6.物件探し
「これはこれはヒカリエの皆様ですか。いつもご活躍を楽しみに……おや? もしやあなたはハルさんですかな!?」
ここは町の不動産屋。
「なるほどなるほど。ハルさんの新居を探していらっしゃると。お任せください」
いそいそと書類を探し始める不動産屋の主人。
「変態のくせして有名人だね」と、リリィの冷たい言葉が背中を刺す。
「この男の所業を町に広げる……うふふ、これも気持ちよさそうですわ」と、さっきから嫌な妄想を繰り返すマリン。
ルナは寂しそうに黙ったまま、落ち込んでいる。
ルナの家からの強制退去が決定し、俺はリリィとマリンに連れられて町の不動産屋を訪れていた。
エリーは流石に仕事を抜けることはできず、
「リリィさん! マリンさん! くれぐれもよろしくお願いします!」
と、二人に後を託す形となった。
何をお願いしてんだよ。
ただ、文句を言いつつも、俺もこのままではいけないとは思っていた。
ソロで依頼を受けようとしたことも、自分の冒険者ランクを上げて自立しようと考えたからだ。
誰から見ても可愛いルナとの共同生活。
他人から見れば羨ましいこの生活も、純粋な俺に取っては、煩悩との壮絶な戦いの日々だった。
過程はどうあれ、これはいい機会だと考えよう。
そういう心づもりで待っていると……
「これなんていかがですかな?」
そう言って不動産屋は数枚の紙をテーブルに並べた。
「どれどれー」
俺が見るより先に、リリィとマリンがその紙を取り上げてチェックする。
「ええ!? 部屋にお風呂がある!? キッチンとご飯の部屋が別!?」と、間取りを見て驚愕するリリィ。
「このような良物件、この男には分不相応ですわ」と、呆れた顔をするマリン。
「ちょっと待って、俺にも見せろって」
二人から紙を奪い取り確認する。
「へぇ、いい間取りじゃん。ルナの部屋ほどじゃないけど……げっ!? 月々の家賃が20万J!?」
俺はその高額な家賃に驚愕した。
だって金貨二枚だぞ!?
何度も言うが、俺たちは四人チームで依頼を受けている。
それはつまり、報酬も四等分ということだ。
個人向けのB難易度討伐依頼の報酬が多くても10万J、金貨一枚だ。
つまり、一度の依頼での一人当たりの取り分は2万5千Jで、銀貨30枚にも満たない。
週四日、一月で十二日が冒険者としての活動日数だが、B難易度ほどの依頼になると、基本的には移動や討伐に要する時間が長くなる。
B難易度だと四日フルで使うことも珍しくない。
そうなると、一月の収入は10J。
金貨一枚だ。
とてもではないが、家賃に金貨二枚なんて払えない。
ちなみに、パーティー推奨のB難易度討伐依頼は、平均で2〜30万J。
報酬がいいものを選んで受注すれば、家賃に金貨二枚出すことも不可能ではなくなる。
週の三日はカフェで働いている訳だが、カフェの仕事はクラン経営の支えで、利益は全て、王都に返り咲くための軍資金になるそうだ。
よって給料は出ない。
勤務中の賄いがあるだけだ。
俺としてもそれには不満はない。
ただ、まさか部屋を借りるのにこんなにお金がかかるなんてことは知らなかった。
「今お出ししたのはハルジオン北部にある物件です。中央部と並んで町内でも裕福な層が住まうエリアですな。ヒカリエのハルさんでしたら問題ないかと考えましたが……」
「問題大有りだね」
「この男には無理ですわ」
クスクスと笑うリリィとマリン。
この時初めて知ったことなんだが、ハルジオンは領主が居を構えるほど大きな町らしい。
領主の屋敷がある中央部、そして他の町への街道が伸びている北部や東部には、ギルドや警備隊の詰所など、主要な施設が集中している。
その影響で治安がいい。
元々平和な町だけど、南北ではそれなりに格差があるようだった。
ちなみにルナの家は北部。
ギルドからも近く、かなり便利な立地だった。
マリンはヒカリエから近い東部に住んでいるらしい。
さすがは人気ブランドを持つデザイナーだ。
「リリィは?」
俺の質問にそれまで笑っていたリリィはバツが悪そうにしなが、
「……南部だけど」
と言い、悔しそうにしながらルナの胸に泣きついていた。
そんなリリィを笑ってやろうかとも思ったが、明日は我が身だ。
俺も笑っていられる状況じゃない。
「南部の資料ってあります?」
「南部ですか? あんまりいい物件はございませんよ」
俺の質問にそう答えながら、何枚か間取りの書いてある書類を持ってきてくれる。
「風呂トイレなし、ワンリームでキッチンと寝室が同じ、それでも8万前後? マジかよ……」
もはやただの物置。
そんな物件ばかりだった。
「そのあたりは住居というより、商売をする者の工場や倉庫などが多いのです」
そう苦笑しながら不動産屋が言う。
「変態にはお似合いですわ。しばらくはその物置で反省しなさい」
「あ、あの……アタシもそこに住んでるんだけど……」
目を潤ませるリリィを見て、マリンはうふふと恍惚な笑みを浮かべている。
それは置いておいて。
「うーん。俺としてはさっきの部屋の方がいいな。というか、ルナが住んでる部屋と同じくらいじゃないと嫌なんだけど」
「ハル、身の程を弁えなさい。そんなことばかり言っているから、ルナがあなたを甘やかすのです」
「ぐっ……」
俺のわがままに珍しく正論を口にするマリン。
俺はそんなマリンに言い返せない。
引っ越した方がいい。
けど物置には住みたくない。
そんな葛藤を頭の中で繰り広げていると、リリィが一枚の紙を見つけて叫ぶ。
「え!? 何これ!?」
リリィが指差す「大特価販売中」と書かれている紙にみんなが注目する。
その紙は、町の東部に建っている館の売り情報だった。
「おいおい、部屋を借りることもままならない俺が、そんなの買える訳……」
「ええ!? 何ですかこの価格!? 少し町はずれとはいえ、東部にこれだけの規模のお屋敷に広い敷地……ですのに、この価格!?」
俺の言葉を遮りマリンが驚愕する。
マリンたちがその紙を取り上げて見入っているため金額は確認できないが、どうやらかなり安価ですごい物件が売りに出ているらしい。
でもそういうのって……
俺が訝しんでいると、不動産屋が語り始めた。
「ああ、その物件ですか。そちらは幽霊屋敷と呼ばれていまして、俗に言う訳アリ物件ですな。元々は王都の貴族がこの町に趣味の狩猟にくる際に使用していた別荘だったのですが」
不動産屋の話では、十数年前までは、王都の貴族が使用していた別荘らしい。
しかし、その貴族は貴族間の争いに敗れて蒸発してしまった。
その後買い取った者が館で謎の死を遂げる。
そういった事態が何度か繰り返され、いつしか幽霊屋敷と呼ばれるようになったとのこと。
この不動産屋は安値で購入したこの館を、噂が無くなった数年後に売りに出そうとしていたらしい。
「じゃあなんで今売りに出してるの?」
リリィの疑問はみんなも同様だった。
うんうんと頷きながら不動産屋を見る。
「実はこの物件を購入した去年から、住んでもいないのに不吉なことが身の回りで起きるようになってしまいまして、さっさと売ってしまおうと判断したのです。先日もギルドに発注していた『原因を解明したら安値のまま販売する』という依頼が受注されたのですが、その冒険者も音沙汰がありません」
…………
こっわ!
死人まで出てるのかよ!
そんなとこ、住めたもんじゃないな。
俺がその事実に怯えていると、今まで黙っていたルナが一枚の紙を不動産屋に差し出す。
そこにはルナの筆跡で、
『私がその依頼を受ける』
と書かれていた。
筆談かよ!
とツッコミを入れるのを我慢して、俺はルナを引き連れ店の隅に移動する。
「おい! お前何考えてんだ! 人が死んでんだぞ!」
小声で問う俺に、ルナは静かに、しかし自信満々に答える。
「私は以前も幽霊騒ぎを解決したことがある。だから任せてほしい」
何言ってんだこいつ!?
俺が何とか踏みとどまらせようとするも、ルナの決意は固かった。
「私がこの幽霊屋敷の謎を解き、この館を購入する。ハルは安心して待ってて」
そう言ったルナの顔は、少しだけ笑っているように見えた。
俺はその顔に見惚れてしまう。
「リリィ、マリン、行ってくる」
俺が固まっている間に、ルナはリリィとマリンに声をかけ、一人で店を出て行ってしまう。
「ち、ちょっと待ってよ!」
「ルナ! お待ちください!」
二人は慌ててルナを追って店を出る。
一人取り残される俺。
「ハルさん……ど、どうしますか?」
勝手に話が進み困った顔の不動産屋。
「あはは……ここは俺たち『チーム月光』に任せてください」
俺は引きつった笑顔でそう答え、三人を追って店を後にしたのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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