4.受付嬢の打算
「あ! ハル様! おはようございます!」
「おはようございます、エリーさん」
ギルドに来た俺に、エリーさんは満面の笑みで挨拶してくる。
ソロ依頼の翌朝。
今日はチーム月光で仕事をする日なので、俺、ルナ、リリィ、マリンの四人でギルドに来ていた。
「こちらの方々がハル様のパーティーですか? むむむ、みなさんお綺麗ですね……」
エリーさんは俺の後ろに着いてきていた三人に視線を向け、一人一人を物色しつつ言ってくる。
「ん? な、何この人?」と、引き気味のリリィ。
「あ……」と、思い出したように声が漏れるルナ。
「見覚えがあるようなないような……新しい職員の方でしょうか?」と、小首をかしげるマリン。
「むむむ、みなさん、冒険者ランクをお伺いしてもよろしいですか?」
難しい顔をしたエリーが、確認するように三人に言う。
「何なの……Cだけど」
「わたくしはEランクですわ」
リリィとマリンは面倒くさそうにしながらも、エリーさんの圧に負けて渋々答える。
「ハル様はユニークスキルを持つ選ばれしお方です。もうBランクへの挑戦権も持っています。みなさんもハル様に見合う実力を……」
「おいおいエリーさん、やめてくれよ。この三人は俺よりすごいんだよ」
「ハル様もハル様です! ご自身への評価が低すぎます! 確かにみなさんお綺麗で実力もあるのでしょうが、ハル様にはもっと上を目指していただかないと!」
もの凄い勢いで捲し立てられる。
「アンタさっきから何様のつもり!?」
「初対面で失礼すぎます。不愉快ですわ」
暴走するエリーさんに対して、怒りをあらわにするリリィとマリン。
まぁ、いきなりこんなこと言われたら怒るのも無理はないと思う。
「エリーさん落ち着いてください。三人とも俺の仲間なんですから、そんなこと言わないで下さいよ」
もちろん俺も嫌な気分だ。
少し強めに注意する。
「あ……申し訳ありません……つい」
エリーさんは顔をハッとさせ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「えーっと、とりあえず紹介するよ。この人はエリーさん。元々このギルドにいた人だから、みんな顔くらいは知ってると思うんだけど。前に俺の冒険者登録を担当してくれた人だ」
俺の応援とかは伏せ、どういう人なのかを説明した。
リリィとマリンは不機嫌なままだ。
「まぁ、アタシたちには関係ないね」
「早く仕事に参りましょう」
二人はシュンとしているエリーさんに向け、冷たく言い放つ。
ルナは二人とエリーさんを交互に見て、あわあわとしている。
「アンタ、ハルのことどう思ってんのか知らないけど、ハルはアタシたちのリーダーなんだからね!」
「あなたのような世間知らずに、わたくしのおもちゃは渡しませんわ」
リリィとマリンが念を押すようにエリーさんに言う。
なんか引っかかる言い方だな。
おもちゃっていうのも止めてほしいし。
「むむむ、私だってハル様を応援したくて……」
エリーさんはごにょごにょと口籠るも、
「……私だって! あなた方には負けませんよ!」
と、二人に指をさして宣言した。
俺とルナはそのやり取りを、ただ呆然としたがら見ていることしかできなかった。
――
それからというもの、リリィたちとエリーさんはギルドで顔を合わせる度に嫌味を言い合うようになり、何とも気まずい日が続いた。
そして今日はヒカリエ勤務の日。
カフェの仕事が嫌な訳ではないが、やっぱりみんなと冒険することに、最近は楽しみを感じていた。
のだが、今日はギルドに行かなくて済むと、ホッとしている自分もいた。
ホールは俺、カウンターにマリン、キッチンがリリィだ。
ギルドに行く時以外は普段通りの二人。
俺も嫌なことは忘れて楽しく仕事をしよう。
カランカラーン
「いらっしゃいま……え? エリーさん? き、今日はどうしたんですか?」
「ハル様こんにちは! 今日は非番なので、会いにきちゃいました!」
え? なんで?
って気持ちが顔に出ていたかもしれないが、エリーさんはそれを意にも介さずにこやかに挨拶してくる。
ランチの忙しい時間が過ぎ、のんびりとしていた店内が一瞬、ピリッと凍りついた気がした。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
いつの間にか隣に立っていたマリンが、いつもより低いトーンの声でエリーさんをカウンターまで案内する。
「むむむ、ありがとうございます」
それに不満そうにしながらも、仕方なく従うエリーさん。
カウンター裏のキッチンから、ギリギリと歯噛みするようにリリィがこちらを睨んでいるのが見えた。
あぁ、どうなってしまうんだ。
俺の不安を他所に、エリーさんはメニューを眺めて物色する。
「私、パスタが大好きなんですよね!」
「なら、これがおすすめですよ。リリィの新作なんです」
カウンターに案内したくせに、まったく相手をしようとしないマリンの代わりに、俺は先日アラーネが絶賛していた新メニューを指差した。
「スーパー、ミルキー、クリームパスタ? な、何とも個性的な商品名ですね」
と苦笑しつつも、せっかくのおすすめなのでと言って注文する。
しばらくして、リリィが出来立てのパスタを運んできた。
「お待たせしました。スーパーミルキークリームパスタです」
抑揚のない口調でエリーさんの前に料理を配膳する。
接客とは思えない対応なのだが、エリーは意に介さない。
「いい香り! むむむ、普通のクリームパスタとは何か香りが違う気が……」
そう訝しげに言いながら、フォークに一巻きしたパスタを口へ運ぶ。
「んん!?」
エリーさんは驚きに目を見開いた。
「な、何ですかこれは!? 濃厚なんてもんじゃないですよ!? まさにスーパークリーミー! チーズ? いえ、チーズではこの風味は出ませんし、チーズでここまで濃厚にしようとすると固くなってしまいます! 一体……」
驚愕しながら大声で解説するエリーさん。
ちょっと気を良くしたのか、リリィが種明かしをする。
「それ、モークのミルクを少しだけ入れてるんだよ」
「モーク!? モークのミルクってすごく希少ですし、濃すぎて使い勝手が悪いはずじゃ!?」
「よく知ってるね。入れ過ぎるとクリーミーを通り越してドロドロに固まっちゃう。ケーキ作りより正確に分量を計らないとダメなんだよ」
「すごい! 私もよくクリームパスタを作りますが、こんな美味しいのは生まれて初めてです!」
エリーさんは目をキラキラさせ、尊敬の眼差しでリリィを見つめている。
「そ、そう? ふふん。アタシもパスタが好きだからね。今ではルー姉にも負けない自信があるよ」
嬉しそうにそう言うと、リリィはハッとして、腕を組んでふいっとそっぽを向く。
が、その鼻の下は喜びのあまりだらしなく伸びきっていた。
「す、すいません! 俺にもそのパスタください」
「私たちも食べてみたいわ!」
メニューを選んでいた他の客が、エリーさんたちのやり取りを聞いて新作に興味を持ったらしい。
「え? ええ!?」
リリィは驚きと喜びの入り混じった声を上げる。
実はこのメニュー、高級なモークのミルクを使用している割にはかなり低価格。
超美味しいと店員全員がおすすめする新メニューだった。
だが、リリィのセンスを遺憾なく発揮した商品名のせいで、客からは敬遠されていたのだ。
慌ててキッチンに戻るリリィは、
「あ、ありがとう」と、照れくさそうにエリーさんに感謝を告げていた。
「エリーさん、ナイス」
俺も小声でエリーさんに感謝を告げ、注文を受けに向かう。
本人には自覚がなかったのか、キョトンとしているように見えた。
そうして慌ただしくなる店内で仕事を続けていると、カウンターからまたしてもエリーさんの声。
「ええ!? こ、このブランドは……」
エリーさんが手にしているのは、パスタが盛り付けられているお洒落な器。
でもエリーさんの視線はその下、配膳する際にカウンターに敷いていたプレースマットに向けられていた。
「近年王都にまで名を轟かせている『エムズファッション』!?」
んん?
エムズファッション?
流行に疎い俺には聞き覚えのない単語だったのだが、食事を楽しんでいた人たちは知っていたらしく、みんなが一様に自分のテーブルにあるマットを見ていた。
「それは確かマリンがつ……」
作ったんだよ、と言いかけた俺の口は、すさまじい速度でマリンに塞がれた。
そのままカウンターまで引きずられる。
「何すんだよ!?」
「ハル、今は黙りなさい」
必死な形相のマリン。
いつもの余裕が今は微塵も感じられない。
「ま、まさか……嘘……」
エリーさんがマリンを見ながら、またしても驚きに目を見開いている。
「マリンがつ……つ……作った?」
俺の言葉を思い出すように復唱し、頭のいいエリーさんは答えを導き出してしまった。
「ええええ……!?」
大声で叫び出しそうになったエリーさんの口を、俺の時より素早い動きで塞ぐマリン。
「お、おい、どうしたんだよマリン」
小声でマリンに問う。
「ハル様ご存じないんですか!? 『エムズファッション』といえば、エルシア国内で人気沸騰中のファッションブランドですよ! 生産量が非常に少ない上に全て一品もの……今や上級貴族が高額で買い集めているほどのブランドです!」
エリーさんも小声でそう教えてくれる。
んん?
それってつまり……
俺とエリーさんは揃ってマリンを見る。
「……絶対に内緒です」
俺たちは声にならない叫びを上げ、再びマリンに口を塞がれた。
少し落ち着いたところで、エリーさんが小声で話し始める。
「実は私、エムズファッションの大ファンで、今日着ているこのワンピースと下着、どっちもエムズファッションの物なんです!」
「そ、そうなのですか?」
マリンも声が、一瞬だけ上ずった。
改めてエリーを見たマリンが「ほ、本当ですわ」と驚いている。
「本当に希少で、私もこれしか持ってないんですが、気合を入れる日には身に着けるようにしてるんです!」
エリーさんは尊敬の眼差しでマリンを見ながら言う。
なるほどそれでか。
やけに胸元の開いたワンピースだとは思っていたが、そういうことだったのか。
さっきから俺の目線がエリーさんの胸元に行くたびに、マリンの冷たい視線を感じてたが、これは俺が悪い訳ではなくマリンが悪いってことだな。
「ええ!? お店の制服もマリン様が!? お、お願いします! 私にもいつか仕立ててくださいませ!」
土下座しそうな勢いでマリンに懇願するエリーさん。
というかマリン様って。
気をよくしたのか、さっきのリリィのようにマリンも嬉しそうに言う。
「オホン、仕方がありませんね。秘密を守っていただく代わりに、一着プレゼントいたしましょう」
それを聞いて、何度も頭を下げるエリーさん。
どうやら持ち前の明るさで、二人と打ち解けたみたいだ。
俺はホッと肩をなでおろし仕事に戻ろうとして、ふと思い出す。
今日着ているこのワンピースと下着?
下着?
今この人、マリンが作った下着を!?
収穫祭で超ド級のセクシードレスを作ってきたことは記憶に新しい。
それに、間違って出していた紐みたいな服?も思い出した。
局部だけ隠れるようになってたアレは、もしかすると下着だったのでは?
つまり、あんなけしからん下着を、横にいるエリーさんは身に着けているのでは?
急な発作に動けなくなる俺。
マリンが目を離した一瞬の隙に、俺の耳元でエリーさんが小声でつぶやく。
「……勝負下着ですよ」
そう言って上目遣いで胸元の服をつまむエリーさんを見て、俺の理性は吹っ飛び、ついでに意識も吹っ飛んだ。
「きゃぁぁ!!」という悲鳴や、「ハル! 大丈夫ですか!?」という慌てた声が聞こえた気がした。
夢の中で考える。
下着と口走ったのは彼女の計算だったのでは、と。
いやいやまさかね……
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