6.森へ
ハルジオン南部の倉庫街を抜けた先。
本来なら草原が広がり、その奥には、険しくも雄大なグランズロック山脈が、南下を妨げるように連なっている。
はずなのだが……
「ほ、本当に森がある……」
リリィが目を丸くして呟いた。
ルナ、リリィ、マリン、プラム、エリー、そして俺。
六人は森の前で呆然と佇んでいた。
「見たこともない植物ですわ」
マリンが近くにある葉を見ながら言う。
ハルジオンは別名、花の都と呼ばれる程、豊富な種類の草花を目にすることができる。
そんなハルジオンの住人である俺たちにも、見たことがないような草木が生い茂っていた。
「むむむ……こ、これは!? ……間違いありません。これは大昔に絶滅したと言われているモリーユという植物です。そっちの花も絶滅した種のはずです」
そんな馬鹿なといった表情で解説するエリー。
「つまりなんらかの力で、大昔の森がそのまま残っていた、ということじゃな?」
顎に手を当て、珍しく鋭い結論を出すプラム。
俺たちが呆然としていると、森の中から冒険者パーティーと思われるボロボロの集団が、悲壮感を漂わせながら出てきた。
「町……外に出られたのか」
「た、助かった……」
冒険者たちはグッタリとその場に座り込む。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺はその集団に駆け寄る。
「いきなり後方から、魔物寄せの匂い玉を投げつけられたんだ」
「そしたら大量の魔物に襲われて……」
「クソ! あの三人組、許せねぇ!」
話を聞く限り、どうやら彼らは森で何者かの妨害を受けたらしい。
俺たちも遭遇する恐れがあるため、加害者の特徴を聞いておく。
一人は剣を背に携えた逆立つ金髪の青年。
一人は大きな盾を担いだモヒカン頭の大男。
一人は森に入るには不相応な派手な格好をした金髪碧眼の美女。
間違いない……カナタたちだ。
アイツら、俺以外にもこんな事してるのか。
本当に何を考えてんだ。
呆れて物も言えない。
「くっそー! よりにもよってあの三人に先を越されてた!」
リリィが悔しがる。
S難易度に意気込んでいたからな。
でも依頼は俺たちが受けてるから……
って、あれか?
前にトライアスの面々が言ってた卑怯な方法ってやつか?
カナタが思い付きそうな事だ。
でも、そんな事より。
「アラーネが心配だ」
流石にないとは思うが、魔物ではなくカナタに襲われるなんてことも……やっぱり流石にないか。
俺の言葉で、みんなが森の入り口を見つめる。
準備は既にできている。
「行こう」
俺はそう言って先頭を進み、ルナたちも後ろから着いてきた。
俺は焦る気持ちを抑えつつ、深い霧が立ち込める森へと侵入した。
――
「助かったよ、ありがとう」
冒険者たちはそう言って、俺たちが来た道を引き返していった。
森に入ってまだたったの一時間。
それなのに、既に三度も魔物と戦闘になっている。
今回に至っては外で会った人たちと同様、カナタの妨害を受け大量の魔物に襲われている現場に遭遇した。
この森は危険だ。
もし本当にアラーネがこの森に入ったなら、もう一刻の猶予もないだろう。
俺は不安な気持ちを紛らわすように、歩を進めながら疑問を口にした。
「これって……迷宮かな?」
「迷宮!?」
リリィが迷宮という冒険心をくすぐるワードに、間髪入れずに反応した。
「迷宮とは何ですか?」
冒険者歴が浅いマリンは迷宮を知らないらしく、小首をかしげている。
「恐らくそうでしょう」
エリーが俺の疑問を肯定しつつ、迷宮についての解説を始める。
「魔力溜まりはご存知ですか?」
「魔物が生まれる原因の一つですわね」
「そうですね。そうした魔力溜まりの魔力が結晶化する際、稀にその周辺の地形を変化させてしまうケースがあります。それが迷宮と呼ばれる場所です」
なるほど、とマリンとリリィが頷く。
エリーは解説を続ける。
「地形と言いましたが、ギルドでは迷宮は魔物……魔獣に定義されています。知恵のある魔物ですね。迷宮は体内を複雑に入り組ませたり、罠を仕掛け、外からやってくる人や魔物といった侵入者を攻撃し捕食します」
リリィの顔が青ざめる。
「捕食って……食べちゃうの?」
「正確には死んだ獲物から魔力を吸収します。そうして自身を成長させ、さらに多くの獲物を招き入れるんです」
「危険な場所だと分かっていれば、少なくとも人や知恵のある魔物は入らないのでは?」
マリンが難しい顔で聞く。
「釣りと同じで、餌がなければ釣果は期待できません。迷宮の最奥には、その迷宮を維持している魔石や魔晶石が存在します。これは魔道具の作成や大魔法の行使に必要になります」
「なるほど。餌を垂らして獲物を待っているのですね」
「はい。他にも侵入者が落とした武器に魔力を移して魔法具を生み出したりもします。これを売り払えば莫大な富が手に入る……人が迷宮に挑戦する理由はそれです
リリィとマリンはうんうんと頷き合っている。
納得したらしい。
確かに俺が過去にルブルで潜った迷宮は地下十階層の洞窟系の迷宮で、最奥には迷宮管理人が魔石を守護していた。
「やっぱり迷宮だよな」
俺もそうかそうかと頷いた。
しかし、それを否定する者がいた。
「うーん。我が思うに、ここは迷宮ではないぞ?」
プラムだ。
「エリーの話にもあったが、迷宮はもっと入り組んでおるし、罠が全くないのもおかしいのじゃ」
森の入り口でもそうだったけど、いつものポンコツはどこに置いてきたのだろう。
今のプラムは一味違う。
……普段からこれくらい鋭いといいんだが。
「迷宮に生息する魔物には共通点があったり、種類が限られている事が多い。けどこの森には、様々な魔物がいる」
ルナがプラムに同意するように言った。
そう言われてみれば、三度の戦闘では色んな魔物と戦った。
ルブルの迷宮には悪魔系の魔物が多かった。
今回はトラや狼。
蛇にカエル。
巨大な昆虫の魔物。
見たことのない種類が多かったが、ここが普通の森だと言われても納得はできる。
「なるほどな。例えば蜘蛛ばかりの迷宮とか……」
俺がなんとはなしにそう言った瞬間、魔眼の警戒に何かが引っかかった。
「上だ!」
俺の声で一斉に全員が上を警戒する。
「蜘蛛の魔物だよ!」
「見事なフラグ回収ですわ」
警戒を強めるリリィに肩をすくめるマリン。
「またデスアークスパイダー?」
「我にお任せを!」
眉を顰めるルナ、手に黒い炎を灯すプラム。
そんな中、エリーが悲鳴じみた声を上げた。
「ま、待ってください! あれはデスアークスパイダーではありません! 本で読んだ事があります! ドクロのような体に特徴的な角! ここ百年以上発生は確認されていませんが、あれは恐らくカオス・スカル……特A危険度の魔獣です!」
カオス・スカル。
ドクロのような見た目をした蜘蛛の魔 魔獣で、死の象徴と呼ばれていた。
危険度はAを遥かに上回る特A。
特A危険度の魔獣にはある共通点が存在する。
「特A危険度だと!? ってことは……」
俺が叫ぶと同時、俺たちを囲むように無数の魔法陣が出現した。
「気を付けて下さい! カオス・スカルは魔法を使います!」
ドドドドド!!!
魔法陣が出現した地面が柱のように盛り上がり、俺たちを閉じ込める牢獄を作り出した。
「くっそー! 閉じ込められる前に!」
リリィは杖を振り上げ詠唱を始めた。
「待って下さい! こんな森で火属性魔法なんて使ったら大変なことになりますよ!」
「じゃあどうするの!?」
「わ、私が攻撃します!」
リリィを引き留めたエリーは、キリキリと弓を引き絞っている。
凄まじい速度で射出された矢は、しかし、カオス・スカルの硬い外皮を貫くことはできなかった。
キンッという高い音を立て、矢は弾かれる。
「そ、そんな! 特注の鏃を使っているのに!?」
エリーは驚愕し、リリィは立ち上る土の柱を悔しそうに睨んでいる。
「今こそ我の出番じゃ! 【ブラックフレア】!」
プラムは手に生み出した黒い炎をカオス・スカルに向けて放つ。
「ば、馬鹿野郎! 炎はダメだって……」
エリーの忠告を無視した攻撃に、プラム以外の全員がギョッとする。
しかし、みんなの心配を他所に、黒炎は周囲の木々に延焼することなく、カオス・スカルだけを包み込んだ。
「フハハハハ! 我の炎は幻覚魔法! 狙った獲物しか燃やさないのじゃ! ……って、あ、あれ?」
プラムの高笑はすぐに途絶えた。
黒炎は一瞬で掻き消され、中から無傷のカオス・スカルが現れる。
「高いレベルで〈魔法防御〉のスキルを使っているみたい」
難しい顔でルナが言う。
マジかよ。
エリーの矢も凄い威力だったし、プラムの魔法も強力だった。
しかし、全くそれらは通用しなかった。
特A危険度という脅威を前に、まるで蛇に睨まれたカエルの様に身じろぎ一つ取れない。
そんな俺たちに容赦のないカオス・スカルの攻撃が向けられる。
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