいんだけど」
俺はリリィの火魔法による風圧で吹き飛ばされ、近くの大木に引っかかり、未だに一人だけ絶体絶命状態だった。
慌てたルナの指示でプラムに救出される。
プラムに抱えられると、背中に柔らかい感触を押し付けられ、俺の心臓は飛び出しそうなほど高鳴った。
「あああ、ありがとうプラムさん」
「プラムさんなんて他人行儀な」
高笑いするプラムにさらに強く抱かれ、危うく天に召されかけた。
プラムはポンコツのくせに、いや、ポンコツらしいと言うべきか。
何の前触れもなくサキュバスオーラを出してくる。
本当に心臓に悪い。
――
俺はふぅと地面に座り込みつつみんなを見渡した。
雨のような魔法攻撃で多少の傷はあるものの、大怪我はなく、無事に特A危険度との戦闘に勝利することができた。
嬉しそうに連携やらタイミングやらを語り合うメンバーに頼もしさも覚える。
しかし、いいことばかりではない。
「特A危険度を……迷宮管理者級の敵を倒した訳だけど、特にこの辺で変わったところはないな」
俺はため息混じりにそう呟いた。
「どうしたの?」
リリィが小首をかしげて聞いてくる。
「普通、迷宮管理者の近くには迷宮を維持する魔石や宝部屋なんかがあるはずなんだ」
「なるほど。それがないということは……」
「ここは迷宮ではないということですね?」
マリンとエリーは俺と同じ答えに行き着いたようで、残念そうな顔でそう言った。
迷宮を維持している魔石や魔晶石を手にすると、迷宮だった場所は元の地形に戻る。
森迷宮だった場所がただの森や草原に戻ったり、地下迷宮だった場所が洞窟に戻ったりするのだ。
迷宮がなくなれば、ここにいるはずのアラーネがすぐに見つかると踏んでいた。
なにせここは何もない原っぱだった場所だ。
いかに森が広くても、原っぱに戻れば見つけられる。
「やっぱり普通の森だったか」
当てが外れた俺は、少しだけ落胆した。
それを悟ったみんなも気落ちしたが、
「落ち込んでる場合じゃないよ!」
「ハル様! 切り替えるのじゃ!」
最初に立ち直ったのはリリィとプラムだ。
「そうですね。ここで落ち込んでいてもアラーネさんは見つかりません」
前向きなエリーもグッと拳を握った。
そんな三人に元気をもらった俺は、苦笑しつつも足に力を入れて立ち上がる。
「そうだな。こんなところで座ってる場合じゃないな。ちょっとネガティブになってたよ。ありがとう」
俺は感謝を述べると、パンと両手で自分の頬を叩いた。
「よし! 行こう!」
俺の号令にみんなは元気よく返事をし、さらに森の奥を目指して歩き出した。
――
カオス・スカルとの戦闘からさらに数時間が経過した。
俺たちは開き直り、大声でアラーネの名前を呼びながら捜索を続けていた。
この広い森の中から一人の少女を見つけるのは難しい。
そこで、アラーネからもこちらが見つけられるように声を出した。
おかげさまで魔物との遭遇率も上がったが、それは仕方がないと割り切った。
やはり見たこともない種類が多かったが、どことなくビッグファングブルに似ていたり、ブラックベアに似ていたり。
プラムが言っていたみたいに、それらの魔物が今の姿になる前の状態なのかもしれない。
ポンコツサキュバスは、本当に鋭い事を言ったのかもしれない。
そんな事を考えていると、森の奥に白い影が見えた。
「アラーネ!?」
俺は一も二もなく駆け出した。
「ハ、ハル!?」
後ろにいた他のメンバーも驚きつつ走り出す。
少し開けた場所だった。
そこに立っていたのは、上半身は白髪の女性、下半身は白い大蜘蛛の姿をした魔物だった。
「え? え!?」
俺の接近に気付いたその魔物は、怯えた様子で狼狽していた。
「お、驚きました。古い文献でしか見たことがないですが、希少種と呼ばれる魔獣……いえ、更に上位の魔人に位置するアラクネという種です」
エリーが驚愕した顔のまま説明する。
魔人とは人という字が付く通り、人型に進化した魔物のことだ。
人と同様に高い知性があり、魔法を使い、人語を介す事もできる。
遥か南の大陸には、魔人の国もあるらしく、人と同じであると理解できる。
アラクネとは蜘蛛系の魔物が突然変異して進化すると言われている希少種の魔人で、ここ数百年、発生は確認されていないらしい。
危険度も不明だ。
「じ、邪魔……しないで」
アラクネは狼狽しつつ、か弱い声を出した。
「もしかして、この魔人が迷宮管理者なんじゃ……」
プラムがアラクネに対して構えを取りながら言う。
今日のプラムは冴えている。
本当にそうかもしれない。
エリーの説明だと、さっき倒したカオス・スカルより危険であることは間違いないしな。
「…………」
でも俺は、アラクネに剣を向けることができなかった。
何故かは分からない。
怯えるアラクネを、ただ見つめていた。
「み、見ないで……こっちに……来ないで!」
アラクネは悲鳴のような声を上げ、何かを操るように両手の指を動かした。
「……気を付けて!」
ルナの言葉に俺たちは身構える。
草陰からバッと飛び出してきたのは、三つの人影だった。
それらはマリオネットのように歪な動きをしてる。
「な……」
俺はその光景に絶句した。
見覚えのある三人だった。
「く"く"く"……」
逆立つ金髪の青年が、変な体勢で剣を構えている。
「か"か"か"……」
モヒカン頭の大男が、盾を背負ったまま大きな丸太を担いでいる。
「う"う"う"……」
金髪碧眼の美女が、泥酔者のような構えで拳を握っている。
それは、カナタ、ダン、アスカの三人組だった。
三人の顔を見て、意識がハッキリしていないのがありありと分かった。
白目を剥き、血管は浮き出て、涎をたらしている。
「またかよ!」
俺は思わずそう叫んだ。
「ぐぐぐ!」
「ががが!」
「ゔゔゔ!」
三人は同時に動いた。
ものすごい速度だった。
多分通常時より速い。
しかも、自分の意思で動いていないため、またしても『マナ視の魔眼』で動きを読み取れない。
キーン!
慌てて抜いた剣で、カナタの剣をギリギリのところで防ぐことに成功する。
しかし、気を抜けない。
すぐに次がくる。
「【神聖なる領域】」
高速で繰り出されたアスカの拳は、マリンの張った結界魔法に阻まれる。
が、アスカは気にせず、そのまま凄まじい連撃に移る。
「くっ……」
マリンは苦悶の表情を浮かべつつ、結界に魔力を注ぎ続ける。
「ががが!」
ダンが抱えていた丸太を横薙ぎに振る。
ブンッと、風圧を伴った力任せの攻撃だ。
「【氷華槍魔法】」
ルナは氷の槍をダンの振るう丸太に放った。
バキバキバキ!
槍の刺さった部分から丸太が叩き折れた。
どれも一瞬の出来事だった。
「速い……けど、動きが単純だぜ!」
俺はカナタの剣を押し返しながらマナ視を続ける。
動きは単調でも、速度はある。
このままではジリ貧だ。
何か突破口を見つけたい。
マナ視に集中すると、極細の糸が薄っすらとだが見ることができた。
ファントムロードの時は、頭から一本の魔力線が伸びている感じで、脳は直接命令を送っているように見えたが、この糸は手や肘、肩、膝、足などの体の各所につながっていて、無理矢理体を動かしているように見えた。
さながら、糸で吊るされた人形のように。
アラクネは蜘蛛の魔人。
ということは、つまり……
「糸だ! 糸でコイツらを動かしてるんだ!」
目視不可能な極細の蜘蛛の糸。
俺は高速の剣撃をなんとか避けつつ、一本、また一本とカナタから伸びる糸を断ち斬った。
その度にカナタの動きは悪くなる。
「うそ……」
アラクネの狼狽する声が聞こえた。
余裕が出てきたためチラッと横を見ると、アスカとダンも動きを止めていた。
リリィとプラムが魔法で糸を焼き切ったらしい。
二人の炎は相性がいい。
変幻自在で対象だけを攻撃できるプラムの黒炎に、リリィの超火力を乗せている。
「これで終わりだ!」
カナタの頭から伸びる最後の一本を斬る。
すると、まさに糸が切れたマリオネットのように、カナタはその動きを止め、力なく崩れ落ちた。
「さぁて!」
リリィは杖を構える。
「年貢の納め時じゃ!」
プラムも両手に黒炎を纏わせる。
対するアラクネは狼狽したままだ。
「何で!? 何で来ちゃうの!? 何で邪魔するの!? もう私がやるしかないのに!」
アラクネは泣きながら支離滅裂に叫んでいる。
「むむむ、様子がおかしいですね」
エリーが眉を顰める。
「事情を聞いた方がよろしいのでしょうか?」
マリンも困った顔をして言った。
「……どうする?」
ルナは戦闘中特有の真剣な顔で俺を見ている。
さて、どうしたものか。
もしここが迷宮で、このアラクネが迷宮管理者であれば、アラーネ救出のためにも一刻も早く討伐したいところだ。
しかし、
もしここが普通の森で、何らかの事情があって出現してしまったのであれば、このアラクネから情報を取る必要があるだろう。
意思疎通ができる魔物なんて他にはいないだろうから。
どうしようかと悩んでいると、あるものが目に入った。
狼狽えるアラクネの手首。
そこには腕輪が付けられていた。
見覚えのある、男物の腕輪だった。
「も、もしかして……アラーネ……なのか?」
俺の言葉にその場の全員が驚いた。
中でも一番驚いていたのは……アラクネだった。
明らかに動揺していた。
しかし、アラクネは答えない。
酷く辛そうな、今にも泣き出しそうな顔をしながら、それでも口をつぐんでいる。
俺はゆっくりアラクネの方へ歩み寄った。
「こ、来ないで! お願い! み、見ないで……」
アラクネは自分の顔を手で隠すようにして後退りしながら、俺を拒絶した。
それでも、俺は歩み寄る事をやめなかった。
「アラーネなんだな? ……無事で良かった」
俺はアラクネの前で立ち止まると、優しく微笑んで抱き寄せた。
「うっ……うぐ……お兄ぢゃん……うわーーーん!」
アラクネ……いや、アラーネは腹の底から、大きな声で泣いた。
すごく泣いた。
俺はアラーネが落ち着くまで、優しく、何度も、頭を撫でてやった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら、
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