2.カナタパーティーの仕事
「…………」
「…………」
「…………」
俺たちは三人並んでギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
以前なら俺の横に立つなんて舐めた真似はさせなかった。
一歩下がらせるか、なんなら俺はどこかの席で休み、コイツらがいい仕事を探してくるのを待っていただろう。
「おいてめぇら、俺様の横に並ぶな。一歩下がりやがれ」
「がっはっは! いいではないか!」
「そうよ。今やカナタと私たちは対等よ」
モヒカン頭の大男と金髪碧眼の成金女は、そんな舐めたことを言って笑いやがった。
「チッ」
俺は舌打ちしつつ掲示板に視線を戻す。
「つーかよぉ。何で依頼に失敗すると金を払わねぇといけねぇんだよ」
「うむ、カナタの言う通りだぞ。この前の幽霊屋敷でハルに手柄を取られたのは痛かった」
「ほんっとムカつくんですけど! 思い出させないで!」
目下、俺たちの怒りの対象はクソ雑魚野郎とこの違約金というルールだ。
先日の幽霊屋敷調査の失敗で、俺たちニューキャッスルは大金を失った。
依頼に失敗すると違約金として報酬の2割を依頼主に支払うことになっていたらしい。
あの館の土地と建物の売値の2割だ。
俺たちは拠点を取り上げられ、町南部のスラムみたいな場所に借り住まいする羽目になった。
……クソ!
思い出したら腹が立ってきた。
イライラする。
だが、俺はこの二人とは違う。
今は金が必要だ。
怒りに任せて適当に行動せず、金を集めて名声を高め、そして使える手下を揃えなきゃならねぇ。
「おっ」
つい声が出た。
脳に電流が走るってやつだ。
名案が閃いた。
「どうした?」
「なになに?」
ダンとアスカが俺の顔を見てくる。
「ククク、馬鹿なお前たちに俺様の名案を授けてやる。いいか? 依頼を受けるから違約金が発生するんだ。なら、先に依頼を成功してから受ければいいんだよ」
俺はニヤリと笑いながら言った。
「……がっはっは! 流石だなカナタ!」
少しの間の後、ダンは高らかに笑った。
コイツは多分分かってねぇな。
「それってまた規約がどうとか、あの眼鏡女に言われるんじゃ……」
アスカはダンとは反対に苦々しい顔をした。
「眼鏡女……あの受付か。今日は見当たらないな」
俺は受付を一瞥してそう答えた。
以前、冒険者階級が低くて依頼が受けられないとか言ってきた青い髪の女だ。
俺の誘いすら断りやがった舐めた女だが、今日は休みらしく忌々しいその姿はない。
「今日なら問題なさそうだな」
俺たちはニヤリと笑みを交わし、改めて掲示板に向き直る。
討伐依頼は受注できない。
それは一旦諦める。
難易度が低い依頼の中で、俺は拠点からも近い町南部の魔物の生態調査をやることに決めた。
「調査なら姿を隠したり記録したりする道具が必要ね」
「ほぼ通り道だ。拠点に寄って装備も用意して行こう」
アスカとダンは勝手に話を進めているが、俺はそれを遮った。
「何言ってやがんだ。このまま行って適当に数えりゃいいだろうが。他の奴に取られる前に終わらせる。スピード重視だ」
俺は二人を嗜めると、さっさとギルドを後にした。
二人もなるほど、流石、とか言いながら付いてくる。
俺たちはその足で町南部の郊外へと向かった。
――
町の外れまでやって来た。
見渡す限りの草原が広がっている。
「おいダン! 何が魔物の調査だ。一匹もいねぇじゃねぇか」
「貴様がこの依頼を選んだのだぞ!?」
「俺様に文句言うんじゃねぇよ! 前に南部で怪しい噂があるって言ってたのはてめぇだろ!」
ダンは馬鹿だからすぐ人のせいにしやがる。
少し考えればここを選んだ理由にも思い当たるだろうが。
「ちょっとうるさいんですけど! 弱い魔物だったら逃げちゃうじゃない!」
「てめぇの声の方がうるせぇよ!」
アスカもいつも自分のことを棚に上げる。
滑稽の二文字がお似合いだ。
俺たちは町を出たところで口論になった。
コイツらは最近になって更に生意気になりやがった。
一度、格の違いってやつを分からせてやるか。
「大体魔物の調査をするのに何の準備もしないなんて…………ヒッ!」
最初に気付いたのはアスカだった。
不機嫌そうにしていたアスカの表情は、俺の背後見た瞬間、一気に青ざめた。
「こ……こいつは……」
次に気付いたのはダンだ。
額に脂汗を垂らし、怯えた目で俺の背後を見ている。
嫌な予感とプレッシャーが背後からヒシヒシと伝わってくる。
俺は一度も振り返らず、町へと駆け出した。
「んな!?」
「ち、ちょっと!」
二人も俺に続いて動いた。
後方からは犬が吠えるような声や、四足獣が駆ける独特なリズムの足音が聞こえてきた。
「カ、カナタ! エビルウルフだ! 少なくとも20匹はいるぞ!」
「一人で逃げるとか信じられないんですけど! 戦いなさいよ!」
「うるせぇ! てめぇらが騒ぐから狙われたんだろうが! 責任取りやがれ!」
俺は一切振り返らず、町の方へとひた走った。
エビルウルフはルブルでは極めて危険視されている魔物だ。
体長は二、三メートル。
単体ではそこまで脅威にはならないが、十匹前後の群れで狩りをする。
統率された動きで格上の魔物でも躊躇なく襲う危険な魔物だ。
それが20匹。
動きの素早いエビルウルフでは、タメが大きい俺の必殺技では一掃するのが難しい。
何とか町まで行き、町民が襲われている間に逃げ切る。
それしかねぇ。
そう思って全力で町まで走ったが、後少しのところで追いつかれ包囲されてしまった。
「くそっ! やるしかないぞ!」
「無理無理無理無理! こんな数のエビルウルフ相手にどうやって戦うのよ!?」
青ざめながら拳を握るダンとアスカ。
何の準備もしていないこの二人は、呆れたことに装備すら持っていない。
「どうして町の外に出るのに装備すらしてねぇんだ!?」
「な、なんだと!?」
「私は準備しようって言ったんですけど!」
クソが!
いつもいつも足を引っ張りやがって!
こうなったらこいつらを囮にして、何とか俺だけでも生き残るぞ!
この場を切り抜けるべく頭を回していると、エビルウルフは俺たちの周りを旋回し始めた。
そして……
「グガァァァァア!!!」
一斉に躍りかかってきた。
――
魔物の調査では、緊急で討伐が必要な魔物が現れない限り、なるべく戦闘は避け、どんな魔物がどれくらいの数生息しているかを記録していく。
勘づかれて襲われないよう、消臭したり、隠れたりできるような道具が必要になる。
「これでいいか」
「うん」
俺とルナはギルド近くの商店で道具を買い揃え、町の南部へと向かった。
倉庫街をルナと歩いていると、アラーネと出会った時のことを思い出す。
「そういえばアラーネと初めて会ったのもこの辺だったな」
「うん。あの時は驚いた」
「そうだよな。あんな小さい子が倒れてたんだもんな」
「元気になってよかった」
ルナは少し嬉しそうに言った。
俺も元気に頑張ってると思う。
でも心配だ。
思い出せないというのは、それだけでストレスだろう。
早く何とかしてやらないと。
ローガンさんの噂を信じる訳ではないが、森があるという話にアラーネは反応していた。
もしかしたら本当に……
「ハル。声が聞こえる」
考え込んでいると、ルナが真剣な顔をして言った。
……確かに聞こえる。
町の外からだ。
何か言い争ってるみたいだ。
「行ってみよう」
俺がそう言うと、ルナは真剣な顔のまま頷いた。
――
急いで駆けつけると、町のすぐ外で魔物に襲われている三人の男女の姿があった。
「エビルウルフ」
ルナが静かに言った。
「エビルウルフだと!? あれ全部か!?」
数匹の大きな狼が三人組を囲うように旋回し、その奥にも沢山の影があった。
「俺は突っ込んであの人たちを守るように動く! ルナはどんどん倒してくれ!」
「了解」
言葉少なに動きを決め、俺は旋回するエビルウルフに背後から斬りかかった。
一匹を確実に剣で仕留め、そのまま襲われている人たちの前に出る。
「大丈夫ですか!? 後は任せて!」
「おお、感謝する!」
「た、助かったぁ」
大男と金髪の女性が安堵の声を漏らしていた。
そりゃこの数に襲われたら死を覚悟するよな。
「【アイス】!」
俺は周囲の地面を凍らせた。
エビルウルフは氷の床に足を取られ、次々と転倒する。
「【氷華槍魔法】」
転倒したエビルウルフは、降り注ぐ氷華の槍に射抜かれていく。
「グオオォォォォオオオオオ!!!」
後方で待機していた狼は氷の地面を避け、宙を駆けるように飛び込んでくる。
俺は『マナ視の魔眼』を開眼し、その動きを予測する。
危険な攻撃だけを捌きつつ、背後の三人に攻撃が向かないよう立ち回った。
俺の剣とルナの魔法で十匹ほど倒したところで、エビルウルフの群れは逃走に入った。
しかし、ここで逃がしてしまうと、また他の場所で被害が出てしまう。
「ルナ!」
「【大氷華結晶魔法】」
逃げ出そうとしたエビルウルフの群れの足元に、巨大な魔法陣が出現した。
ちょうど群れ囲む程度のサイズだ。
そして次の瞬間、一輪の氷の華が咲いた。
エビルウルフの群れはなす術もなく、氷の華の中に閉じ込められたのだった。
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