5.ハルの住まい
「絶対に出ると思うんですけど……やっぱり帰ろうよ……」
怯えた少女の声が、暗い廊下に響く。
床が軋む度、少女は声にならない悲鳴を上げている。
「がっはっは! アスカは相変わらずだな!」
そんな少女を笑う大男。
その豪快な笑い声は、フロア全体に響き渡った。
「おいてめぇら! さっきからうるせぇんだよ! 獲物が逃げたらどうすんだ!」
相当ストレスが溜まっていたのか、逆立つ金髪の青年が発した怒号は、館の外まで届くほどだった。
一見豪華な身なりの三人組だが、冒険者として依頼を受けているにしては、あまりにも軽装だ。
なにせ三人のうち二人は、丸腰なのだから。
三人組は広間に足を踏み入れた瞬間、サーッと周囲の温度が下がるのを感じた。
「きゃあ! ……やっぱりもう無理……アンデット……ううん、絶対ゴーストだよぉ……お願い帰ろう」
「がっはっは! 俺がこの拳で! 悪霊退治してやろう!」
「てめぇらは引っ込んどけ! 俺様が新装備、『真聖剣』の切れ味を試すんだからよぉ!」
少女は怯えながら及び腰に、大男は大きな拳を握り、青年は刀身が漆黒に染まった剣を構える。
そんな三人組の背後に一つの影。
三人はその影に気付かない。
影はゆっくりと、三人に忍び寄り……
――
ヒカリエでの一件の後、エリーはリリィとマリンから認められたみたいで、顔を合わせると楽しそうに会話をするようになった。
エリーは18歳でマリンとタメ。
啀み合っていたのが嘘のように意気投合している。
打算的な一面を持つエリーと、人(主に俺)を辱めることを趣味とするマリンが仲良くなるのは、少し怖いが。
でも、エリーに仕立てる衣装について楽しそうに意見を出し合っているところは、見ていてとても微笑ましかった。
リリィともすぐに仲良くなった。
早速パスタのレシピを教わっていた。
眼鏡をかけた知性的なエリーは、その知識量も相当なもので、リリィの知らない調味料なんかも知っている。
互いにアイディアを出し合いながら、新作を考案している時の二人の目は輝いて見えた。
ルナは元々エリーと面識があったこともあり、他の二人が仲良くなって以降、エリーとも会話ができるようになっていった。
鼻からの出血多量で生死を彷徨った俺は、マリンの懸命な処置で一命を取り留めた。
何とも迷惑な話だが、美人なエリーに文句は言えず、
「ハル様申し訳ありません! 何でもしますのでお許しください!」
「何……でも……!?」
いや待て、待って。
騙されるな!
これは罠だ!
このまま彼女の流れに乗せられては、取り返しがつかない事態に!
俺は直前で踏みとどまった。
「え、えっとー……じ、じゃあさ、様呼ばわりはやめてくれ。ハルでいいよ」
危なかった。
本当に危なかった。
俺とエリーのやり取りを見ていたリリィとマリンの冷たい視線。
危うく変態男として、祭り上げられるところだった。
エリー。
美人だし頭もいいし、とてもいい子なのは間違いないんだが、俺の仲間たち同様、かなりクセの強い女性だ。
俺はそう思いつつ、仲間たちと会話をするエリーを見つめる。
あれ?
また言い合いになってる?
今日もチーム月光で仕事をするべくギルドに来ているのだが、
「ですから、今のうちからパーティーランクを上げておいた方がいいんです! みなさんの実力は分かりますが、いつまでもそんな方法に頼っていては、本当に報酬がいい高ランクのパーティー推奨依頼が受けられません!」
「だーかーらー! それじゃあアタシは生活できないんだって! 家賃が払えないの!」
どうやら言い合っているのは、エリーとリリィみたいだ。
俺たちがいつも使っている裏ワザ的な依頼受注に、エリーが物申している感じか。
前にも言ったが、チーム月光で仕事をする時は、リリィかルナがソロの依頼を取ってくる。
それを四人で行い、報酬も均等に分けている。
パーティー結成前と比べ、クエストを受けられる日数は増えたものの、一度にもらえる報酬は減っている。
その日暮らしな低ランク冒険者から見れば、住まいがあるだけでもいいご身分なのかもしれないが、リリィはかなりの貧乏生活をしているみたいだ。
俺?
俺のことは今はいいんだよ。
「おいリリィ、エリーの言う通りだろ」
俺は仲裁に入りつつ、エリーの肩を持つ。
俺としても早くパーティーランクを上げたいと考えているからだ。
「なんでアンタまでエリーの肩を持つの!? たしかにアンタは元勇者パーティーだし、お金に余裕があるのかもしれないけど、アタシにとっては死活問題なの! 邪魔しないでよ!」
リリィは本当にヤバいんだと目で訴えかけてくる。
今にも泣きそうなリリィを他所に、エリーが首を傾かしげて聞いてくる。
「元勇者パーティー?」
そうだった。
エリーは何も知らないんだった。
俺は掻い摘んで事情を説明する。
「やっぱりそうだったんですね! ハルさんには絶対何かあると思っていましたが、まさかそんな偉大な方だったなんて!」
目を輝かせて俺を見つめるエリー。
「や、やめてくれよ。俺は役立たずとして追い出された落ちこぼれなんだから……」
「そんなことはありません! 勇者という方も見る目がありませんね! そうですかそうでしたか! たしかにお金に頓着されないのにも頷けます!」
うんうんと頷きながら、俺の言葉を無視して話し続けるエリー。
「きっと素敵なところにお住まいなのでしょう! 私はこの支部で寝泊まりさせてもらっているのですが、ハルさんはどちらに居を構えていらっしゃるのですか!?」
捲し立てるように言い募る。
「え? いや、俺なんかは……」
「そういえば、アンタどこに住んでんの? アタシも知らないんだけど」
「失念しておりました。わたくしもおもちゃの所在は明確にしておかなければなりませんわ」
エリーの問いに、リリィとマリンも興味を示す。
「お、俺のことはいいだろ。今は依頼を……」
「ハルは私の家に住んでいる」
慌てて話を逸らそうとした俺の言葉を遮り、今まで黙っていたルナが、堂々とした佇まいで三人に向けて言い放った。
「「「……え?」」」
それを聞いた三人は、言葉の意味が理解できないのか、一瞬固まって問い返した。
「ハルは私の部屋の書庫に住んでいる。朝も昼も夜もいつも一緒」
一切表情を崩さず、いつもの眠たげな目のままで。
ただその声色は、いつもより悠々としているように聞こえ、どこか誇らしげだった。
こ、こいつ何言ってやがんだ!?
それを言ったら……
「「「ええぇぇええええええ!?!?!?」」」
三人が一斉に驚愕した。
その声に、ギルドにいた他の冒険者や職員たちまで一斉にこちらに注目する。
「ア、アアアアンタ! ななな何考えてんの!? て、てかアンタそんな養われてる状況でアタシに文句言ってた訳!?」
「まままさか……わわわたくしの知らないところでそんな……変態ですか? やはりわたくしの睨んだ通り、あなたは大変態なのですか?」
「どどどどういうことですか!? ルナさんにいつも余裕があると、不審には思っていましたが……せ、説明を求めます!」
――
「本当に呆れた! アンタよく今までアタシを馬鹿にできたね!」
「まったくですわ。ルナの顔を立て今回だけは多めに見ますが、次はわたくしの手で死よりも辛い拷問に処します」
「ですが既成事実を作られる前にこのことを知ったのは僥倖です! 今すぐ対処しましょう!」
ギルドの依頼ボードの前に正座させられた挙句、小一時間説教を喰らう俺。
先日の収穫祭以降、一目置かれていたかもしれない俺への評判は一瞬で地に落ちた。
恥ずかしさで死にたくなった。
「あの……だから……」
「「「ルナは黙ってて!!!」」」
ルナが何度か口を挟もうとするも、その度にこうして跳ね返されている。
俺はハルジオンへやってきてからの約二ヶ月の間、ルナが借りている家の一室、ルナが書庫として使用しているスペースを間借りしていたのだった。
もちろん最初に断った。
男と同じ屋根の下ではルナも嫌だろって。
でも……
「私は気にしない。むしろ……一緒がいい」
と、上目遣いで言われてしまう。
紳士の俺には、そんな女の子の頼みを断るという選択肢はなかった。
魔法の本も多数あり、勉強や練習にうってつけ。
という大義名分の下、ルナと共同生活をしていた。
勿論だが、何もしていない。
これまで色々あったが、俺の思春期童貞心を舐めないでほしい。
本当に何もしていないのだ。
「いや、ちゃんと家賃は払って……」
「「「ハルも黙ってて!!!」」」
俺の反論も認められず。
こうして今日の依頼は急遽中止となり、俺の引っ越し先を探すことになったのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
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