17.大蛇の討伐戦
キングサーペント。
ギルドが定める危険度はAで、ファントムロードと同格である。
体長は平均で15メートル前後。
大きいものでは20メートルを超える個体も確認されている。
そしてブラックベアや巨大な牙猪のような大型の巨大な魔物でも即死する、強力な毒を持つ。
毒々しい色に特徴的な紋様。
森でこの紋様を目にしては、生きては帰れないと言われている。
――
突如として現れたキングサーペント。
その個体は平均よりやや大きい。
堂々と首を伸び上がらせ、威嚇を織り交ぜつつ人の群れを睥睨する。
「う、うわあああああ!!」
一人の男が悲鳴を上げる。
キングサーペントの視界に入ったのは、腰を抜かす男と……無惨な我が子の死体。
「ま、まじかよ!」
驚愕しつつ剣を構える男。
その男の剣には……我が子の血糊。
魔物に知性はないと言われているが、その大蛇はまるで我が子の死に悼み、怒り狂ったかのように、剣を構える男……ルディッツに襲い掛かった。
「く、くそっ! こいつは逃げきれない! 迎撃するぞ!」
強力な一撃目を必死に避けたルディッツは、他のメンバーに迎撃態勢をとるよう指示を出す。
しかし彼の言葉だけでは、この場の恐怖を払拭することは出来なかった。
「む、無理っス! 俺には何も出来ないっスよ!」
及び腰のまま、何とか逃げようとしていた盗賊風の男、ソルトが悲鳴じみた声を上げている。
情けない……と彼を蔑むのは気の毒だろう。
迷宮探索では有能な彼だが、こと戦闘に於いては出来ることは少ない。
せいぜいが仲間の魔法使いの詠唱時間を稼ぐための盾になることくらいか。
その魔法使いの少女、ミーシャも動揺を隠しきれていない。
「ア、【アースソーン】!」
震える声で詠唱された土属性魔法。
地面から突き出す棘が大蛇を貫こうとするが、スピードも、タイミングも、精度も、全てがお粗末だった。
そもそも詠唱魔法を高速で動く的に当てるのは難しい。
そんな考えなしの攻撃を、大蛇は余裕をもって回避した。
ダメージを与えるどころか、前衛の視界を遮る最悪の状況を生み出してしまった。
「馬鹿野郎! 何やってん……ガハッ!?」
敵の動きを把握できなかったルディッツは、棘を避ける大蛇の動きに巻き込まれてしまう。
その巨躯に体当たりされた格好となり、切り立つ壁に突き飛ばされた。
前衛で身動きが取れず孤立するルディッツ。
援護も指示も出来ないソルト。
考えなしに魔法を連発するミーシャ。
彼らの脳裏には、「全滅」の二文字がよぎっていたことだろう。
キングサーペントはそんな彼らの抵抗を嘲笑うように、最初のターゲットを仕留めにかかる。
「く、来るな! 誰か! た、助けてくれ!!」
怯えるルディッツに巨躯が踊り掛かる。
仲間たちは動けない。
もうダメだと。
リーダーが死に、次は自分たちだと。
彼らは……諦めた。
しかし、大蛇とルディッツの間に割って入る影があった。
「うぉぉぉおおお!!!」
――
「シュララララ!」
現れたキングサーペントが暴れ始めた。
というか、キングサーペントだと!?
ビッグサーペントでも驚いてたってのに、さらに上位種かよ!
俺はどうしようもない文句を心中で吐露しつつ、リリィと作戦を立てる。
「リリィ! いつも通り俺が引き付ける! お前の魔法でいけるか!?」
「む、無理だよ! あんなに早く動くやつには簡単に大技は当てられない! 弱い魔法じゃ効果ないだろうし」
すぐさま飛び込もうとする俺の手を掴み、リリィが慌てたようにそう言った。
確かにそりゃそうか。
最近は魔力の制御もかなり上達してはいるが、巨大な牙猪のような直線的な動きをする魔物でも当てるのが難しかったんだ。
不規則に、うねるように動くキングサーペントに大技を当てるなんて無理か。
でも、さっきの女魔法使いが使っていた土属性魔法……あれなら何とかなるんじゃないか?
俺はルナの書庫で生活していた時に読んだ本の内容を思い出していた。
「大丈夫だ! 俺がチャンスを作るから、リリィは焦らず待っててくれ!」
「ほ、本当に大丈夫なの!?」
「任せろ……最高の見せ場を用意してやるよ! それとも、ビビってんのか?」
不安そうに俺の手を握るリリィを安心させるよう、俺は挑発を混ぜて笑った。
「はぁ!? アンタは何でいつもこういう時に変なこと言うの!? ……もういいよ! やってやろうじゃんか!」
煽られることに耐性のないリリィは、俺の手をブンと振り払い、腕ん組んで偉そうにそう返してきた。
そうこなくっちゃ!
俺はそんな太々しいリリィに頼もしさを感じた。
「く、来るな! 誰か! た、助けてくれ!!」
男の悲鳴が聞こえそちらを見ると、キングサーペントの大きな口がルディッツを丸呑みにしようと襲い掛かっていた。
大きな体を上手く使って逃げ場を封じられていて、なす術がなさそうだ。
俺は咄嗟に動き出した。
自分の足に闘気を集中させて、一気に駆け抜けた。
正直気に入らない連中だったけど、見捨てるのは違うだろ!
「うぉぉぉおおお!!!」
俺は長く伸びるキングサーペントの舌を狙って剣を振り抜く。
確かな手ごたえの後、切断された舌が宙を舞い、キングサーペントは悲痛な声を上げながら後退していく。
「お、お前……何で!?」
驚いているルディッツを尻目に、俺は後退るキングサーペントを追撃する。
しかし、俺の剣はキングサーペントの鱗に弾かれてしまった。
柔らかそうな腹部でも刃が通らない。
まじかよ。
闘気で強化済みなんだけど……
これはリリィの魔法でもダメかもしれない。
俺がそう思った瞬間、後方から大音声が響いた。
「ハル! 一発いくよ!」
俺はその声を聞き、一度キングサーペントの前から飛び退いた。
「【ビッグファイヤーボール】!」
俺が引いた直後、巨大な火球がキングサーペントに直撃する。
「シャアアアア!!!」
ボワっと炎が立ち上り、奇声を上げるキングサーペントを焼き尽くした。
ふぅ、やったか。
俺の脳裏にそんな考えがよぎる。
しかし、次の瞬間にはその考えは甘いと思い知らされた。
焼かれる身を激しく捩り、リリィの炎を鎮火したキングサーペント。
「流石に一撃じゃ無理か。ならもう一度……」
「ま、待て! よく見ろ!」
俺がキングサーペントに向けて駆け出そうとしたところを、トライアスのルディッツが呼び止める。
「き、効いてないっスよ!?」
ソルトも悲鳴じみた声をあげていた。
そう。
効いてない。
キングサーペントの身体には火傷の痕すら無かった。
「嘘!? 思いっきりやったのに!?」
リリィも驚愕している。
確かにあの【ビッグファイヤーボール】は以前と比べてかなり火力が上がっていたと思う。
それなのに無傷だった。
「ジュラララララ!!!」
怯んだ俺たちの隙を見逃すことなく、キングサーペントは目を血走らせながら後方のリリィへと標的を変更した。
「んな!?」
目の前の俺たちではなく、後ろのリリィを狙った!?
この前のファントムロードもそうだったが、魔物にこんな知性なんてないはずじゃ……
「こいつ魔物のくせに、何でこんな動きを!?」
「何言ってんだ!? キングサーペントのようなA危険度は魔物ではなく魔獣だ! 知恵が回って厄介なんだぞ!」
「マジかよ!? クソ!」
ルディッツからの答えに動揺しつつ、俺はリリィのフォローに戻る。
ルブルでは魔物と魔獣にそんな区別なんてなかった。
ゴブリンのように本能で集団行動を取る魔物はいたが、知恵のある奴なんていなかった。
「キャアア! こっち来んなぁぁ!」
リリィが大慌てで襲い掛かるキングサーペントから逃げる。
基本的に詠唱魔法しか使えないリリィでは、接近戦は無理だ。
何とか追いついて引きつけないと。
「シャアアアア!!!」
どんどんとリリィを追い詰めるキングサーペント。
全力で体を強化して駆けつけるも、このままでは間に合わない。
どうする!?
闘気を込めた斬撃でもびくともしなかったんだ、きっと俺の使える初級魔法なんかじゃ足止めにもならないぞ!
必死で思考を巡らせ、一か八かの賭けに出る。
リリィに向けて手を突き出し叫んだ。
「【ウィンド】!」
「ふぎゃっ!?」
ありったけの魔力を込めた初級風魔法は、リリの側面から衝撃波のような突風をぶつけた。
間一髪、リリィは横から突き飛ばされたかのように、キングサーペントの動線上から外れ、直後に大きく開いた口が、そのすぐ横を通過した。
「きゃああ……え? ハル?」
「悪い! 少し乱暴だったけど、生きてたってことで勘弁してくれ」
横に突き飛ばされたリリィを、俺はガシッとキャッチしてそう言った。
上手くいってよかった。
初級魔法の応用の一つだが、自分から離れた場所に魔法を発動させる技術だ。
ルナにもらった参考書を読んでも原理が理解できず、これまで一度も成功しなかった。
以前、リリィにコツを聞いた時は「え? そんなの感覚だよ」と、全く参考にならない答えをもらっていたが、今回で原理がやっと分かった。
戦闘中で『マナ視の魔眼』を開眼していたおかげだろう。
自分の手からマナが高速で飛んでいくのが見え、目標地点で魔法が発動したのだ。
いや、これ普通に難しいぞ。
これを「感覚だよ」で済ませているから魔法使いの人口が増えないんじゃないか?
俺はそんなことを考えながら、感覚派のリリィを見る。
リリィは助かってホッとしたのか、顔を赤くして目を潤ませた。
「安心するのはまだ早いぞ! トドメはお前の仕事だ! 高台の上がれ!」
リリィは大きく頷くと、高台へ駆け出した。
「魔法使いの……えっと、ミーシャさん!」
「え!? はい!」
「俺が次に奴の動きを止めたら、土のドームで閉じ込めて下さい!」
トライアスのミーシャは、俺の突然の指示に戸惑っている。
「で、でも私の魔法じゃすぐに壊されてしまいます!」
「出来る限り頑丈に作ってくれればそれで大丈夫です!」
「は、はい!」
半ば強引に承諾させた俺は、こちらを睨み付ける大蛇の前で改めて剣を構えた。
マナの視認は出来ている。
動きは速いが、気合いで合わせろ!
「シャアアアア!」
高速で踊りかかるキングサーペント。
逃げ道を封じるように身を翻し、先程ルディッツにしたように、切り立った高大の壁に追い詰めてくる。
そして、俺を丸呑みにしようと顎を目一杯開き、ものすごい速度で突進してきた。
その動きを読んでいた俺は、なんとか反応し、突進してくる顔の横に飛んだ。
キングサーペントは壁にぶつかる直前で胴をくねらせて顔の向きを変え、再び俺を捕捉しようとした。
その一瞬の隙をつき、俺は体表で唯一刃が通りそうな目に剣を突き立てた。
舌を切られた時より数段大きな奇声を上げ、動きを止めるキングサーペント。
「ミーシャさん! 今だ! なるべく維持してくれ!」
「は、はい! ……母なる大地よ。その姿を変えて敵を捉えよ! 【アースドーム】!」
詠唱のすぐ後、キングサーペントの周囲の土が一気に盛り上がり、半球のドームを形成した。
「リリィ! 特大のを打ち込め!」
「分かった!」
高台の上で肩を上下させていたリリィは、短く呼吸を整えた。
「全てを燃やし尽くす炎を圧縮し、超高温の爆撃にて敵を消滅せよ……【フレイムグレネード】!」
超圧縮された手のひらサイズの火球がリリィの杖から放たれる。
それは完全に閉じる寸前の土のドームに吸い込まれた。
次の瞬間、ドームが閉じると同時にゴッ!という音が響く。
土のドーム越しにも凄まじい熱を感じた。
爆発の威力も相当だった。
爆発に耐えきれなかった土のドームに亀裂が入り、そしてすぐに吹き飛んだ。
ドームの跡には逃げ場なく身体の中まで焼かれ、即死したキングサーペントだった物が倒れていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
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