13.ポンコツのサキュバス
幽霊屋敷調査の翌日。
俺は朝から館の掃除をしていた。
「ふぅ、レイスの〈妨害〉……本当に厄介だな」
俺は館から運び出した重たい家財道具を下ろしながらそうぼやいた。
館内はファントムロードが呼び出したレイスによって要塞化していて、大量の家財道具等が散乱している状態だった。
昨日は不気味でしょうがなかったそれらも、今はひたすら邪魔でしかない。
いくら運び出してもキリがない程の物量で、どこから掻き集めたのかと呆れるほどだった。
この館はルナが購入することになっている。
だから俺が片付けることもないんだが、今までルナにお世話になっていたということもあって、率先して掃除を買って出たのだった。
そうして頑張っていたんだけど……
本当に片付かない……
片付け始めてからすでに一時間近く経過している。
それにも関わらず、一向に終わりが見えない。
流石におかしいと思い始めた時、その原因を目の当たりにした。
「おかしい、おかしいぞ……いくら我が片付けても一向に庭のゴミがなくならない! もしやまだ館にファントムロードが潜んで……」
玄関を出てすぐのところ。
互いにゴミを抱えた状態。
「プ、ププラムさん……なな、何やってるんですか?」
俺は慌ててプラムさんから目を逸らしつつそう聞いた。
薄紫色のロングパーマに暗紫色の角。
コウモリのような翼に特徴的な細長い尾。
そして、世の男が女性の体はこうあるべきと思い描くような、妖艶で豊満な肢体を露出の多いボンテージ衣装でかろうじて隠している。
ヒカリエの女性陣はリリィ以外すごくスタイルがいい。
その中でも一番であるマリンに勝らずとも劣らないほど、締まるところは締まり、出るところはムチっと出ていて、とても扇情的なお身体だった。
昨日は緊急事態で、且つ館内も暗かったから普通に話せていたが、こんな美人でエロい格好の女性をまともに視界に入れようものなら、俺のガラスの思春期童貞心はあっという間に砕かれてしまう。
つい先日もエリーさんにからかわれて死に目を見たばかりだ。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、プラムさんは俺の質問にハッキリとした口調で答えた。
「ハル様大変です! 我はこの庭の掃除をしていたのじゃが、館内に片付けても片付けても一向にゴミがなくならんのじゃ! まだどこかにファントムロードが潜んでいるかもしれん! ハル様も気を付けて……」
「お前かぁぁぁぁぁぁ!!」
「ええ!?」
俺の叫びに驚くプラムさん。
どうやら俺が運び出していた物をわざわざ館内に戻していたらしい。
気付けよ!
俺が運んでるとこ見てなかったのか!?
なるべくプラムさんを見ないようにしていた俺が気付かなかったのは仕方がないと思う。
が、何度かすれ違っているしプラムさんは気付くだろ!
俺は自分のことを棚に上げてプラムさんを叱りつけた。
「す、すまん……この通りじゃ」
「い、いや、そそ、そこまでしなくても……」
プラムさんは地に頭をつける勢いで謝ってきた。
土下座するプラムさんに俺は慌てて頭を上げるように促す。
この人は俺に仕えたいとかよく分からないことを言っていたが、こんなエロい人が自分の言いなりだとか少し考えただけで鼻血が止まらなくなりそうだからやめてほしい。
プラムさんの艶やかな肌をついチラチラ見ながらそんなことを考えていた俺に、ブツブツと何かを呟く声が聞こえた。
「はぁはぁ……また失敗してしまった……この後しつけと称して鞭でお仕置きされるかもしれない……そのまま強引に体を求められるかもしれない……我は抵抗するも敵わず、身も心も蹂躙されてしまうかもしれない……はぁはぁ」
ん?
俺の耳がおかしかったのかな?
俺はよく分からない言葉を必死に理解しようとしながら、ゆっくりと跪くプラムさんに視線を向ける。
そこには荒い息を吐き、頬を熱らせ、何やらモジモジしながら土下座をしている……何とも言えない悪魔がいた。
「え? プ、プラムさん?」
「あ……す、すまぬ! つい我の悪癖が出てしまった! お詫びに我々お踏みください!」
「……え?」
「あ……」
一瞬の静寂。
「と、とりあえず、まずは館内を片付けるから。俺の指示に従ってください」
「わ、分かったのじゃ!」
気まずい沈黙を誤魔化し、俺たちは館内の掃除を再開した。
しかし、俺はすでにこの悪魔を疑い始めていた。
――
プラムさんと館の掃除をする。
二人がかりなら効率的に作業を進められる。
そう考えていた時期が俺にもありました。
大きなテーブルをプラムさんと外に運び出そうとすれば……
「お、これ結構重たいな。プラムさん、一緒に持って……」
「そういうことなら、窓から投げれば早いのじゃ!」
「え、ちょ、待っ……ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
テーブル諸共、窓から放り出された。
館の外壁に這っていた蔦を除去しようとすれば……
「この蔦……梯子でもないと上の方まで届かないな……」
「草なら我の火魔法で!」
「待て待て待て待てぇぇぇ!!」
危うく館を放火しそうになる。
悉く何かをやらかすプラムさん。
その度に謝ってはくれるのだが、
「……はぁはぁ、この失敗を理由にお仕置きされるかもしれない……掃除もろくにできない使い魔など館には不要、体で稼いでこいと言われるかもしれない……もしかしたら売られてしまうかもしれない……売られた先で酷い目に遭わされる、しかしハル様を忘れられない……そんなことは承知の上でハル様は我を……あぁ……」
と、意味不明なことをブツブツと、そしてモジモジと頬を赤らめて呟く始末。
こいつはヤバいな。
プラムさんの行動や言動が、疑念が確信へと変えた。
この人はドジなだけじゃない。
……妄想癖ドMポンコツだ。
超美人でスタイルも良く、サキュバスという男の欲望の塊みたいな人だったのに、なんて残念な悪魔なんだ。
チラチラと期待の眼差しを向けてくるプラムさん。
きっとお仕置きを期待しているだろう。
最初のドキドキはどこかに消え失せた。
周りにクセの強い女性しかいないおかげで、幸か不幸か思春期童貞心の平静は保たれているのであった。
――
「なんとか形だけは片付いたな」
「足を引っ張ってばかりで申し訳ないのじゃ」
夕焼けに彩られた館の前でホッと一息つく俺に、プラムは申し訳なさそうに言ってきた。
あれからも残念サキュバスのプラムと館の掃除を続けたんだけど、全然進まなかった。
どこかを片付ける度に他の場所が散らかる。
ワザとやってるのかとも思ったが違った。
俺がこの短時間でタメ口になっていることからも分かると思うが、この人本当にポンコツだった。
休憩している時にファントムロードに捕まった経緯を聞いたが、呆れたよ。
飛び蹴りとか……
え?
俺はカナタたちに釣られただけだから違うよ?
結局片付いたのは吹き抜けの玄関ロビー、そして一、二階の廊下のみ……
正直一人でやった方が遥かに楽だったと思う。
せめてルナとプラムが使う部屋くらいは綺麗にしてやりたかった。
「おーい! 片付けは順調?」
声の方を見ると、リリィが手を振りながら駆けてきた。
その後方にはルナとマリンの姿も見える。
「んー……ボチボチだな」
少しだけ悩んだが、俺はプラムの名誉のために明言は避けた。
もしかしたら、ダメ出しした方がこの人は喜んだかもしれないが。
「そっちはどうなったんだ?」
「滞りなく、この館と敷地はルナの所有物になりましたわ」
さっさと話題を変える俺に、マリンがそう返してきた。
「いい買い物をした」
ルナも満足そうだ。
「それで、格安って言ってたけどいくらになったんだ?」
確か依頼報酬は掲載金額よりさらに安くなるって感じだったはず。
「それは……」
「き、聞かない方がいいよ! ……自信無くすから」
俺の質問に答えようとするルナを遮り、リリィが青い顔をしながらそう言った。
な、なるほど。
リリィの反応でおおよそ理解した。
タダ同然でもらえるのかと思っていたが、これだけの敷地だ。
安い訳がない、ということか。
Sランク冒険者の懐事情を目の当たりにし、俺は苦笑するしかなかった。
「と、取り敢えず、プラムは当分ここに住みたいらしいし、俺も時間がある時は片付けの手伝いに来るよ。そうすればすぐ片付くだろ」
俺は気を取り直してそう言った。
またプラムがドジして散らかす前に片付けを済ませたいと、という意味も込めている。
俺の言葉にルナは少し悩んでから口を開く。
「……この館にはハルと住もうと考えてるから、あの悪魔は……」
「「「「ええ!?」」」」
ルナの爆弾発言に、俺を含めた全員が一斉に驚愕した。
「は、初耳なんだけど……」
「ちょっと待って! ハルと住むってどういうこと!?」
「それでは大前提が崩れますわ!」
「わ、我はどうすれば……」
混乱する一同。
いや確かに、よく考えたらそもそもおかしかった。
あんな良い場所に良い部屋を借りていて、何不自由ないルナがなんでこの館を買うんだって話だ。
この依頼をクリアしても、俺の住まいに関しては何も解決しない。
なぜ気付かなかったんだ。
俺が脳内でそんなことを考えていると、リリィとマリンが慌てた様子で言い出した。
「そ、それなアタシも……アタシも一緒に住む!」
「わ、わたくしも二人の姉としてここに住みますわ」
「え? いや……」
「お、お願いだよ! アタシもうあんな倉庫みたいな部屋に住みたくないし!」
「ハルには責任を……いえ、ここならわたくしが副業で使う部屋もありそうですし」
「でも、私とハルで……」
「いやいや、みんなで住んだ方がきっと楽しいよ!」
「リリィの言う通りですわ。これほどの広さですし、人手は多い方がいいはずです」
ズイズイとルナに詰め寄り、何やら必死に言い募る二人。
まぁ、確かに広いし、綺麗に片付ければ住みやすそうだもんな。
結局、二人の必死さに負けた形で、リリィとマリン、ついでにプラムもこの館に住むことになった。
……あれ?
男子一人に女子四人?
あれれ?
俺は急激に早鐘を打つ心臓に戸惑いつつ、仲間たちへと目を向ける。
そこにいたのは残念な超絶人見知り、すぐ怒るツンデレ幼女、ドSな女の子好き、それに妄想癖ドMポンコツだ。
そんな四人を見て、何故か俺の思春期童貞心の平静は保たれたのだった。
「面白かった!」
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